2023年3月29日水曜日

書評『核分裂・毒物テルルの発見』

 

 『核分裂・毒物テルルの発見 ―原爆/核実験/原発被害者たちの証言から』

山田國廣 著  藤原書店

 



 著者の山田國廣氏は、福島第一原発事故後のデータを解析し、核物質による健康被害を研究してきた科学者である。とくに、爆発直後に生成され短期間に壊変していった放射性物質(テルル・ヨウ素・キセノン)に強い関心をもって研究を続けている。

  本書で主張されているのは、放射性物質による内部被ばくとは別に、原子炉から放出された金属の化学毒が健康被害の要因になっているのではないか、という説である。初期被ばくの急性症状として報告された頭痛・めまい・吐き気・異常な倦怠感・鼻血・異常な皮膚症状は、有害金属に暴露・吸引したことによるものではないか、というのだ。この説は、放射線被ばくの影響を排除するものではなく、放射線被ばくと化学毒(鉱毒)が複合して、住民の健康被害を生み出したとするものだ。


 原子炉は核分裂反応を繰り返すことで、さまざまな物質を生成させている。放射性同位体が生成し、それらが壊変して安定同位体になり、さらにそれらが中性子を浴びて放射化する。原子炉に堆積していた代表的な物質をあげるだけでも、クリプトン(ガス)・キセノン(ガス)、放射性ヨウ素、安定ルビジウムと放射性ルビジウム、安定セシウムと放射性セシウム、安定テルルと放射性テルル、放射性アンチモン、安定ストロンチウムと放射性ストロンチウムがある。


著者の山田教授が特に注目するのは、安定テルルと放射性テルルである。

テルルは、原子炉に堆積していた質量としては、セシウムやストロンチウムには及ばない。セシウムが約200kg、ストロンチウムが約160kgにたいして、テルルは約30kg程度である。しかし、化学毒の強度において、テルルは最悪である。セシウムやストロンチウムの化学毒性が比較的無害とされるのにたいして、テルルの化学毒の半数致死量(LD50)は1~10mg。体重1kgあたり10mgを投与すると半数が死亡するという毒性を持つ。これは、カドミウムやクロム、鉛、水銀と同等の強い毒性である。

福島の原発事故では、テルルの化学毒によって死亡したというケースは考えにくいが、吐き気・異常な倦怠感・鼻血・皮膚の異常を引き起こすというのは充分にありそうな話だ。


ここで誤解がないようにくりかえし言っておかなければならないのは、この研究は放射線被ばくの影響を否定するものではないということだ。放射線被ばくによる健康被害はある。それに加えて、化学毒の被害もある、という主張だ。 私たちは、放射性物質と有害金属の複合汚染を経験しているということだ。



 原発事故後、東北や関東の各地で、子どもが大量の鼻血を出したとか、異常な疲労感ですぐに眠ってしまう、といった報告があった。こうした健康被害の証言は、「気のせい」、「心理的なストレスが要因」、あるいは、「反原発派によるデマ」といって頭ごなしに否定されてきた。否定派いわく、関東のような低い放射線量では人体に急性症状が出るわけがない、と。たしかに、放射線被ばくの効果だけでは、これらの症状は説明がつきにくいものだ。しかし、説明がつかないからといって、被害がなかったということにはならない。「気のせい」ではないし、「デマ」でもない。これらの症状には何か理由があるはずだ。

山田教授の研究は、被害者たちが経験した記録・証言に立ち返って、もういちど違った角度から問題を考えなおしてみようという試みである。

 

本書はけっして読みやすいものではないが、議論に値する重要な指摘がある。

まずは、補論(本文257頁)とJAEAの公表資料(カラー図版69頁)を頭に入れてから、各章を読み解いていくことをおすすめする。

 

 

2023年3月4日土曜日

働かないアリの解釈について

  

 アナキスト大杉栄は、ファーブルの『昆虫記』の翻訳に力を注いだ。大杉は、アリの生態観察から集産主義や相互扶助の論理を説き、日本アナキズム思想の始祖と呼ぶべき存在となった。

 

 時代は下って現在、アリの生態研究には新たな発見が加わっている。

日本の研究者が2012年に発表した論文によると、「働きアリ」のうちの2割は、まったく働かずにブラブラしていることがわかったのだという。「働きアリ」集団には、働いているアリと働いていないアリがある。仮にこの集団から働かないアリを除外して、真の「働きアリ」集団に純化してやる。すると、このうちの2割が働かないアリになってしまうというのだ。つまり「働きアリ」集団は、常に2割の働かないアリを保持しながら、働いているというわけだ。

 

 働かないアリの存在をどのように解釈し説明するかについては、まだ定説がない。この2割の働かないアリにどのようなイメージを投影するかは、自由である。

 2割の働かないアリはたんなる怠け者だ、という解釈もありうる。

この2割は予備役であり、不測の事態に備えた補充要員であろうという解釈もある。

この2割は全体の生産力に寄生するヤクザ・棒心・寄食者であるという解釈も成り立つ。

どのような説明が正解なのかは、まだわかっていない。

 

 

 私が働かないアリに投影するイメージは、預言者・批評家としてのブラブラアリである。働かないアリは、ブラブラしながら状況を見ている。彼は働いているアリが見ていないものを見ていて、まったく違う角度から問題を眺めている。働かないアリは、働いているアリが知らないことを、知っているのだ。

 

 

 かつて、首都圏反原発連合の野間某は、だめ連のペペ長谷川を激しく攻撃し、大衆運動からの排除を試みた。

首都圏反原発連合が生まれる以前、だめ連は東京の反戦派青年のなかで敬意をもって迎えられる存在であった。まさに働きアリ集団が保持する2割、ブラブラアリの代表的存在が、だめ連のペペ長谷川だった。私たちはみな、ペペ長谷川が怠け者の役立たずであることを知っていた。その上で彼を愛し、議論を交わし、ときに助言をもとめていた。有名な大学教授の講演よりも、喫煙所で交わすペペ長谷川の言葉に、重きを置いていたのだ。

 反原連の野間某がペペ長谷川を激しく攻撃したのは、たんに怠け者が目障りだということではないだろう。それだけなら、あえて攻撃する必要はない。野間が怖れたのは、怠け者に正当な地位を与えてきた運動文化、怠け者との交流を知の源泉としてきた運動文化に、強い警戒心をもったのだ。素人が陥りそうな誤りである。

 首都圏反原発連合は、2年ほどで雲散霧消してしまった。怠け者の役立たずに敬意を払わないような運動は、知的に後退し、運動の再生産に失敗したのだ。

 

教訓

 社会運動には、怠け者が必要だ。

役立たずを愛し、もっと彼の話を聞くべきだ。