2023年8月28日月曜日

濃度規制ナショナリズム、又は、被ばく受忍ナショナリズム

 


 

 東京電力が放射能汚染水を放出する計画があると聞いて、韓国の市民、李元栄(イ・ウォニョン)氏が、東京に向けた行進を行っている。6月18日にソウルを出発して韓国を徒歩で縦断し、7月16日、山口県下関市に上陸。その後、中国、近畿を歩き、愛知県に入ったのは8月20日だった。

 8月20日の午後、岐阜駅を出発して、木曽川を渡り、一宮市に入った。岐阜県・愛知県では、李氏をサポートする実行委員会が作られ、反原発運動の人々が李氏と共に歩いた。

私は8月20日の岐阜駅から24日の岡崎市本宿駅まで同伴したが、ここで脱水症状を起こし、翌25日の朝には高熱を出して、リタイアした。豊橋駅まで歩きたかったが、体がついてこなかった。

この後、9月11日に東京の国会へ向かうべく、李氏はいま静岡県を歩いている。

彼の訴えはとてもシンプルだ。放射能汚染水の放出をやめろ。水で希釈する濃度規制などなんの意味もない。この問題に適用すべきは総量規制である、と。

 


現在、日本のマスメディアは、汚染水放出問題の本体を見ないで、もっぱら中国政府との外交問題として報道をしている。

ここまであからさまなナショナリズム報道は見たことがない。

問題は汚染水放出の是非であるのに、すべて中国敵視報道に置き換えてしまっている。特にみなさまの公共放送NHKが、最悪だ。日本と中国との敵対を煽るような、蔑視と敵視に満ちた報道だ。日本の濃度希釈が科学的で、中国の主張は非科学的だと、記者たちは本当に信じているのだろうか。NHKの科学部は全員バカになったのか。

いまのNHKは、国内の矛盾を国外に転嫁する見本のような、非常に危険な報道だ。

 

このナショナリズムは、昨日今日はじまったわけではない。スタートは2011年の原発事故である。政府は原子力緊急事態宣言を発令し、被ばく受忍政策へと舵を切った。次いで、福島復興キャンペーンに大量の予算を投じ、全国の人々に「食べて応援」を推奨した。福島復興の基礎となるのは、被ばく受忍であり濃度規制である。1kgあたり100Bq未満の汚染食品は流通させる、年間20mSv未満の汚染地域には住民を住み続けさせる、というものだ。この基準を我慢して受忍することが、福島復興の必要条件なのだと、政府とマスメディアは宣伝したのである。

 

問題をさらに深刻にしたのは、反原発運動の変質である。2011年以後に急速に膨れ上がった反原発運動は、その多くが被ばく受忍政策を容認した。原発再稼働に反対する市民が、同時に、「食べて応援」キャンペーンに協力するという、異常な事態が生まれたのである。被ばく受忍を容認する反原発運動とは語義矛盾に聞こえるかもしれないが、これは実際に起きたことだ。

もちろん、「食べて応援」を拒否する人々、汚染地域からの自主避難を敢行する人々は、少なからず存在した。だがそれは社会的に孤立させられた。私たち避難者は極端な考えを持つ異端とみなされた。市民運動のなかでも、なかば歓迎され、なかば腫れ物である。あるいは右翼からは「非国民」と罵られることになる。この2011年の時点からすでに、被ばく受忍ナショナリズムは始まっていたのだ。

 



韓国からやってきた李さんと5日間歩き、言葉を交わしながら、私はこの12年間を振り返っていた。

やっぱり、どう考えても、日本は異常だ。

放射能汚染は、社会をズタズタにしてしまったのだ。