2012年12月31日月曜日

むかし赤痢、いまノロウィルス

 いま、胃腸風邪や食中毒、ノロウィルス感染が流行っている。
  1945年、原爆投下直後の広島では赤痢が流行している。正確には「赤痢が流行した」とされている。 当時の「赤痢患者」のうち、どれだけが本当の赤痢患者で、どれだけが被爆症状だったのか、いまとなってはわからない。
  これと同じことが、現在の「ノロウィルス」についても言えるだろう。
  新聞が「食中毒」を報じると、同じような症状をもつ患者は自分も食中毒またはノロウィルスだと考える。多くは自己判断で。
  しかし、さいたま市の「ノロウィルス」感染の例を見ると、死亡した男性からノロウィルスは見つかっていない。彼はノロウィルスではない、なにか別の原因で死亡したのだ。

  こういうことがあるので、いま腹を下している人はくれぐれも自己判断で済ませないように。 
 放射能に汚染された現在の日本では、被曝症状は現実である。都市伝説ではない。

2012年12月28日金曜日

被曝社研のブログ


東京の田中くんが被曝社会研究会のブログを作ってくれました。

http://blog.livedoor.jp/hibakushakaiken/

まだできたばかりですが、前回のメモなどがあります。
ご一読ください。

「天罰」とは、このことか




自民党・安倍総裁は、開票日の夜から微妙な面持ちだった。安倍が、「我々(自民党)が勝利したのではない」と繰り返し言うとき、それは建前で言っているというよりも、事態の展開に当惑しているように見えた。実際、自民党の得票数は前回と比べて増えていない。ただ小選挙区制度が自・公に政権を押し付けたという構図だ。

安倍政権最初の記者会見の最中に、官房副長官が倒れた。
倒れたのは杉田という男で、警備公安警察の外事課出身、71才だ。飲まず食わずで作業していたので低血糖になった、長時間立っていたので体調を崩した、と釈明しているが、会見が終わるのも待てないとは。これは被曝症状だ。まさに「天罰」。

いや、喜んではいない。公安出身の老人が「ぐえええ」とうめき声をあげたときはちょっと嬉しかったが、こういう動画は仲間と酒を飲みながらわいわい鑑賞するべきものだ。安全な環境に身を置いて、高みの見物をしたかった。


会見動画(1分50秒あたりから)



自民党がこれから直面する現実


2012年12月18日火曜日

第一回被曝総選挙




 12月16日投開票の衆議院選挙は、投票率が60%未満だった。前回の衆院選よりも10%低いのだそうだ。

 ところでツイッターのまとめでは、東京各地の投票所で長い行列ができたことが話題になっている。投票所に人が並ぶというのはない話ではないが、寄せられている写真を見ると、けっこう長い。投票所の敷地を出て道路まで行列が伸びているものもある。私が東京にいたころの経験では、ここまで長い行列は見たことがない。ちょっと不思議だ。今回の選挙は前回よりも投票率が低い。にもかかわらず、前回にないほど長い行列が出来てしまっているのである。
行列が長く、長時間またされるから低投票率になったのかもしれない。が、その問題についてはここでは措く。それよりも、なぜ投票所に行列ができてしまったのかを考える方が興味深い。
理由として考えられるのは、

(1)選挙管理委員会の体制づくりの失敗
(2)選管職員の作業能力の低下
(3)有権者の読み書き能力の低下

 まあ、(3)だろうと思う。
 被曝による視力低下で、しょっちゅう目がかすむ。脳も老化して物忘れがはげしい。読み書き能力が低下している。おそらく本人が意図しない無効票が増加しているだろう。
そうした有権者の被曝症状を考慮しなかったという意味で、(1)の「体制づくりの失敗」ということだ。

 かつて東京は若々しく、きびきびとした街だった。投票所でもったりと行列を作るなどという地方的な風景は見られなかった。都市機能は高度に組織されていて、それを担うひとりひとりの分子は、洗練された動きで都市の速度を支えていた。しかし3・12の被曝以降、住民はわずかづつ機能を低下させ、速度を失う。その落差が、行列という現象になったのだろう。

2012年12月17日月曜日

被曝社研、次回は3月

 土・日の二日間、名古屋で被曝社会研究会をやった。
東京、福岡、京都、愛知から参加した6名で、情報共有と予備的な討議を行った。

 これから東京の田中くんが「被曝社会研究会」のブログを用意する予定なので、討議内容の詳細はそちらを参照してもらうとして、ひとつの肝になるのは、被曝社会下における労働の批判である。
 福島第一原子力発電所では現在も「収束作業」が行われているが、この「労働」の神話を暴露していくこと、無駄な「収束労働」を徹底的に批判していくことが、ひとつの突破口になるだろう。「収束」、「除染」、「復興」という、ただただ人間を消費するだけで何の価値も成果も産まない「労働」を、労働階級・労働運動の側から批判すること、「もう誰も被曝させるな」と言うことが必要だ。
 放射線という破壊的な現実を前に、まだ人間の力を信じようとしたり、無駄死にを英雄視したり、英雄的自殺行為を他人に強要したりということが、行われる。事態の全体をほとんど把握していない無能な指揮者の管理下で、人間が放射線に曝される。この自殺的労働モデルは、汚染地域における労働の一般的モデルになるだろう。あるいは、すでに借金漬けになっている大学生の人体が、単位とひきかえに、被曝ボランティアをやったら単位として認定しますというやりかたで、切り売りされることが想定される。

 と、ここであんまり展開してもあれだから、やっぱり公式ブログができるのを待とう。


 次回の被曝社会研究会は、3月16・17日、名古屋市内でやります。
 今回の討議でいい感触をつかんだので、次回は少し規模を大きくします。部屋を二倍にして予約しました。
 これから、社会科学・人文科学のそれ系のみなさんに、私がいきなり招聘の電話をしますから、よろしくお願いします。

2012年12月10日月曜日

被曝社会研究会




今週末、名古屋で合宿をする。
『被曝社会年報』誌に寄稿してくれた森元斎くんや田中伸一郎くん、拙著『原子力都市』を準備した福田くんらと、「被曝社会研究会」の第一回を行う。
今回はまだ海の物とも山の物ともつかないので、ごく少数での予備的討論になると思う。

昨年と今年は放射線防護活動に注力してきたが、来年はフェイズが変わる。
被曝した人間が大量に死ぬ。復興政策は破綻しつつ居直り強盗のように制度化される。被曝の受忍・否認・無関心が、風土病のように社会をおそう。
原子力をめぐる政治闘争は、よりラディカルな社会闘争によって交代を迫られる。その闘争の言葉を用意するのは、国民ではないし、左翼国民運動でもない。国民の歴史と決別した者たちが、階級・敵対性・解放のための言葉を書かなくてはならない。泣き言ばかり言う国民や、ただ良識ぶりたいだけの「左翼」、賢いふりをしたいだけの「知識人」らと、はっきりと決別する者のための研究会にしたい。

2012年12月5日水曜日

+20歳の老化



 芸能人の病気・病死が相次いでいる。

吉本興業の宮迫博之42歳で胃がんを発症。
歌舞伎の中村勘三郎は、食道がんの手術をしたあと、呼吸器の不全で死亡。57歳。

 一般的に、芸能人というのは引退年齢が遅く、いつまでも若々しく、ほかの職種に比べて長く生きるものだ。しかし最近のニュースを見ると、発症・死亡の年齢があまりにも若い。「芸能人は長生き」という、かつての常識は覆されていくのだろう。

 内部・外部被曝で浴びている放射線は、別名「老化光線」だ。光線ではないが。語呂がいいのでそう呼ばれる。
 放射線被曝によって、一般的な老化が進行・加速していると考えれば、いろいろとつじつまがあう。過去2年弱の被曝で、たとえば20年分の加齢をしていると仮定すれば、62歳(4220)で胃がんを発見するのはありうることだし、77歳(5720)で呼吸不全で死亡というのもありそうな話だ。

われわれ被曝者は、自分の年齢に20歳を加算して、体調を管理しなくてはならない。今後も被曝を累積していけば、+20歳ではなく30歳、さらには40歳と、余命を使い尽くしてしまうことになる。
 比喩ではなく、ドッグイヤー(犬の寿命)が現実化している。

2012年11月30日金曜日

「復興」がもたらす低開発



 福島県の児童の健康調査が行われている。ここで注目したいのは、福島県では児童の尿検査が行われていなかったことだ。この件について福島県がおこなった釈明は、放射線濃度を検査するゲルマニウム半導体検出器は福島産牛肉の検査のためにふさがっていて使えなかった、というものだ。福島県の検査機関は、児童の健康状態よりも、牛肉が商品として流通できるかどうかを優先していたのである。

 このことを福島県行政の不備として捉えるのは間違いである。これはたまたま起きてしまった行政上の不備や過失ではなくて、「復興」にあらかじめ書きこまれた政策判断である。なぜなら政府がとりくむ「復興」とは、福島県民一般にたいする救済ではないからである。政府にとって重要なのは商品経済(金融経済)の救済であって、児童の生存権など二の次なのだ。「復興」政策による事業投資が、福島県民すべてに救済の手を差し伸べると考えるのは、まったくお花畑の発想である。それは、IMFと世界銀行が困窮したアフリカ人を救済すると考えるのと同じぐらい馬鹿げたことだ。
「復興」政策は、福島県の児童を救済するのではなく、重大な負荷をかける。尿検査はできません、というかたちで。「福島は元気です」と言うために。これは逆説ではない。開発投資が低開発をもたらすということは、第三世界のいくつもの事例で報告されてきたことだ。この一般的な経済法則からみて、「復興」政策の標的となった福島県民は今後ますます困窮させられ、権利を剥奪されていくだろう。

「食べて応援」とか言ってる阿呆は、自分の食べた福島産牛肉が、どのような犠牲のうえにつくられたものか、よく考えてみるがいい。おまえらはこどもの生き血を吸ったのだ。

2012年11月29日木曜日

二つの共感、二つの社会




 放射線防護活動をめぐって、とくに農産物等の食品流通をめぐっては、しばしば生産者と消費者とが対立する構図が持ち出されてきた。
つまり、「復興」政策とそれに追従する生産者・流通業者は、汚染地域での生産活動維持のために、消費者に汚染食品を売ろうとする。東北・関東の一次産業のために「食べて応援」というやつだ。食品流通のために検査基準は甘くされ、「少しぐらいなら大丈夫」というような「放射能安全神話」に傾倒する。
対して消費者は、関東・東北・中部地方の食品を排除することに専念している。私のように「ゼロベクレル」を要求するわけだ。
復興派とゼロベクレル派は、原子力政策への怒りという点では共通しているのだが、放射線防護活動においては対立する。両者の対立は偽の対立であるというのはそのとおりかもしれないが、それはずっと後になってから言えることだ。いま放射線防護に臨むとき、汚染物質の流通にどういう態度をとるかを選ばなくてはならない。市民活動と社会運動は、この対立のどちらにつくのかではっきりと色分けされることになる。
共感の二つの対象がある。被害にあった生産者に対する共感、そして、汚染のつけを押し付けられる消費者への共感。
二つの共感をわけているのは、性別役割分業に基づくものだという説がある。つまり、身体と生存にたいする責任意識を持たない男性と、身体と生存に責任意識をもつ女性との違いだ。これは非常に大きな要素だ。(この点については、『現代思想』7月号「被曝不平等論」で触れた)。しかし、ここではもう少し別の角度で問題を再構成してみたい。

放射線防護活動は、何かを放棄しなくてはならない。生産活動と身体の安全のどちらをも補償することは困難で、汚染地域の住民はどちらかを放棄するという選択を迫られる。日本社会は、汚染地域の住民に何かを放棄することを要求することになる。
どちらを放棄しても死者が出る。土地を奪われて経済的にも社会的にも追い詰められた人々は、そのうちの何人かを亡くすことになる。土地に残り、放射性物質を浴び続ける生活を続けたとき、やはり何人かを亡くすことになる。どちらの選択がより多くの死者を出してしまうかを天秤にかけて考えるという問題ではない。これは、究極的には正義に関わる問題である。今後の社会にとって誰のどのような権利が擁護されるべきか、社会は誰のための社会であるべきか、という問題である。

二つの共感はそれぞれ、誰のどのような権利を擁護しようとしているのか。生産者への共感とは、生産活動の諸権利、財産権、小地主への共感である。消費者への共感とは、生存権と自由への共感である。小地主と、嫁。どちらの切実さに共感するのか。制度的に構築された経済資本・社会資本の諸権利を護持したいと考えるのか、それとも、制度から排除された自由な者、ただ生きている者(プロレタリアート)の生存を護持したいのか。
放射線防護における二つの共感は、小地主・小ブルジョアジーの諸権利に共感するのか、自由プロレタリアートの生存のはかなさに共感するのかという、階級意識のとりかたの問題である。それは放射能拡散後の社会を、誰のための社会にするのかというビジョンに直結している。
だから、ゼロベクレルを要求する消費者を、たんなる「エゴイスト」と捉えるべきではない。彼女たちの要求は、現存の社会諸制度に浸透した小ブル的傾向への憎悪を潜在させているのである。


2012年11月28日水曜日

「連合」の解体・再編へ




滋賀県の嘉田知事が、元民主党議員をまとめ、「日本未来の党」をたちあげた。次の選挙の争点は、「原子力政策の是非」一色になるだろう。

この選挙に際して、「連合」が分裂することは明らかだ。いや、分裂させなくてはならない。「連合」に対するネガティブキャンペーンを繰り返し、可能なかぎり切り崩していくべきだ。

「連合」は労働者・市民すべてに敵対した、と繰り返し言おう。

2012年11月25日日曜日

人間バーベキュー




民主党の宣伝カーが、何者かによって焼かれた。
何者によるものかは判明していないし、その動機もわかっていないが、私はこの攻撃を支持する。

少し以前であったら、このような攻撃は、「民主政治を脅かす政治テロ」と弾劾されたかもしれない。しかし放射能拡散後の現在では、そういう声はあがらない。もしそういう声があがっても、誰も真剣にとりあわない。なぜなら、すでにこの2年弱のあいだ、政府によるテロリズムが始まってしまっているからである。
 東北・関東では、生きた人間が静かに焼かれている。外部からはガンマ線に焼かれ、内部からはアルファ線とベータ線を撃ちこまれている。

生きたこどもを炙る人間バーベキューだ。

 車を燃やすぐらい、何の罪にもならない。

2012年11月24日土曜日

被曝と性選択




 年明けに『被曝社会年報』(仮題)というアンソロジーを出版する。
現在の「被曝する/させる社会」を考えるということで、30代の書き手を中心に声をかけて論集としてまとめる。もう半分ほど原稿が集まった。版元は、『ゼロベクレル派宣言』でもお世話になった新評論。

 この論集で私は、「受忍・否認・錯覚 ―― 閾値仮説の何が問題か」という文章を出した。
ここでまず確認したのは、被曝線量というものは誰も正確に知ることができないということだ。現在の測定技術では、自分がどれだけ被曝したのかを知る手だてがない。たとえばヨウ素131は、短時間に崩壊して大きな被曝線量を与えるものだが、これは放出から80日後には消えてしまっているので測定できない。ヨウ素131をどれだけ浴びたか(吸い込んだか)は、福島第一の推定放出量と、地域への推定流入量と、各々の行動記録から推定するしかない。また、ストロンチウムは体内に蓄積されて残っているが、これはγ線を放出しない核種だから、ホールボディカウンタのようなシンチレータで測ってもなにもわからない。
放射性物質には、ヨウ素131のような「消えた核種」と、ストロンチウムのような「見えない核種」があって、それらもろもろあわせたトータルの被曝線量は、よくわからない。それらは実測できないため、あやふやな推量に委ねるしかないのである。

 被曝線量が正確にわからないということは、言い換えれば、ある人が被曝したかどうかを正確に判定することはできない、ということだ。これは完全に推測の領域に属している。その推測の領域で、各々の行動記録が反芻される。20113月にどこにいたか、4月にどこにいたか、汚染食品をどれだけ排除したか、居住地域、親の階層、職種やスポーツなどの慣習行動、そして病歴。私たちは自分自身の身体に、疑念を抱きながら生きることになる。

 本文では書かなかったことだが、今後予想される問題は、結婚差別と非婚化である。現在の20代、10代、その次の世代、と代を重ねるごとに、被曝者の結婚は困難になっていくだろう。これまでのような無邪気さは失われ、不安と差別が増大する。それは表立って口にされることではない。水面下で進行するものだ。性選択と再生産の文化は、ほんの少しだけ、しかし決定的に、書き換えられてしまうことになる。
 
 


2012年11月21日水曜日

さかもと未明の被曝症状



テレビ番組などでコメンテーターとしても活躍するマンガ家のさかもと未明さん(47)が雑誌「Voice」に寄せた「再生JALの心意気」と題した記事が、ネット上で物議を醸しているそう。
同記事は、さかもとさんが今夏に搭乗したJAL国内線の飛行機の中で起きた出来事を記したもの。記事によれば、彼女は機内に同乗していた1歳くらいの乳 児が泣き叫んでいたことに耐えられず「ブチ切れて」しまい、 「もうやだ、降りる、飛び降りる!」と、着陸準備中にもかかわらず席を立ち、出口に向かって走り始めたのだそう。そしてさらに、乳児の母親に「お母さん、 初めての飛行機なら仕方がないけれど、あなたのお子さんは、もう少し大きくなるまで、飛行機に乗せてはいけません。赤ちゃんだから何でも許されるというわけではないと思います!」と告げたとのこと。

(以下略)


11月20日 excite.ニュース 


http://www.excite.co.jp/News/woman_clm/20121120/Hotmama_p-46187.html


 感情の抑制が効かなくなるのは、脳の被曝症状である。
 放射線防護をおろそかにするとこういう人間になってしまう(個体差あり)。
 ゼロベクレル派の人たちを、「ヒステリー」とか「放射脳」とか言って馬鹿にしていると、自分がヒステリーになってしまうというブーメラン現象。

 これは他人事ではない。会議やSNSなどで感情的になっている人はいないか、自分はキレやすくなっていないか、注意しよう。

補足
 ここで誤解を避けるために説明的に書くが、私はさかもと未明の行状を非難しているのではない。逆である。この件について、私は彼女を擁護したいと思う。
 この一件が、もしも放射能拡散事件より前に起きていたら、私は大喜びで、鬼の首を取ったように、さかもとの反社会的人格を非難しただろう。しかし、放射能拡散事件が起きて以後は、そういう単純な図式にはならない。なぜなら、彼女も、私も、そしてこれを読んでいる多くの人も、みな被曝しているからである。
 人体に侵入した放射性物質は、さまざまな臓器にはいりこみ、機能を破壊していく。被曝症状は、その人間のもっとも弱い部分から噴出する。甲状腺、心臓、腎臓、すい臓、膀胱、生殖器、皮膚、そして、脳。
 おそらく脳にあらわれる被曝症状こそが、もっとも理解されず、孤立をまねく被害である。例えば「原爆ぶらぶら病」は、病気ではなく、働く意志のない怠け者であるとして、人格的な問題として断罪されてしまう。そうして被爆者たちは社会から排除されてしまう。
 だから、さかもと未明のやった醜態について言うと、これをもっぱら彼女の人格的な問題として語るのは、間違いなのである。放射能汚染という背景を考慮せずになされる彼女への非難は、もっとも見えにくい被曝者差別になり、社会的排除になる。
 彼女のやった醜態は、脳という臓器にあらわれた被曝症状なのかもしれない、と想像してみるべきなのだ。

2012年11月17日土曜日

いわゆる「第三極」について




東京都政を放り出した石原慎太郎が、極右平沼と共闘し、いわゆる「第三極」の合流を呼びかけている。
与党の民主党、最大野党の自民党、そしてそのどちらでもない「第三極」の形成ということなのだろうが、ちょっとおかしい。
現状の議席数や政治主張からみて、第三極と呼びうるのは「国民の生活が第一」だろう。常識的に考えて。
脱原発・反TPPを要求する「国民の生活が第一」が、「みどりの風」や社民党や「新党大地・真民主」とブロックを形成し、さらに課題によって共産党と連携するというのが、普通に考える意味での第三極だ。
石原慎太郎のような原発も賛成、TPPも賛成というチンピラ右翼が、よくも第三極を自称するものだ。こいつはたんに自民党の第五列にすぎない。「第三極」を自称すること自体、悪質なデマゴギーだ。

というような初歩的なツッコミもなく、ただ石原のホラ話を垂れ流しているだけの政治報道とは何なのか。東京の記者たちはもうすっかり脳が被曝してしまったのか。そうして福島も放射能汚染も忘却されてしまうのか。

2012年11月4日日曜日

国連人権理事会が勧告


 
「福島住民の健康の権利守れ」 国連人権理事会が勧告
 【ジュネーブ=前川浩之】日本の人権政策について、各国が質問や勧告(提案)ができる国連人権理事会の日本審査が終わり、2日、各国による計174の勧告をまとめた報告書が採択された。福島第一原発事故について、住民の健康の権利を擁護するよう求める勧告が盛り込まれた。
 普遍的定期審査(UPR)と呼ばれ、加盟国すべてに回る。日本は2008年以来2回目で、討論には79カ国が参加。法的拘束力はないが、日本は来年3月までに勧告を受け入れるかどうかを報告するよう求められる。
 福島事故をめぐり、オーストリアだけが「福島の住民を放射能の危険から守るためのすべての方策をとる」よう求めた。日本は、11月中に健康の権利に関する国連の特別報告者の調査を受け入れると表明した。
(11月3日 朝日新聞デジタル)

 今次の放射能拡散事件について、国連人権理事会は、住民の健康の権利をまもるよう日本政府に勧告した。政府は今月中に国連の調査を受け入れるとしている。
 これがどんな成果を上げるのかは未知数だが、住民の健康をおびやかす人権侵害事件が起きているということは、もう議論の余地はないだろう。
 この間、「福島の再生なくして日本の再生なし」としてきた復興政策が、重大な人権侵害事件であったことがはっきりする。また、政府の「食べて応援」キャンペーンに加担して、汚染食品を流通させ、生産させ、消費させてきた生活協同組合は、重大な人権侵害行為を行ったのだということがはっきりする。
 自分たちの経済的事情から住民の健康を犠牲にしてきた者を、名指しする段階にはいる。


2012年10月29日月曜日

ニューヨーク報告



ニューヨークから帰ってきて、しばらくヒザを養生しながら休んでいたが、土産話を書くのを忘れていた。

ニューヨークでは、いくつかのグループと交流した。
まず、ウォールストリート占拠行動を組織した(というか扇動した)活動家たちのスペースで、放射能汚染問題の報告と討議。
反核運動をしている小さなグループと交流。
ニューヨーク大学大学院で小さな講義。
ハリスバーグ(スリーマイル原発)で放射線観測を継続しているラボを訪問。
出版社AUTONOMEDIAを訪問し、『PIRATE UTOPIAS』翻訳出版の件で挨拶。
そして、先日来日した建築家たちのスペースで、酒を飲みながら交流した。


 日本に帰ってきてまず伝えなければならないのは、アメリカ人はもう「フクシマ事件」を忘れている、ということだ。彼らは放射能問題をほとんど知らないし、汚染が現在進行形であることも知らない。日本の状況に関心を持っているのは、アメリカ在住の日本人だけである。
 よく考えてみればこれは当たり前のことだ。「フクシマ」を忘れること、放射能を忘れることは、日本の国策であるだけでなく、原子力諸国家と国際機関が全力でとりくんでいる世界政策なのだ。


 アメリカの友人たちはウォールストリート占拠の達成感とその後の課題設定で忙しくしていた。言葉の壁があって多くは話せなかったが、「日本の放射能問題は世界資本主義の急所になるだろう」と伝えてきた。彼らが何をやってくれるか楽しみだ。


2012年10月28日日曜日

超チェルノブイリ級




福島の児童の半数以上で甲状腺の異常が確認されている。
頭髪が全部抜けてしまったこどももいる。
年齢にかかわらず、突然死が報告されている。

これまで、IAEAによる事故評価「レベル7」を出発点に、チェルノブイリ事件と今回の事件とを比較してきたが、どうやらそういう話ではないようだ。「チェルノブイリと同等」という先入観は通用しない。状況は私たちが考える以上に深刻で、これまで人類が確認したことのない数値が出てしまっている。

 この1年半、東京を「低線量被曝地帯」と呼んできたが、これを撤回し、修正する。東北・関東の住民の被曝線量を、「低線量」とみなす客観的理由がない。
おそらく超チェルノブイリ級の放射能汚染がある。
上限の見えない被曝被害を想定しておいた方がいい。
 

2012年10月1日月曜日

『ピラテ・ユトピアス』日本語版


 ピーター・ランボーン・ウィルソン(a.k.a ハキム・ベイ)の『PIRATE  UTOPIAS』について。

 海賊研究会の菰田くんが、日本語版を完成させてしまいました。
この訳文は海賊研究会で合評・検討をしたあと、本にして出版する予定。

 私はあす朝の便でニューヨークに行くので、2週間の滞在中に著者ウィルソン氏に会い、日本語版序文を依頼する予定。

 東京電力のせいでずーっと先延ばしになってましたが、とうとう出ますよ。
全国の海賊研究者のみなさん、お楽しみに。



補足説明
 ところでなぜ海賊なのか。
なぜこのブログは『原子力都市と海賊』なのか。
ということが自分でもよくわからなくなっていたのだが、菰田訳『PIRATE UTOPIAS』を読んで、かなり腑に落ちてきた。なんか、わかってきた。

 『PIRATE UTOPIAS』で描かれている海賊伝説は、近代(近世)の地中海世界を舞台にしているのだが、ここで物語の主役をはるのは公式の世界史では描かれない人々である。ヨーロッパを追われた難民たち、にせムスリムの成り上がり、キリスト教・ユダヤ教・イスラム教それぞれから生み出された異端の宗派、千年王国思想、たんなる犯罪者、復讐者、社会の敵。この詳細な解説は翻訳者が書いてくれると思うのであまり出しゃばったことは書けないが、『PIRATE UTOPIAS』とは、彼ら歴史の泡屑となったはみ出し者たちが、どのようにして大西洋時代の思想を準備していったかという物語なのである。
 私はこの一年半の間に放射能難民となり被曝者にもなったわけだが、ここで思想として問題となってくるのは、いま私が抱いている憎しみ、悲しみ、復讐心、非和解性、自由、つまり泡屑が抱くさまざまな情動が、次代の思想をしっかりと準備できるかどうかということである。だから私にとって海賊研究というのは、たんなる伝説(歴史)の問題ではなくて、現在の思想の力学に関わる実践的な問題なのである。って頭おかしいだろ。クレイジーだろ。でもきっとピーター・ランボーン・ウィルソンはわかってくれる。いい感じのハーブをまわしてくれるはずだ。

2012年9月29日土曜日

「3月のクーデター」




 この週末、山の手さんが仕事の休みをとって春日井に来ている。
彼女とは来年3月に向けて文章を出すこと(できれば書籍化)を計画している。できれば単独で書いてほしいと思っているが、それが難しいようなら共同執筆でやりたい。

私と彼女との違いは、20113月になにを経験したかである。
 私が312日の正午に東京から退避したのに対して、山の手緑は3月下旬まで船橋市の自宅に留まっていた。このことで当時はかなり揉めたのだが(というよりも彼女の母親と私が揉めたのだが)、それはいまは措くとして、彼女は3月の船橋市で水不足や計画停電を経験している。そしてあの時期のさまざまな施策を、「ある種のクーデター」として認識しているのである。

 私はこの間の復興政策を、関東大震災後の虐殺/復興政策(1923)や、広島市の放射能隠ぺい/復興政策(1945)との連続性で提起している。これに対して山の手緑は、2003年のイラク戦争(復興/戦争政策)との連続性のなかで、今回の事態を捉えようとしている。私よりもずっと国家(軍事)的要素に重心を置いて、この間の復興政策を捉えているのである。もちろん1923年の帝都復興も、1945年の「ピカの毒」隠ぺいも、いずれも軍が強く関与しているのは間違いない。しかし、私が主に民間の(国民の)側からボトムアップで作動する復興政策を問題視しているのに対して、彼女は国家の側からトップダウンで強要される「復興」を問題にするのである。彼女はそのことを「ある種のクーデター」というのだ。

 20113月~4月にかけて、さまざまな事件があった。市原のガスタンク火災にかかわる「チェーンメール問題」、政府によるその統制、東京電力による輪番停電、津波被災地(旭市)の停電、浄水場汚染の事後報告、千葉県議会選挙での浦安市はずし問題、等々、通常ではありえないような強権的・反民主主義的政策が強行されていった。それらは、ひとつひとつは「小さな」ものだったかもしれない。あるいは「非常時だからしょうがない」のかもしれない。そうして膨大な人口の「小さな」人権が無視され、行政による人権無視が正当化されていったのである。
 東京電力による輪番停電は、東京23区主要部を除く、郊外住宅地域で実施された。これらは一般的な報道ではほとんど注目されない、不可視の「ゾーン」である。ユーチューブの動画を検索すると、当時の市川市や町田市といった地域で、どんな暗闇が広がったかが記録されている。それは山の手氏が言うように、ある種の「戦争」である。このとき首都圏の「ゾーン」でなにがあったのかを記録し、証言し、活字にするべきだと思う。「復興」政策を、「復興/戦争」政策として捉える視座が挿入されるべきなのだ。


補足
 山の手氏が2003年のイラク戦争を「復興/戦争」と言うのは、この戦争が国家間の「戦争」と戦後の「復興事業」とが時間的に入り交じっているということを指している。日本の陸上自衛隊はサマワに派遣されたのだが、これは飲料水をつくる「復興事業」のためである。つまり、米軍がイラクを完全に掌握する以前の段階に、戦後処理の派兵(まるでPKOのような)がなされていたのである。これはたんに時間が前後したという問題ではない。戦争の構造が、復興のために空爆するというようなパラドキシカルな構造をもち、「復興/戦争」になっているのだ。




2011年3月23日 町田駅
 

2012年9月27日木曜日

甲状腺にのう胞10個




今日、甲状腺の超音波検査と血液の採取をした。

妻と娘のエコー画像には異常がなかったが、私の甲状腺からは10個ののう胞がみつかった。
小さいものは3.5mmから、最大10.5mmの「ふくろ」が並んでいる。担当の医師は「数が多すぎる」と。来週、血液検査の結果が出てからまた考えるが、いずれにしろ経過を観察するしかない。

私について言うと、ヨウ素131はほとんど吸入していないはずである。愛知から東京へ公園調査に行ったのは20115月の下旬。爆発拡散から約70日後にはじめて東京に行ったのだから、ヨウ素131(半減期8日)500分の1にまで減少していたはずだ。ここから推測すると、私の甲状腺のう胞は、セシウムなどヨウ素以外の核種によってできたのではないかと思う。
5月末から7月中旬まで首都圏の各地を走り回っていたが、この程度の活動でも、10個ののう胞ができてしまうのだ。首都圏に住み続けている人たちは充分に用心してほしい。というか、医者に行って検査してほしい。たぶん異常が出る。


追記
 ちなみに検査費用は、保険適用3割負担で4920円だった。
 10割負担だと16400円か。
 はやめに検査して画像をもらうことを推奨。
 被曝という事実を受け容れるのは恐ろしいことだが、敵もまた我々以上に恐怖しているのだから、攻め手をゆるめてはならない。着実に歩を進め、包囲しよう。

2012年9月26日水曜日

ナンシー関が生きていたら山下俊一の顔面をどう批評するだろうか




ナンシー関画伯が亡くなって10年になる。没後10年だ。

なぜ突然こういうことを書くかというと、いまひさしぶりにピエール・ブルデューの本を読んでいて、まだ自分が若かった90年代を思い出したからだ。そういえばブルデューも没後10年だ。
90年代に出会ったいくつかのテキストのなかで、まだ20代だった自分が本当にウキウキして読んだのは、ブルデューとナンシー関だ。この二人が著す軽妙な文章から、観察と表現の科学的スタイルを学んだような気がする。
 いまナンシー関が生きていたら、日本の顔面をどう批評するだろうか。東電広報松本とか、東工大の赤メガネ澤田とか、いじりたくなる顔面がたくさんあるだろう。なんてことを考えていたらまた眠れなくなっちゃったよ。というわけで、今日は故ナンシー関画伯をリスペクトしつつ、山下俊一の顔面について書いてみよう。


 山下俊一である。福島県の「放射線健康リスク管理アドバイザー」である。
 彼の特徴はまず紳士であるということだ。姿勢が良く、落ち着いた話しぶり、そして清潔感がある。微笑んだ顔なんかはけっこう可愛い。いやはっきり言おう。山下は、いかしてる。このことは彼の師匠である長瀧重信と比較するとよくわかる。長瀧の顔はいかにも悪代官の顔面で、微笑んだりするとさらに悪い連想を惹き起こすいやな顔だ。山下も長瀧も言っていることは同じなのだが、やはり大衆向けの見栄えする顔というのはあって、そういう面で長瀧はアウトだ。山下が福島県に派遣された主な理由は、彼の見た目が抜群に良かったということだろう。
 しかし山下の秘密の核心は、たんに見た目がいかしてるということではない。彼が口を開いたときにふっと見せる間の抜けた雰囲気、バカっぽさである。山下が口を開くと、なんか学者という感じがしない。定食屋の気のいいおやじみたいな。っていまどきそんな定食屋はないか。このことは静止画では良くわからない。動画で見るとわかる。山下は、止まっている状態では身だしなみの良い賢そうな紳士なのだが、口を開いて話し出すとそれが反転して、一気にバカっぽくなるのである。緩急があるというのか、ギャップで勝負というのか。彼の本領はこの点にあって、私はただのバカだとしか思えないが、ある種の人々にとってはまさにそれが「フランクさ」として映るだろう。学者に対する恐れや反感をもつ人にとっては、「親近感」すら覚えるかもしれない。そもそも講演に来ている聴衆のほとんどは話の内容など聞いていないのだから、ここではどのような印象を獲得するかが勝負なのである。
 山下を批判する人々にとって彼の講演は悪魔的に受け止められているのだが、多くの聴衆にとって話の内容なんてなんだっていいのである。講演を成功させるコツは、内容を最小限に抑え、表面的な印象で気分を高揚させることだ。瀬戸内寂聴がやってきて耄碌じみたウワゴトを喋っても喜ぶ連中だ。大切なのは身だしなみ、そして話したときの親近感である。はじめから議論の接点はなかったのだ。
 放射能汚染という重大な事態にたちいたっても、この中身スカスカな感じが「原子力の時代」ってことなのか。っつっても納得できないなぁ。そもそも「アドバイザー」って役職がなんなんだってのもある。怪しすぎるだろう、肩書きとして。

2012年9月21日金曜日

スリーマイルきたぁ



スリーマイル島原発、大音響発し突然停止
米ペンシルベニア州にあるスリーマイル島原子力発電所1号機で20日、冷却水のポンプが突然停止したのに伴い、原子炉が自動停止するトラブルがあった。
 周辺住民に聞こえるほどの大きな音がして、蒸気が外部に放出されたが、同原発を運営するエクセロン社は「原子炉は必要な時には自動停止する仕組みになっており、周辺住民の健康や安全性には問題ない」としている。米原子力規制委員会(NRC)が原因や影響を調べている。
 同原発では2号機で、1979年、炉心溶融事故が起きた。
(2012年9月21日12時02分  読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120921-OYT1T00640.htm

 


 エクセロン社の見解、なんか聞いたことのあるセリフだ。

 ああ知ってる、知ってるよ、これ!
 自動停止だよ!
 爆破弁だよ!

 おれ知ってるよ、こういうの!

大飯原発反対運動に警察が介入

 詳細はまだわからないが、大飯原発に反対する市民が、警察にやられた模様。

わずかでもカンパを。

http://oikyuen.blog.fc2.com/blog-entry-1.html

2012年9月20日木曜日

町村緊急入院

 自民党総裁選にでていた町村信孝が入院。胸が痛いとか。

  こいつは記者会見の映像でも、ろれつの回らない状態をさらしていた。

  安倍なんかも舌がひっついてるような話し方で危ない。

  まあ、右翼議員はみんな被曝して死ねばよいのだ。


 おまけ(1:24:30からの町村の話し方が被曝症状)

2012年9月18日火曜日

仮説 希ガス潜水病



 次の論集に向けて原稿を書いているが、ちょっと息抜き。
 最近あたまから離れない仮説があって、少し吐き出しておかないと他の重要な問題に専心できないので、書く。

 放射性ヨウ素は、β崩壊をするとキセノンという希ガスになる。
 トリチウム(三重水素)は、やはりβ崩壊をしてヘリウムになる。
 これらの核種が体内で崩壊したときに、壊変したあとの(安定した)希ガスはどこに行くのか、という疑問がある。たとえばトリチウムというのはようするに放射性の水だから、体のどんなところに侵入して崩壊するかはちょっと予測しがたい。そういうものが崩壊した後に、ヘリウムになってしまったものは、どういうふうに体外に排出されるのだろうか。あるいは排出されずに体内に残ってしまうのか。
 体内のガスということで気になるのは、潜水病である。潜水病はスキューバダイビングなどで起きる病気で、まず高い気圧(水圧)のなかで肺から血液に窒素が溶解し、つぎに急速な浮上とか減圧によって血液中の窒素が気泡になり、毛細血管に滞留してしまうという病気だ(減圧症)
 窒素の気泡が静脈に詰まると、疼痛・知覚障害などが起き、気泡が動脈に詰まると、脳塞栓・心筋梗塞などが起きる。ほとんどは軽度なもので、関節痛とか偏頭痛という症状でおさまるのだが、重度になると死んでしまう病気だ。
 トリチウムという核種はほとんど測定されていないので、水や食品にどの程度含まれているのかはなんとも言えない。しかし測定しがたいだけに、意外に摂取してしまっている可能性もある。ヘリウム排出やキセノン排出のメカニズムがわからないかぎり、あるていど体内に蓄積していると考えることもできる。
 すべて仮説だからあまり断定的に広言できないが、我々の動脈・静脈・脳血管は、静かな希ガスを抱えてしまっている可能性がある。


2012年9月17日月曜日

復興か米騒動か


 大阪天王寺にある大学受験予備校『河合塾』に呼ばれたので、講演をしてきた。
名古屋から近鉄特急に乗って鶴橋へ、そこから環状線に乗り換えて、天王寺へ。
近鉄特急は風景の変化に乏しく、ものを考えるにはちょうど良い電車だ。呼んでくれた河合塾講師に感謝だ。
 学生たちに向けた講義はいいかんじでドライブがかかったので、覚書としてのこしておく。



東日本大震災は、二つの事態が複合している。3・11の震災・津波と、3・12の放射能拡散事件である。3・11は「復興」を要請し、3・12は大規模な放射線防護活動を要請する。
3・11は、2万人の死者を出した巨大自然災害であり、これによって日本社会は愛国的気分に支配されることになった。官民あげての愛国的風潮のなかで、政府は放射線防護をネグレクトしている。市民による放射線防護の取り組みは、「復興」を妨げるものとして退けられる。
食品の流通やガレキ拡散に際して採用されているクリアランス制度は、放射線影響研究所などが主張する「閾値」仮説に基づいている。この仮説が根拠にしている「データ」は、広島・長崎での被爆者の調査に基づいている。
放射線影響研究所の前身である原爆傷害調査委員会(ABCC)は、原爆被爆者の調査をおこなったが、この調査は内部被曝を考慮しないものだった。広島の人々は原爆投下直後から「ピカの毒」を怖れ、放射性物質の存在を認識していた。しかしABCCは一貫して「残留放射線は存在しない」という見解をとり、放射性物質による内部被曝を否認しつづけた。日本政府が低線量被曝に閾値を設定するのは、このときの否認を継承しているからである。
広島では公式には「ピカの毒」が否定された。また、「ピカの毒」を認める人々も、9月の枕崎台風によって「ピカの毒は洗い流された」という説を信じるようになった。なぜなら「ピカの毒」が残留しつづけているということになれば、広島の復興はできないからである。広島の復興のために、残留放射能はないことにされたのである。「復興」政策は「放射能安全神話」を要請するのである。

「復興」という政策が日本史に登場するのは、1923年の関東大震災である。関東大震災で世界の注目を集めたのは、大規模な虐殺事件である。軍と警察、そして警察に教唆された民間自警団によって、朝鮮人と社会主義者が捉えられ、殺された。東京の復興政策はまず官民協力した虐殺から始まったのである。
この事件がどのような歴史的文脈にあるかを見るためには、少しだけ時間を遡ればよい。震災の5年前、1918年夏に、日本全国で大規模な都市暴動が多発している。「米騒動」である。その翌年、19193月には、当時日本の植民地であった朝鮮半島で、朝鮮人の民族自決権を求める「3・1運動」が起きている。これに続いて中国では「5・4運動」が始まる。中国の学生と知識人が開始した「5・4運動」は、たんなる民族運動ではない。これは日本の政策が帝国主義政策であることを訴え、「日本帝国主義」という概念をアジア民衆に広めた運動である。「米騒動」「3・1運動」「5・4運動」は、日本・朝鮮・中国の民衆が、同時に日本政府の政策に異議を唱える事態だった。そして日本社会はここから大きな民主化運動へ、「大正デモクラシー」の最高潮期をむかえるのである。
1923年、東京の「復興」開始時に、朝鮮人と社会主義者の虐殺が行われる。そして1925年「治安維持法」が制定され、ここから日本は強権的な軍事政権と15年戦争に突入していく。「復興」政策は、人権や民主主義を退ける強権的性格をもつ。この直前まで高揚していた日本民主化運動は、「復興」政策によって阻止され、軍事独裁・戦争翼賛体制へと転換していくのである。
こうした歴史を参照するならば、現在起きている愛国的気分と「復興」政策がいかに危険なものかがわかる。とくに若い学生は、政策に動員されやすい位置にいるのだから、「復興」という言葉には充分に警戒しなくてはならない。福島の「復興」のために現地に派遣され重度の被曝をしても、日本政府は内部被曝を認めていないのだから、被害が認められることはない。使い捨てにされるだけだ。
希望は「復興」政策ではなく、「米騒動」にある。2011年秋、全国の主婦が汚染されていない米を買い求めて、新聞はこれを「平成の米騒動」と呼んだ。これは日本民主化運動がふたたび開始される兆候である。放射線防護活動は、日本民衆が政府に異議を唱え、人権と民主主義を要求するおおきな運動をうみだす契機なのである。



補足

 愛国的気分について補足。
 問題は政治的左右の問題ではない。むしろ政治的には「左派」とみなされる人々こそ、今回の愛国的気分に支配されているように思われる。私はこの一年半のあいだ、汚染地帯からの退避を呼びかけてきたが、そうした判断を鈍らせるイデオロギー的な問題として、愛国的気分の蔓延というのがある。
たとえば、「東北・関東のすべての住民が退避することはできない」という反論がなされることがある。こういうことを言う人が本心からそう考えているのかどうかはともかく、「言い分」としてしばしば登場する。
そもそも問題設定が間違いである。結論を言えば、汚染地帯から全員は退避できないし、全員が生きることはできないのだ。チェルノブイリ事件をみれば明白なように、これから大量の死者が出る。罪のない人間がたくさん死ぬだろう。それが「レベル7」ということだ。今回の被災で全員が助かることなど現実にはありえない。助かるものしか助からない。だからこそ退避を要請しているのだが、こういう肝心なときに、みんなで生きたいとかみんなで死にたいとかいう愛国的雑念に支配されるということがあるわけだ。
気持ちは分かる。
しかし現実は、そんな観念的で想像的な作業でどうにかなるものではない。
全員が助かるような方策はないし、私はそんなおおきな課題を請け負う義理はない。
自分の知る友人が、日本社会のことなど忘れて、生きながらえること。それだけで充分だ。



おまけ

2012年9月14日金曜日

石原伸晃は死にました

自民党の石原伸晃がテレビ番組のなかで、福島第一原子力発電所を「第一サティアン」と言い間違えて話題になっている。おそらく「第一サイト」と言おうとして間違えたのだろう。「サイト」と「サティアン」、似てる似てる。
 問題は、本人がこの言い間違いを自覚していない節があるということだ。他人に指摘されなければ気がつかなかったのではないか。
実は「2ちゃんねる」の放射能関連板では、ふた月ほど前から石原伸晃の様子が注目されていた。顔がやせて垂れ下がり、皮膚が茶色くなり、まるで別人のように老化してしまっていたからだ。「これは確実に食ってるな」「ベクレてるな」と、ウォッチャーのあいだで注目されていたのだ。8月末、自民党総裁選の話題が出てきたあたりから少しだけ顔色が回復し、「ちょっと白くなったな」「食うのやめたかな」「でもまだ目がうつろだよな」とささやかれていたところに、この言い間違いである。
これは被曝による運動機能障害である。断言する。

このひと月ほど、芸能人が舞台から転落したり、プールへの飛び込みで骨折したりという事故が起きている。水上ボードでひざのじん帯を断裂した芸能人もいる。こうした事故はおそらく、瞬間的な重心移動、体勢変え、足の踏み出しや踏みとどまりという機能が壊れているのだと思われる。こういう瞬発的かつ微妙な運動は、0.1秒や0.01秒というタイミングで成否が決まる。「マイクロスリップ」と呼ばれる微妙な位置調節運動が不全になってくると、身体のあちこちに負荷をかけながら運動することになるだろう。
話すこともまた運動である。よく話すことを「舌が回る」とか「あごがまわる」と表現するように、話すことにとって口まわりのマイクロスリップはとても重要な要素だ。私の場合、ガムを噛んでいると良い返しが浮かばなかったり、タバコをくわえると良いアイデアが出てきたりする。我々は脳で考えるだけでなく、あごで考えてもいるのだ。
石原伸晃は、あごがまわらなくなっている。奴はこれまでの無能に輪をかけて、ますます無能になっていくだろう。これは良いことだ。自民党の政治家は死ねばよい。

私が危惧するのは、東京に暮らす友人たちが、きちんと放射線防護をできているかどうかだ。我々プロレタリアートは己の才覚だけで勝負しなくてはならないのだから、あごがまわらなくなったら負けだ。


2012年9月3日月曜日

ポスト運動の分析


ニューヨークから来日した建築家と、大阪で懇談。
テーマは、情報技術に支援された都市空間における集団行動の力学について。
ようするに、携帯メール時代の暴動(フランス暴動、ロンドン暴動、アラブ暴動、ギリシャ暴動)についてなのだが、日本の現在の状況にぐっとひきよせて言えば、スマートフォンによって支援された放射線防護活動について議論をした。スマートフォンと線量計・核種分析機の大規模な利用が、どのような「メッシュワーク」を形成していて、それがこれまで不可視化されてきた郊外住宅地域のポテンシャルをどのように引き出していくのか、と。
 彼らの分析の要点は、都市住民の集団的行為の組織化が、ネットワーク(諸団体・グループの結合)から、個人のレベルまで分解されふたたび織り上げられる「メッシュワーク」へと転換したということであり、これは、従来考えられていた「運動」を後景化させ、「ポスト運動」と呼びべきものを前景化させているということだ。2000年代半ばに登場したこの「ポスト運動」を、彼らは、「レゾナンス(共振)」という概念にまとめたのである。彼らの整理によれば、2007年のハイリゲンダムサミットをピークに「ムーブメント」は後景化していき、2005年のフランス暴動を皮切りに「レゾナンス」の暴動戦が登場した、というのだ。

ネットワークから「メッシュワーク」へ。
ムーブメントから「レゾナンス」へ。
組織され統合されるデモから、共振する無数の直接行動へ。
むちゃくちゃ楽しい。
来月、ニューヨークに行って話の続きをする。




追記

頭がぐるぐるして眠れないのでもう少し書く。
メッシュワークという概念が刺激的であるのは、われわれが通常考えている知性の定義を再検討させる契機になるからである。メッシュワークの極端に脱中心的な性格は、書くことや考えることを無効にするかのように見える。
以前、ダナハラウェイのサイボーグ論について紹介したが、米軍が核戦争のために開発したサイバネティックス技術がC3I(コマンド・コントロール・コミュニケーション・インテリジェンス)で構成されるのに対して、反国家のサイボーグはここからコマンドとコントロールを廃棄してしまうのである。いま多くの人々が経験して思い知ることになったのは、メッシュワークにおける情報交換は、コミュニケーション‐インテリジェンスだけで構成されていて、誰も指令できないし誰にもコントロールできないということである。ここでは、実践的な知識だけを必要として、実践的知識だけを交換しているのである。
例えば暴動戦をドライブさせる短文メールの大半は、警察の位置と員数、体勢、装備、車両の有無であるだろう。ここでの関心は、空間と警察の身体とがどのような配置にあって、どのような展開可能性をもっているかという情報である。必要なのはそのディテールと分析だけだ。放射線防護活動においてやりとりされる情報は、空間線量計の機種、ロケーションと高度、計測時間、μSVh、核種分析機であればその機種、対象品目、測定時間と検出限界、Bq/kgである。より詳細な情報として要求されるのは、対象のどこをどうサンプルにしたか、魚であれば切り身であるかそれとも骨や内臓を含めたのかというディテールである。
メッシュワークが要求する知性とは、我々が考えてきたような抽象度の高い理論ではなくて、より実践的でより身体に近い情報と分析能力なのである。
これまで「運動」を考えるとき、そこにはかならず理論が必要だった。偉大な無政府主義者は偉大な教育者であった。レーニンは機関紙こそが党の中核であると考えていたし、スターリンは「プラウダ紙」の主筆だった。透徹した頭脳たちが前衛的任務を自覚して社説を書くこと、これが運動にとって不可欠な要素であった。しかし、暴動戦や放射線防護のメッシュワークにとって、そんな脳みそで考える理屈はいらないのである。必要なのは、身体の実際を知っているかどうかだ。徹底的に身体に執着し、身体の限界を教えつつ身体をエンパワーメントできるかどうかなのだ。
状況をもうすこし俯瞰してみれば、現代という時代は、「脳死は人の死か否か」が議論され、うっかりすると生きている身体をバラバラに刻まれて転売されてしまう時代である。脳死臓器移植とは、脳こそが生命の核であり身体はその付属部品にすぎないとする思想であるわけだが、その同じ時代に現れたサイバネティックスの転用(メッシュワーク)は、頭のない身体だけの知性がひとつの生き物のようになって暴力を組織しているのである。ここで見るべきは、暴力が直接に行使されているということだけではなくて、暴力の組織化が、理論を媒介せずに直接に組織・集約されているということだ。暴力‐理論‐暴力ではない。暴力‐暴力-暴力なのである。
これはアナキストもおののく大発明である。冷戦の核/サイバネティックス戦争は、とんでもない怪物を生みだしたのだ。
これから我々は、警察のペッパーガスやβ線に傷つけられた甲状腺のう胞のなかに、詩を見出し、徹底的に身体化されたディテールのなかに思想を内蔵させることになる。

2012年8月23日木曜日

一票の格差




 これから衆議院選挙がおこなわれる。選挙のことを考えると、とにかく腹立たしい。
なにが腹が立つかというと、投票権の不平等である。これはいま裁判所が憲法違反と言っている件とは別の、もっと根本的な不平等である。また、在日朝鮮人の選挙権はく奪についてはもちろん大問題であるが、いまここでは割愛する。今回の選挙でとくに腹が立っているのは、もっと広範で一般的な不平等である。

まず私について言うと、投票権が一票あるわけだが、なぜ一票しかないのか。少なくともあと一票は必要だ。うちは娘が一人いて三人家族である。しかし選挙管理委員会が送ってくる投票券は、私と妻とあわせて二票しかない。これでは足りない。
問題はうちに限ったことではない。いま多くの母親と妊婦が放射能汚染問題で頭を悩ませているわけだが、彼女たちは自分の将来だけを考えているのではない。彼女たちは自分の将来に加えて、こどもの将来を考えて、頭を悩ませているのである。なぜ一票しか与えないのか。自分ひとりでなく二人分も三人分も悩まなければならない人間がいて、他方、「俺はもういつ死んだっていいんだ」とうそぶくボンクラな年寄りがいて、両者が同じ一票しか与えられないというのは不当である。
私は本来なら1.5票の投票権をもつはずなのだが、実際にはこれが三分の二に切り詰められて、一票分の券しか送られてこない。権利のうち三分の一を盗まれているのである。公然と。

腹立たしいことは、もうひとつある。なぜ東北・関東・中部の汚染地域の住民が、他の地域と同じ一票なのか。ひとり五票分ぐらい割り当てるべきではないのか。中選挙区にもどすとか比例代表を増員するとかして、西日本と東日本で五倍の格差ぐらいつけたらいい。それぐらい重い被害を受けているんだから。

選挙というのは昔から腹立たしいものだが、今回は吐きださずにはいられないぐらい腹が立つ。「議会制は多数者を排除するものだ」というのは、原理的に言えばそのとおりなのだが、目の前であからさまにやられると煮えくりかえる。




追記
 これだけだと子持ち中年男性の怒りみたいな矮小化を免れないので、もう少し書く。

 問題は、議会制民主主義というものが住民の意思を代表しつつ、同時に排除しているということである。意思決定から排除され権利を盗まれた者たちは、その盗まれた分を回復するために自力救済の途を探すわけだが、ここで現代の国家はこの問題の補完物を用意している。
 「住民参加型行政」である。
 国家はその政策の意思決定から市民を排除し、そこで放棄されてしまった問題の尻拭いを、「住民参加」という疑似的な民主主義の形式で行わせる。本来は政策として議論され措置を施されるべき諸問題を、すべて住民の「意識」と努力に丸投げし、あらかじめ責任を転嫁してしまう形式である。それは、現れている問題を政策の全体のなかで考えるのではなく、なにか気のきいたサービスを待つシングルイッシュ―に断片化して取り扱う。そうした方策こそが「現実的な」問題解決であるというのが、90年代の新自由主義政策下に登場した「住民参加型行政」だ。
たとえばいま注目され問題視されているエートス・プロジェクトは典型的な例だ。エートス・プロジェクトというのがどういうものかはググってもらうとして、問題は、このプロジェクトが外見的には住民の自発性に基づく活動として表現されていることである。それは外見だけでなく、部分的には事実なのだろうと思う。エートス・プロジェクトの活動主体はいわき市や郡山市の住民有志であり、彼らは政策的に被曝生活を強いられつつ、同時に、「主体的」に被曝生活を受忍しようとしている。そしてここで要求されているのは、国や県による改善措置ではなく、もっと手近で痒い所に手の届くサービスなのだ。
私はずっと以前から、住民参加型行政の翼賛的性格を批判し危険視してきたが、まさかここまで先鋭化し、構造の暗黒面をさらけだす団体が登場するとは予想しなかった。
こうした住民参加型の政策翼賛運動は、もとをたどれば、議会制民主主義のもつ非民主的性格から生みだされているわけだが、他方では、こうした形式の翼賛と対峙するための思想が充分に準備されてこなかったことにもあると思う。いったいどれだけの「批判的知識人」が、エートスのような住民運動を批判できるだろうか。問題は、エートスの提示する結論が間違いだというだけでない。その次元での批判はもちろんやるべきなのだが、それ以上に批判されるべきは、問題解決の方向性であり、結論に至ろうとするプロセスである。「あれは本来の意味での市民活動じゃない」と言うのでは不充分だ。そんなどうとでもとれるその場しのぎの評価をふりまわすぐらいなら、バツの悪い顔で沈黙しているほうがまだましだ。問題は、エートス・プロジェクトのような活動が、どのような住民感情を培地にし材料にしているかである。

権利を奪われ周辺化された人間は、すでにその時点で傷ついている。我々が一般的に選挙嫌いで棄権しがちなのは、選挙制度というものが自尊心を傷つけるものだからである。傷ついた人間は、捨てばちであったり、問題を不正確にしたり、ごまかしを平気でやるようになる。人々が排除された権利についてもういちど要求するとき、その要求は切実であるだけでなくて、自分でも自覚しきれないようなごまかしを含んでしまっている。行政はそのごまかしにつけこんで共犯関係をつくり、議会外の市民活動をコントロールするわけだ。このことを書きだすと長い論文になってしまうのでここでは展開しないが、現在の状況のなかでひとつ確実に言えるのは、「住民活動なんて信用するな」ってことだ。
住民の団結は、誤謬にまみれている。
バラバラになれ。
「プロレタリアに祖国なし」だ。

2012年8月7日火曜日

小麦・大豆警報

関東産の汚染小麦と汚染大豆が、加工食品になって流通している。
加工食品は、複数産地を混ぜることで放射線濃度を操作することができるので、要注意。
この数カ月、部屋にこもって文章書きに没頭していたので、これは完全に出遅れた。

小麦の加工食品では、セシウム134・137合算で7Bq/kg程度のものが発見されている。
これは市民測定所のNaI核種分析機が追える検出限界でギリギリのライン。丁寧に時間をかけて測定しないと、うっかり「不検出」にしてしまうレベルだ。
まずい。
本気で測定しないと、やられる。
麺類、パン、納豆、味噌、醤油には要警戒だ。

2012年8月2日木曜日

3・10の思想

8月2日午後1時頃、福島第一原発付近の住民が、大きな爆発音を2回聴いたらしい。ツイッターで複数のつぶやきがあった。真偽を確認するには時間がかかるだろうが、用心に越したことはない。東北・関東の放射線量を注視して、上昇する気配があれば早めに退避してほしい。
  こういうときに情報の真偽を確認するのは簡単だ。普通は嘘を言う動機があるかどうか考えればいいわけで、この動機づけという点で、新聞やテレビはまず眉に唾したほうがいいというのが大方の見方だ。では、一般市民が発信する情報の確度はどうかというと、これは嘘をつかなければならない理由がないのだから、私はだいたい信用している。

 ただしひとつ例外があって、政治闘争の場面では、一般市民であっても嘘をつくことがある。
  私の本をいくつか担当している編集者のF氏は、最近の東京の大規模デモの仕切り方に怒っているのだが、その最大の理由は、動員数の盛り方である。
デモの主催者はたいてい動員数を盛って発表する。実際には1200人が参加した集会を1500人と発表したりする。そういうことは私もいままでやってきた。で、現在の東京のデモも、主催者は動員数を過大に発表している。先月の日比谷公園での反原発デモは、主催者発表で17万人、警察発表で7万5千人だった。F氏が問題にするのは、盛り方の程度がはなはだしいということではない。無党派主催はせいぜい3割増しだけど、さすが大党派は盛り方がすごいね、ということではない。彼が怒っているのはそういう「程度の問題」ではなくて、「3・12」以後は、もうそういうやりかたは通用しないはずだということである。

  「3・12」の原発爆発後、我々が何に苦しめられたかを想いおこしてほしい。それは、数字である。我々は数字に翻弄され、憤り、疑心暗鬼になったすえに、各自がガイガーカウンターを入手して線量を調べたのである。問題は空間線量だけではない。食品の放射線濃度、人体の被曝線量評価、原子炉容器の圧力と温度、真夏の電力需要、等々、原子力にかかわるあらゆる数字が、嘘と印象操作にまみれてきた。客観的に示されるべき数字が政治的な理由によって曲げられたという事実に、我々は怒っているのである。この怒りの焦点を、デモ主催者はほとんど理解していないようにみえる。市民のこの怒りをおおきな共感へと束ねていくのではなく、まったく逆に、政府とほとんど同じ手つきで動員数を操作し過大発表している。なにをやっているのか。まったく空気が読めていない。

   原発の爆発事件は、多くの人の認識を変えた。しかし、これまで政治運動をやってきたと自認する人々は、いまだに旧い認識と旧い手法のままでこの事態を乗り切ろうとしている。これは最近きいた新しい用語で言うと、「3・10の思想」というやつだ。爆発後にあらわれる「3・12の思想」に対して、爆発以前の旧態依然とした姿勢を「3・10の思想」と呼ぶらしい。こういうのは、もう、退場だ。いい加減にした方がいい。まじめにやらないと三行半を突きつけられて終わっちゃうぞ。

2012年7月12日木曜日

カリウムとセシウムは何が違うのか

「放射性カリウム(カリウム40)も放射線を出すのだ」みたいなことをいまだに力説する馬鹿がいるので、一度きちんと書いておかなければならないだろう。放射性カリウムと放射性セシウムは違う。
 何が違うかと言えば、濃縮の度合いが違う。
 核種分析機で食品を測定していればわかることだが、カリウム40の濃度は安定している。どんな食品でもだいたい100Bq/kg台のオーダーである。これに対して、セシウムの濃度は予測できない。1000Bq/kgなんてひどいものが平気で出てくる。

 では、なぜカリウム40の濃度は安定しているのか。
それは、カリウム39とカリウム41という安定カリウムのおかげだ。この二つの安定カリウムで、カリウム全体の99.9%を占めている。放射性のカリウム40は、カリウム全体の0.1%である。この割合は、いつでもどこでもピタリと0.1%というわけではないだろうが、おおむねこの割合になっているだろうということで、あるカリウム肥料のなかの90%が放射性カリウムだったということはないのである。
ということはどういうことかというと、放射性のカリウム40が1あるとき、そこには必ず安定カリウムが999ある、ということである。ある作物に占めるカリウムの空間量が1000あるとして、そのうちの999は安定カリウムによって占められ、放射性カリウムを閉め出しているということだ。つまり放射性カリウムは、かならず999のスペーサーを伴って存在しているということである。
セシウムはこういうわけにはいかない。セシウムがあるところ必ず安定カリウムがあるというわけではない。だから、不耕起栽培(耕さない畑)でカリウム肥料を使用していない畑では、セシウムをブロックするカリウムが足りず、作物への移行係数0.3という恐ろしいことが起きてしまう。いま汚染された農地ではカリウム肥料の投入がなされているだろうが、それは安定カリウムをセシウムのスペーサーにするという操作である。そういう畑で採れた作物がセシウムの移行を抑えることができたとして、ではその裏山のタケノコや山菜が何ベクレルになっているかは予測できない。入会地の裏山にわざわざカリウムを撒いてくれる人などいないだろうから、そこには放射性セシウムがスペーサーのない剥き出しの状態で置かれている。キノコ・タケノコ・山菜は際限なくセシウムを吸収し、ウン千ベクレルという恐ろしい濃縮を遂げるのである。

我々が放射性セシウムを問題にして、放射性カリウムを問題にしないのは、こういう理由があるからだ。こういうことは一度でも核種分析機をいじってみれば直感的にわかることだ。ちょっと本を読んだだけでカリウムカリウム言うのは、まったくの机上の空論である。

2012年6月25日月曜日

将棋の戦争と囲碁の戦争

将棋は護るべき者が定まっている。王を護ればよい。将棋とは、王を中心にして陣形をつくり、最後まで王を護りきる闘いである。将棋に強くなりたければ、王の立場に感情移入をして、つとめて臆病に被害妄想的に王を護ることだ。
 これに対して囲碁は、王のいない闘いである。囲碁には護るべき中心がなく、陣形は流動的でしばしば裏返しになる。囲碁は陣形を流動化させ、中心と周辺、前線と後方を、裏返していく闘いである。
 盤面の展開を比較すれば、囲碁というゲームが異常に好戦的で、純粋に戦争的であることがわかる。将棋が王の防衛に時間を費やすのとは対照的に、囲碁は常に前のめりに攻撃を繰り出していく。将棋では相手に先んじて勝ち取った時間を王の防衛にあてることができるのだが、囲碁ではすべての時間が攻撃にあてられる。
 将棋では、まず陣地があって、陣地を脅かす敵に対抗する過程で戦線が形成される。囲碁では、まず戦線が形成され、その死活の結果として陣地が形成される。ここでは陣地と戦線、平和と戦争のプロセスが、逆転しているのである。
 囲碁が純粋に戦争的であるというのは、石の性格にもあらわれている。囲碁の石というのは一見すると平板で個性のないものに見える。将棋の駒があらかじめ個性と役割を与えられているのに対して、囲碁の石はただ「ある」ということを表示するだけに見える。しかし、盤面が形成されるにしたがって、その全体的状況と局地的状況のありかたが、一個一個の石の多様な顔を生み出していく。最前線の要地で懸命に踏ん張っている石、つかの間の平和のなかでのんびり休んでいる石、敵に包囲され青ざめている石、さまざまな表情があらわれる。それは戦争に先だっては存在しない、戦争によって付与された個性であり運命である。もしもこの戦争がなければ、彼らはただの石にすぎなかっただろう。戦争のために彼らはただの平凡な石であることをやめなければならなかった。彼らの力を引き出し非凡さを発揮させるのは、ただ一つ、戦争によってなのである。

 将棋と囲碁の違いを並べてたてて、いったい何が言いたいのかと思われるかもしれない。こんなことは20年も前にドゥルーズ/ガタリが論じたことを引き写しているだけではないか、と。

 私がここで言おうと思うのは、放射能防護活動がどのような見通しで営まれているかである。2011年3月以来、我々はまったく予想しなかった放射能との対決を強いられ、同時に、日本社会との闘争に投げ込まれてしまった。ここで我々が直面するのは、この闘いの力学をどのようなものとして構想するかという認識の混乱であり、闘いの様式をめぐる問いである。戦争を遂行する二つの様式があって、その論理はまったく異なっている。そのことを将棋と囲碁の比喩で言おうと思うのだ。

 戦争を将棋のように想像することは容易だ。それは位階制秩序における政治をよく模写しているからだ。中心に王がいて、その両脇に金将・銀将・飛車・角という将が構えていて、王と将の力を後ろ盾にして歩兵が動いていく。通常の社会における政治は、将棋のような配置と力学をもつ。しかし叛乱と革命戦争を何度も経験してきた中国では、将棋の秩序が破られてしまう純粋な戦争があることが知られている。純粋な戦争状態では、王と将と兵の区別のない無政府状態があらわれる。このことを表現したのが囲碁だ。
将棋の駒はすべて本質的に捨て駒である。将・兵の駒は王のために死ぬことを予約されている。しかし囲碁の石はすべて活きるべき石である。それが結果として敵に撃たれ捨て石となってしまうにしても、はじめから死ぬために置かれる石はひとつもない。なぜなら囲碁が表現する純粋戦争には王がおらず、すべての石が王だからである。すべての石が王となって死活的な戦闘を闘うからこそ、陣形を転覆するダイナミズムが生まれるのだ。

放射能との闘いは国家と社会が対峙する従来の図式が崩れていて、我々はもう将棋の駒のような意識では闘えない。「何かのために身を捧げる」という中途半端な構えでは、この闘いを闘いきることはできない。一つ一つの石ころが王にならなければならない。

追記
 いま読み返したらちょっと電波っぽい文章なのでもう少し説明的に書くと、ここで言いたいのは、「陣地線」や「二重権力」あるいは「サンヂカリズム」というものを、まるで将棋の盤面のようにイメージしていたのではだめだということである。それは、構成されたものと構成するものとをさかさまに見て、結果と原因を転倒させた意識である。完全に誤謬である。
 これまでの短い歴史のなかで、社会運動というシーンに自分の位置と役割があるかのように勘違いしている人間は、はやく目を覚ませと言いたい。おまえはただの石にすぎない。ただの石が闘うときにこそ、状況が動くのだ。

2012年6月22日金曜日

原発再稼働を止めるために

電力会社は原子力発電所を止めることができない。これは電力供給の問題ではなく、資産の勘定の問題である。原発が使えるものであれば、原子力施設も核燃料も資産として勘定できる。使用済み核燃料も、実際には核燃サイクル計画が暗礁にのりあげていても、いつか将来的に「再利用できる」ということにしておけば、資産である。
 原子力発電所が稼働できないとなれば、原発も核燃料も使用済み核燃料もすべて、負の資産になる。これは帳簿の問題であって、実体経済とは別の次元の話だ。彼らが言う「日本経済」というのは、我々が生きている生活経済とは別の、帳簿の経済である。
 電力会社、銀行、株主の帳簿をクラッシュさせないために、彼らはなんとしても原発再稼働を言い続ける。事故も隠すし、放射能汚染も隠ぺいする。彼らの帳簿の健全性を保持するために、我々は「安全・安心」のスペクタクルを演じさせられるわけだ。政府が「再稼働」を言うことができるのは、汚染地帯東京に暮らす人々がこのスペクタクルの社会を容認し追従するだろうと見なしているからである。

 原発再稼働問題は、もう電力問題ではなくなっている。これは、彼らが要求するスペクタクルの「日常」を演じるのか拒絶するのかという包括的な問題になっている。
 東京の「日常生活」を放棄し、逃散すること。放射能汚染を告発し続けること。議員が悲鳴を上げるまで責めたてること。これが原発を止める唯一の途だ。

2012年6月20日水曜日

豊川(愛知県)の汚染状況

先月16日、愛知県の豊川の三か所から土壌サンプルを採取した。
 一か所は豊川の河口にあたる豊橋市。豊橋排水機場の付近に泥が堆積している部分があったので、その泥を採取。
 二か所目は、隣の豊川市。河口から15kmさかのぼった三上橋の付近で河の砂を採取。
 三か所目はさらに水源にさかのぼって新城市の大原貯水池。貯水池には立ち入ることができないので、貯水池を囲む森林の土壌を採取した。
 豊橋市、豊川市の砂は、いちおう不検出(10Bq/kg未満)。
 新城市の土は、セシウム137が14 Bq/kg、セシウム134が7 Bq/kg検出された。

このまえ出版した『3・12の思想』や、図書新聞5/19号の一面のインタビューでも触れたことだが、セシウム134は重要。比較的短命なセシウム134が検出されたということは、これは東京電力のセシウムである。福島第一原発の放出した放射性物質は、愛知県新城市に到達していることが確認できた。量的には微妙というか、NaI核種分析機の精度で検出するにはギリギリのレベルなわけだが、この森林にある東電製セシウムは、これから時間をかけて河を下り、河口から海に注ぎ、伊勢湾に棲息する魚介類に濃縮することになる。14Bq/kgのセシウム137が、魚の体内でどれぐらい濃縮するのかはわからない。暗中模索だ。

 今後は、釣り師のコイエくんにボートを出してもらい、伊勢湾で魚を釣ろうと思う。コイエくんというのは、この間の沿岸調査をリードしてきた釣り師でありアニメオタクであり介護労働者である。オタクの若者と思想家を自称する中年の二人で、1.5キロの魚を釣り、放射線を測定する。この作業を定期的にやらなくてはならない。

41歳にして初めての釣りである。
思えば遠くへ来たものだ。

2012年6月17日日曜日

新刊の前口上

今日、新評論から新刊見本がきた。

『放射能を食えというならそんな社会はいらない、ゼロベクレル派宣言』(新評論)

来週には書店に配本される予定です。
以下、出版社の近刊案内で出されている自己紹介文を転載します。


放射能問題を考える
矢部史郎

福島第一原子力発電所が「レベル7」の事故を起こして以来、放射能問題にどう対処するかが大きな課題になっています。世界が日本に注目しているのは、放射性物質の拡散がどのような被害をもたらすかであり、また、日本に居合わせた我々がどのように放射能と対決するかです。問題は自然科学の領域に留まらず、自然科学と社会科学、さらには文学的課題も含めて、さまざまな領域を横断して考え、応答することが求められているのです。

 本書『放射能を食えというならそんな社会はいらない、ゼロベクレル派宣言』は、「反原発派」としての意見表明であるだけでなく「反放射能」=ゼロベクレル派の態度表明として書かれました。放射能の被害について過小評価することや、被曝を受忍することは、いまや国民的合意になりつつあります。それは原子力行政の側はもちろんのこと、反原発派の側にも、被曝を受忍しようとする諦念に似た気分が広がっています。右派であると左派であるとを問わず、自己犠牲的行為が称揚され、「放射能を食えという社会」が構成されつつあるのです。ここにあらわれているのは、これまで積み上げてきた人権概念がなし崩しにされる事態です。人権を希求する社会にかわって、同調と自己犠牲を求める「社会」が登場したのです。放射能のある社会とは、言いかえれば、人権が放棄される社会です。現在の日本において、我々が批判的思考を働かせるならば、まずこの「人権の危機」を正面から受け止め応答するものでなければならないと考えます。

いま日本で起きている人権の危機は、危機であると同時に契機にもなりうるものです。社会科学も人文科学も、この2011年の危機を境に生まれ変わるでしょう。しかしただ「生まれ変わるでしょう」と他人事のように構えているのでは充分でない。ここで私は、科学と文学を産み直す実践に自らをなげこむことを表明します。これは私個人の決意表明であり、同時代の人々への呼びかけでもあります。いまこの社会で批判的に反時代的に考えることは、これまで以上に刺激的で使命を帯びたものになっているのです。


6月下旬には新宿の模索舎で、7月6日には新宿の紀伊国屋書店で、それぞれトークイベントをやります。
地元名古屋での販促イベントは未定。本当は正文館あたりでちまっとやりたいんですが、どうも名古屋はそういう文化がないようで、まだまだこれからです。

追記
 新宿の模索舎のイベントは、6月27日19時からに決まりました。
 場所は模索舎(地下鉄丸ノ内線「新宿御苑」駅歩5分)です。
 
 http://www.mosakusha.com/voice_of_the_staff/2012/06/vs20113122012627.html

2012年6月15日金曜日

審査について

いま原稿書きが行き詰まっているので、雑文を書く。
少し古い話になるが、いわゆる「河本問題」について。
吉本興業の芸人が、充分な所得があるにもかかわらず母親の経済的援助を断り、母親が生活保護を受給し続けていたという問題。同様の構図で複数の芸人が生活保護の不正受給を疑われている。
 自民党の頭の残念な議員が国会で追及したわけだが、彼女の思惑通りに、問題の焦点は生活保護制度に向けられているようだ。生活保護、是か非か、みたいな構図だ。

 本当の問題は、審査をめぐる不正疑惑である。ケースワーカーが不正を働いたのではないかという疑惑であり、吉本興業が不正受給をほう助していたのではないかという疑惑だ。
企業が節税をしたり補助金を受け取るために法律家を雇うことは、よくあることだ。さまざまな雇用対策にかかわる税金投入には、法律に通じた専門家が携わっていて、何人ものコンサルタントを雇った企業が補助金をむさぼるという構図がある。雇用対策や社会保障に使われた資金(税金)のうちどれぐらいを企業とコンサルタントたちがむさぼったのかという具体的なデータはないのだが、蓋然的に考えて、法律に疎い者よりも法律の抜け穴を熟知した者の方が先に税金にありつくのであり、審査をする行政職員は、本来救済されるべき人々よりもコンサルタントたちに癒着しやすい人種である。

 一方では生活保護を切られて餓死をする者がいて、他方では、人並み以上の所得がありながら生活保護を受給している者がいる。これは受給をめぐる審査の正当性がグラグラになってしまう事態だ。
審査とは何なのか。こんな馬鹿馬鹿しい不正がまかりとおるなら、審査する者を解雇して、すべての人に無審査で最低所得を分配すれば良いではないか。

2012年6月14日木曜日

今月発売の『現代思想』

6月下旬に発売となる『現代思想7月号』(青土社)に原稿を出した。
 7月号の特集は『被曝と暮らし』。
 4月に博多のトークイベントに呼んでくれた森元斎くんも書いている。博多で彼と話したときに、「原稿依頼がきた」と言っていた。
「いいなあ森くんは。俺なんかもう腫れものだから、なかなか依頼こないよ。」と言っていたら、何があったのか、たぶん予想外に書き手が少なかったのだと思うのだが、締切の三週間前に依頼がきた。もう雑誌から依頼がくるのは最後かもしれないので、書きたい放題に書いた。

 私が出した原稿は、ずばり「被曝不平等論」。
 「被曝を受忍する」とか簡単に言うけど国民が平等に痛みを分かち合うなんて現実にはありえないよね、という話。被曝が不平等という話から、さらには、市民の防護活動をあてにしてタダノリする政府は許せん、という話。さらに筆がのったので、いま主婦バッシングする奴らはブルジョアイデオロギーに汚染されたニセ左翼・ニセフェミニストだ、という話。個人名はいちいちあげていないが、誰のことを言っているのかは明白。再点検ですよ、もう。

 この「被曝不平等論」は、三倍ぐらいに加筆して書籍にする予定。年内に書きあげたい。

さいたま市で医師が不足

さいたま市の赤十字病院では、来月から小児科医がいなくなってしまうという。すでに産科医もいなくなっていて、残っていた小児科医も全員退職してしまうのだそうだ。かわりの医師もみつからず、この病院では産科・小児科ともに機能停止に陥る。こうした動きは関東各地で起きているのだろうと推測する。無理もない。私が医者だったら退避する。

 産科医・小児科医というのは、もともと福島第一の事件が起きる以前から不足していた。医師にとって条件が悪いからだ。それに加えて今回の放射性物質の拡散は、こどもたちに被曝を強制し、わけのわからない症状を頻発させている。医師が悲鳴を上げるのは充分に予想できた話だ。充分に予想できたにもかかわらず、厚労省は汚染食品を流通させ、適切な防護教育をせず、文科省は学校給食もグラウンドの土もプールの水質も野放しにしている。そうした無策のツケを、こどもの体と医療機関におしつけているわけだ。やってられるかよ、と職務を放棄する医師は、正しい。

 もう社会は壊れている。こんなぶっこわれた社会で、医師の責務もへったくれもない。阿呆に付き従うのはやめて、さっさと抜けるのが道理だ。

2012年5月23日水曜日

『ゼロベクレル派宣言』、校了しました

来月出版予定の本が、やっと終わった。

次回作のタイトルは、

『 放射能を食えというならそんな社会はいらない、
  ゼロベクレル派宣言 』

矢部史郎著 (聞き手:池上善彦)
発行 新評論 http://www.shinhyoron.co.jp/
価格 1800円+税

です。

 3月に出した 『3・12の思想』(以文社) と同じスタイルで、矢部がインタビュアーに答えていく語り下ろしです。
聞き手を引き受けてくれたのは、池上善彦さん。池上さんはかつて『現代思想』(青土社)という雑誌の編集長をやっていた人。90年代のはじめから20年ちかく『現代思想』を編集していた、業界では有名な人物です。ゼロベクレル派です。


 カバーデザインは固まってきましたが、オビの文はまだ未定です。編集者が出した案は、

 『 社会思想 を 除染する 』

だったのですが、それはちょっとまずかろう(売りにくくなっちゃう)ということで、ボツにしました。

発売日は6月下旬ですが、上旬には予約できるようになると思います。