2020年4月5日日曜日

換気と自律



 10日ほど前に、娘は京都市内の学生寮に引っ越していった。1960年代に建てられた古い建物に、約400名が入居しているという。学生による自主管理を続けてきた自治寮だ。
 新型ウイルス問題に際して、この寮では換気を徹底することにしたという。昼も夜も窓を開け放った状態で、生活している。こういう対策は、寮自治会の対策部会で、つまり学生たち自身の会議で、決定するのだという。さすが自治寮だ。もしもこの400名の寮で感染者が発生してしまったら、文科省による自治寮つぶしにかっこうの材料を与えてしまうことになる。だから学生たちも必死だ。絶対に感染者を出さないという覚悟をもって臨んでいる。素晴らしいことだと思う。やっぱり自治寮は、安心して子を預けられる。

 この古い建物も、よい。学生たちの換気対策を可能にしているのは、この建物に開閉できる窓があるからだ。
 そんなことは当たり前だと思われるかもしれないが、近年は、窓が開閉できない建物も多くなっている。オフィスビルや商業建築はもちろんのこと、大学施設でも窓の開かない建物が増えている。大きな板ガラスをはめ殺しにして気密性を高め、換気は空調機まかせ、という設計だ。窓を開けられない、換気扇すらない、という空間は、例外的なものではなくなったのである。

 こういう空調管理型の建物は、外観は清潔に見えるが、新型ウイルスにたいしては脆弱である。換気を機械まかせにしているのだから、もしも機械に不具合が起きれば、全滅だ。
 窓を開け放って寝ている自治寮の学生たちは、見かけは滑稽に見えるが、しっかりと自律的に対策をとっている。
それとは対照的に、空調を機械まかせにしているオフィスや教室は、見かけは格好いいが、ずいぶん他律的であぶなっかしいものだ。とくに今は、不潔な空間となっている。
90年代以降に建てられたインテリジェントビルには、気をつけよう。





2020年4月3日金曜日

ワクチン主義と家事労働




 科学史家イザベル・スタンジェールは、著書『科学と権力』の冒頭で、パスツール研究所の成立過程を振りかえっている。
 と、いまその本を探したのだが、本棚がめちゃくちゃで見つからない。なので、ここからはうろおぼえで書く。
 スタンジェールの整理によれば、パスツール研究所の成功のカギは、ワクチン開発とその商品化であった。そして、ワクチン商品の誕生によって後景化されたのは、環境整備の技法である。
 防疫の試みには二つのアプローチがあって、一つは衛生的な環境を整備する技法の確立、もう一つは種痘やワクチンの開発であった。勝利するのはワクチンである。なぜならワクチンは、経済的に大きな利益を生み出す商品になったからである。それにたいして、環境整備の技法は、商品化することのできないこまごまとした知見と実践である。それは普及力の高い知識であり、経済的な利益としては、手引書の売り上げ程度にしかならない。パスツール研究所を成功に導いたのは、ワクチン販売が生み出す莫大な利益であった。

 では、防疫への寄与度はどちらが高いのかというと、これは圧倒的に環境整備である。家畜の飲み水を清潔に保つこと、畜舎を清潔にすること、一つ一つは小さな、こまごまとした配慮の集積が、防疫を実現する。だが、環境整備は手間がかかる。これは、ワクチンのような一発打てば解決という商品ではなく、日常的な配慮と実践の積み重ね、言わば家事労働に近いものだ。
 パスツール研究所の成功は、ワクチン主義を上位におき、環境整備を下位におくという政治的ヒエラルキーを生み出してしまった。本当は、環境整備の方が寄与度は高いのだが。

 この政治的ヒエラルキーは、人間の医療現場に当てはめて言えば、医師と看護師の関係にあたるだろう。医師は、処方箋を書き薬剤を投与する。看護師は、ベッドや備品を清潔に保ち、患者の療養環境を整備する。政治的な決定権は、医師が独占している。この構図を、私たちは疑うことなく受け入れているのだが、本当にそれでいいのかという疑問もある。
 今次の新型ウイルス問題では、効果のある薬剤はなく、ワクチンもない。アメリカの製薬企業ジョンソン&ジョンソンがワクチン開発を開始したが、実用化は来年以降だという。こうなると当面は、医師の仕事はない。いま新型ウイルスに対抗する唯一の武器となるのは、環境を整備する看護師たちの技法である。部屋を適切に分割すること、汚れたシーツを適切な手順で洗うこと、備品・ドアノブ・手すりを清潔に保つこと、部屋を換気すること等々、細やかで厳密な配慮を積み重ねることだ。
 テレビには医師が登場し、新型ウイルスへの対処を論じている。これはいかにも制度的で的外れな編成だ。私たちが本当に聞きたいのは、医師の意見ではなく、看護師たちのアドバイスである。看護師がいまどのような実践を行っているのか。どんな方法が失敗し、どんな方法が奏功したのか、その知見が聞きたいのだ。



2020年4月2日木曜日

マスクづくり


 いま、マスクづくりを手伝っている。
放射能市民測定所で知り合ったAさんは、縫製職人で、普段は衣服のリサイズやフィッティングといった仕事を一人ほそぼそとやっている。だが今次の感染問題に際して、急遽、マスクの生産を始めた。
 彼女がつくるのは、香港の化学博士が設計・公開した「HKマスク」。二枚の布の間にキッチンペーパーを挿入し、医療現場で使用される「N95マスク」に近い性能をもつ。公開されている型紙を使って試作品を作ったところ、注文が殺到。私も作業を手伝うことになった。
 といっても、私は縫製作業をやるのは初めてのド素人である。鉄や木は扱ったことがあるが、繊維のような柔らかいものは、まったく勝手がわからない。これから見習い修行だ。今日は、さらしのアイロンがけを教えてもらった。

 新型コロナウイルスの市中感染が始まったことで、行政機関と医療機関は徐々に機能不全に陥っていくだろう。
 放射線防護の仲間たちにとっては、二度目の闘いである。
みな、比較的落ち着いている。というのも、新型ウイルスは放射性物質に比べてはるかに対処しやすい相手だからだ。
 放射性物質はどうやっても無毒化できないが、今次の新型ウイルスは石鹸や塩素やアルコールで破壊することができる。洗えばなくなるのだからラクなものだ。放射性物質は政府が存在を否定するが、新型ウイルスは誰もが存在を認めている。不毛な論争やはぐらかしにあうこともない。放射能汚染は少なくとも300年は対処しなければならない課題だが、ウイルス感染は遅くとも3年後には終息する。
 放射能汚染の脅威に比べれば、新型ウイルスは対処しやすい脅威である。粛々と感染予防に取り組めばよい。

 Aさんがつくる「HKマスク」は、店頭に並べて販売するものではない。個人的なつながりで注文を受け、配布していく。これは資本主義の商品経済とは違った、もう一つの経済活動だ。「地下経済」、「贈与経済」、あるいはマルクス主義フェミニズムが言う「サブシステンス生産」に属するものである。
 いま店頭では、使い捨てマスクが売り切れてしまい、入手できなくなっている。政府は全世帯にマスクを配給すると言っているが、そのマスクは性能が不安視されるものだ。商品経済のマスクがなくなり、政府配給のマスクが性能不足であったとき、最後に頼りになるのは、自家製の「サブシステンス生産」のマスクだ。
 AさんのつくるHKマスクは、これまで放射能汚染問題に取り組み「放射脳」と蔑まれた人々によって、頒布されていく。放射能安全論者の手には渡さない。放射能安全論者には、この機会に少しおとなしくなってもらったほうがよい。




2020年3月26日木曜日

これはトリアージではない




 新型コロナウイルス(COVID-19)について、3月26日現在のメモ。
 世界的な流行をみせている新型コロナウイルスは、各国の権力の様態を映し出す鏡のようなものになっている。
 権力の様態には、二つのタイプ、二つの極を想定することができる。

 1、中国とフランスは、緊急事態宣言を発動して強力な規制をすると同時に、大規模な検査、医療措置、社会保障を実行した。この強権的な措置は、一方の極、“生権力”の形態を示していると思われる。

 2、アメリカ合衆国、日本は、“生権力”とは対極にあたる棄民政策にでた。大規模な検査をおこなわず、事態を放置するというやり方だ。


 日本における棄民政策は、新自由主義政策下の医療再編を下地にしている。医療費削減のためのトリアージ(患者選別)である。トリアージは、医療措置の放棄を正当化する論理として利用されてきた。

 トリアージとは、医療資源を有効に活用し生存者を最大化するためにとられる方法だ。助かりそうにない重傷者への医療措置を放棄することで、その分の時間・労力・医療資源を他の患者に振り向ける。そうして全体の生存者数を向上させる。この方法はフランス軍の野戦病院で始まったものだが、新自由主義の緊縮政策は、この野戦病院の方法を平時の医療サービスに適用し、医療現場の再編をはかってきた。そのため、日本の医療体制には充分な余裕がない。ぎりぎりまでやせ細っている。「検査をすると医療崩壊がおきる」というのは、今次の感染問題に限ったことではなくて、日本政府はずっと以前から医療体制をやせ細らせていたのである。日本政府が棄民政策をとることはある意味必然で、他に選択肢がないからだ。

 いま日本で判明しているのは、新自由主義緊縮政策が繰り返し唱えてきた「トリアージの論理」が、実際には破たんしているということだ。
トリアージとは、生存者を最大化するための方法である。教科書的には、そうだ。しかし、いま起きているのは、まったく反対の事態だ。ぎりぎりまでやせ細った医療体制を守るために、検査を拒否する。そうして市中感染を引き起こす。これは、生存者を最大化するのではなく、最小化してしまう(破たんした)”トリアージ”だ。



2020年2月27日木曜日

娘は京都へ


 娘が大学進学を希望したので、この一年間、受験生の親というものをやっていた。
 私は大学受験をしたことがないので、受験のアドバイスのようなことはできないし、興味もない。ただ、受験勉強とはどういうものなのか、普通の勉強とどう違うのかを聴くだけだった。

 娘が要約するところによれば、受験勉強とは、学問にたいする不誠実な態度をベースとしている、ということらしい。
 どういうことか。
まず基本的なルール。試験というものは、答えられる問いにだけ答えればよい。答えられない問いはスキップしてもよい。そして試験時間が終了したら終わり。そういうルールでおこなわれている。
どんな試験問題も、時間内に全問解答することはできない。そうできないようにつくられている。なぜなら試験問題は、受験者に順位をつけるためにつくられているからだ。
そうなると受験者は、難問に時間を費やすことを避けて、解答できる問題だけに注力することになる。試験にのぞむ際に心がけなければならないのは、じっくりと時間をかけて考えることではなく、考える時間をできるだけ少なくすることである、と。

 なるほど。それはものを考える態度として、たしかに不誠実だといえる。不愉快なことも多々あっただろう。

 だがそんな不愉快な作業ももうおわりだ。
来年からは大学生。
受験から解放されて、じっくりと時間をかけて考えることができる。
京都市の学生街で、さまざまな難問に取り組んでほしい。


2019年10月1日火曜日

10月25日、東京のラバンデリアに行きます

 拙著『夢みる名古屋』、地道に販促活動を続けていますが、当初の予想に反して評判が良いです。
 名古屋駅西サンサロ*サロンで行ったトークイベント『夢みる名古屋、笑えない大阪』も、原口剛さんの人気もあって満員御礼。内容もなかなかよく、三重大学の北川さんが加わってイカした展開になりました。ひさしぶりに上機嫌です。

 新聞やネットニュースなどでもたくさんの紹介と書評を頂いています。
 琉球新報、沖縄タイムズ、信濃毎日新聞(以上は共同通信の配信記事)、日経新聞、日刊ゲンダイ、BOOKウォッチ、リテラ、図書新聞、週刊金曜日、等々。書いていただいたみなさん、ありがとうございました。また、丸川哲史さんから書評の申し出をいただいたので、今後、週刊読書人あたりに掲載されるかもです。


 さて、今月は、再び東京でイベントをやります。
 出演者は3名。
 『路上のマテリアリズム』から『ぐにゃり東京』まで、東京のダイナミズムを描き続けてきた、平井玄氏。
 大阪に移り住んでいらい、ひたすら飲み歩き思索を重ねてきた『通天閣』の著者、酒井隆史氏。
 そして、『夢みる名古屋』の矢部史郎。
 東京、大阪、名古屋から、都市論の猛者が集結です。

 私の記憶が正しければ、この3名が同席するのは17年ぶり。2002年の早稲田大学地下部室強制排除の日以来です。
東京の大学再開発がついに早稲田大学に及び、1号館・3号館・8号館の地下部室で学生が強制排除された日です。平井さんは教員として、酒井さんはOBとして、私は学外者として、それぞれの立場で強制排除に反対し、抵抗する学生たちと共に早稲田キャンパスにいました。
あれから17年、いろいろありました。つもる話はたくさんあって、人前でオープンにできる話だけでも、けっこうある。一晩では足りないかもしれません。


   『 ディストピア三都物語 』 

 日時 10月25日(金)19:00~
 場所 カフェ・ラバンデリア
 入場 500円+1drink
 出演 平井玄・酒井隆史・矢部史郎
 主催・問い合せ 模索舎

2019年9月5日木曜日

9月28日名古屋でイベ

今月末28日に、神戸大学の原口剛さんを招いて、トークイベントです。
 テーマは、大阪のジェントリフィケーションについて。
 大阪維新の会が進める「大阪都構想」、IR特区、大阪万博にむけた整備など、大阪の現在の状況を、ざっくりと報告していただきます。
 楽しみです。

9月28日(土)15時~
入場無料 (1ドリンクオーダー)
名古屋駅西 サンサロ*サロン