2016年7月25日月曜日

谷垣幹事長の入院


 自民党の元総裁で、現幹事長の谷垣が、重症である。
 自転車で転倒して、脊椎の手術をしたという。
 おそらく、放射線の内部被曝によって、脳幹や小脳の機能が低下していて、受身が取れなかったのだろう。

 谷垣は、野党時代の自民党を率いたツワモノである。彼が幹事長職を降りるという事になれば、自民党にとって大きな転機になるだろう。
 自民党は分裂するかもしれない。
 大阪でも東京でも、自民党は分裂の兆候を示している。沖縄と東日本の選挙区では自民党は勝てなくなっている。そして谷垣幹事長の入院だ。

 これは楽しみだね。

2016年7月23日土曜日

セックススキャンダル


東京都知事選挙にはまったく関心はないのだが、鳥越候補をめぐる「セックススキャンダル」は、けっこうおもしろい。
 おもしろい、というのは、その内容ではなくて、政治的文脈である。
 政治的に左派に位置する政治家が、「セックススキャンダル」を告発され、右派が攻撃するという構図は、日本では初めてではないだろうか。日本では、セックススキャンダルを告発されるのはたいてい保守政治家である、と相場は決まっていた。
 しかし今回は違っている。左派に位置する政治家が、性的な問題で攻撃されているのだ。まるでアメリカだ。1990年代、アメリカ民主党の大統領が、ホワイトハウスで女の子といろいろやっていて、それがバレて、共和党からさんざん攻撃された、あの事件を思い出す。
日本の右翼勢力は、アメリカの宗教右翼のような性道徳主義戦略を、自家薬籠中にしたということだろうか。まあそういうことなんだろう。

 日本の宗教右翼勢力は、20年前から、性道徳の純潔主義を唱えてはいた。彼らは夫婦別姓に反対し、婚外子の権利に反対し、同性婚に反対してきた。カトリック系右翼はアメリカの宗教右翼と同様に、堕胎に反対していた。しかし、「左翼が性道徳を破壊する」という彼らの主張は、いまひとつ説得力がなかった。なぜなら、日本では左派政治家の方がピューリタン的というか品行方正で、保守政治家の方が性道徳的にだらしなかったからだ。だから宗教右翼の純潔主義は、議会外の陳情活動などで、しこしことやるしかなかったのである。
 しかしこれからは潮目が変わるかもしれない。乙武や鳥越という微妙な感じの人たちが、議会政治の表舞台に出て、宗教右翼にとってかっこうの標的になってくれたのだ。
これが、石田純一ぐらい腹が据わっていると(不倫は文化)、攻撃しづらい。
鳥越ぐらいがちょうどいいのだ。

 これはほんと微妙な感じなのだが、政治的な流れを考えれば、鳥越を全力で擁護しなくてはならないだろう。
 なぜならファシスト的な右翼運動は、小さなところから徐々に侵食していくからだ。婚外恋愛を糾弾したあとには、同性婚を糾弾し、バツイチを糾弾し、最終的には自由恋愛なんかいらないと言い出すだろう。彼ら宗教右翼のなかには、信者に集団結婚を強要するようなカルト集団も含まれているのだから。要注意だ。


2016年7月21日木曜日

6年目の夏に



 夏至を過ぎて、すっかり日が長くなった。朝4時台には空が明るくなり、夕刻7時すぎまで陽が落ちない。
 毎年、初夏から秋にかけては、街頭行動の季節である。
 2011年から2015年まで、この季節は街頭デモがさかんに行われてきた。2011年、2012年の反原発運動、2013年の「反秘密保護法」、「反ヘイトスピーチ」、2015年の「反改憲」。そして今年はなんだろう。11年以後に興隆した国民運動は、そろそろ息切れしているようだ。

 関西の「反ヘイトスピーチ」派がひき起こした内部暴力事件が明るみになって、「国民運動」は一つの節目を迎えているように見える。もう終わりだ。共産党の一部分子と、小児病リベラルと、メンタルのあぶなっかしい右翼が、いきおいにまかせてさんざんやらかしてきた結果が、これだ。
 関西の暴力事件が明るみになって、小児病リベラルの諸君は、いま暴力についてごちゃごちゃ考えていることだろう。だが、あまり時間をかけて考えていられる状況ではない。「国民運動」後の実践に向けて、次のフェーズが始まっているからだ。こんな無様な事件はちゃっちゃと終わらせてしまおう。

 今回の事件で教訓化するべきは、こうだ。
 暴力を否定する者、暴力を忌避する者は、暴力にはまる。
自分の暴力を正面から肯定する者は、それほど危険ではない。危険なのは、自分の暴力を否定する者だ。
以下、略。
 これ以上書くと、自分で考えないで解答だけコピペするやつが出てくるので、書かない。

 しかし、まあ、なんだ。
 口うるさい統制屋が意気消沈しているのは、気味が良い。

 ようやく本当の議論が始められそうだ。

2016年6月27日月曜日

歴史をねじまげる老害問題

『既成概念をぶちこわせ』のまえがきに、編者のひとり杉村昌昭氏はこう書いている。

 本書を企画するきっかけは、編者のひとり境毅氏が、若い人たちが「社会運動」の歴史をあまり知らないので、若い人たち向けの「社会運動事典」のようなものをつくれないかという相談をしに、昨年夏私のもとを訪れたことである。

 境毅とは、関西の老活動家である。長年「榎原均」という筆名で書いていたから、その名前の方がわかる人が多いと思う。

 で、問題はこの「社会運動事典」に掲載されている「デモ活動」という項目である。Tという著者が書いた「デモ活動」の文章はこうだ。
 大勢の人たちがデモに参加したのは、1960年の安保闘争にはじまる。この時は労働組合は、動員費が支払われた組織動員であったが、学生運動の方はクラス討論を積み上げて、学生大会でストライキやデモ参加決議をあげて参加し、学生自治会が運動の中心であった。安保条約改定の強行採決以降、この運動はより一層広範な人々の担うところとなり、原水爆禁止運動から始まっていた市民運動の人たちも運動に参加した。安保闘争後デモに人が来なくなり、運動が停滞していた時に、ベトナム反戦運動を呼びかけたベ平連がこの安保闘争末期の市民運動を復活させ、そして再び1970年に反政府運動は昂揚し、労働者は反戦青年委員会の運動、学生は全共闘運動を起こし、また武装闘争も取り組まれた。しかし、当時のデモ参加者たちは、デモが終わると、デモが終わると日常生活に戻り、秩序のうちに回収されていた。それもあって、その後2011年の原発事故までは、大規模なデモはみられなくなっていた。
 あのね。
 一文一文が、すべてまちがい。
 書き出しにある「1960年の安保闘争にはじまる。」、これは重大なまちがい。最後にある「その後2011年の原発事故までは、大規模なデモは見られなくなっていた。」、これもまちがい。社会運動史の断片を切り取っているというだけでなく、嘘まで書いている。ひどい文章だ。
誰が書いたのか知らないが、よくこんなものをボツにしないで通したな。まったく呆れてものが言えない。このTという学生が本当に実在するかどうかわたしは知らないが、この特殊な歴史観は普通の学生じゃないだろう。ウィキペディアを見てコピー&ペーストしたら、こういうストーリーにはならない。ただものを知らない学生が書いたというのではこういう文章にはならない。
これは、特殊な老害左翼が学生の耳元に珍説を吹き込んだか、二人羽織で書いたかの、どちらかだ。ていうか、これ、ほとんど榎原均だろ。
やってくれたな。

 わたしはこの「事典」の共著者として、二つの項目を書いている。で、よくわからない老害の自己宣伝に付き合わされてしまった形だ。なんで私や山の手緑や、太田さんや天野さんが、共産主義者同盟の特殊な歴史観の、そのなかでも劣悪な部分に付き合わされなければならないのか。こういうものを放置すると私の評判に傷がつくので、はっきり言っておくが、この「デモ活動」という項目は書き直しだ。0点だ。
まず戦後の公安条例の成立とその契機となった阪神教育闘争について勉強するべきだ。大衆デモが60年安保闘争から始まるなんて珍説は、とんでもない自民族中心主義だ。自民族中心主義による歴史修正だ。


ばかものが。

2016年6月19日日曜日

『RADIO KY』 しばき隊暴行事件についての所感

ひさしぶりにRADIO KY を収録しました。
今回は、関西のしばき隊関係者が起こしたリンチ事件(DV事件)について。







2016年5月27日金曜日

『伊藤野枝伝』をいただきました

栗原くんから献本をいただきました。ありがとう。




『村に火をつけ、白痴になれ~伊藤野枝伝』栗原康著 岩波書店

本の内容については、言及を控えます。
かわりに、現代のフェミニズムについて私が考えていることを書いて、書評にかえます。



 フェミニズムは近代思想の中でもっとも危険な思想です。それはラディカルであると同時にポピュラーであり、諸科学を包摂する理論的な大きさを備えています。
にもかかわらず、いや、だからこそと言うべきか、フェミニズムほど誤解やデマゴギーにさらされてきた思想はありません。フェミニズムに関する人々の理解のほとんどは、デマと短絡とレッテル貼りで構成されていると言っても言い過ぎではない。フェミニストがおこなってきた活動の成果と、一般に流布している「フェミニズム」のイメージは、おどろくほど乖離しています。フェミニストの研究成果が正面から評価されることは少なく、反対に、その成果への心理的抵抗と否認が「フェミニズム」の通俗化を推し進める主たる要因となってきたということがあるのです。


 まわりくどい言い方はやめて、ざっくばらんに。
 第一次世界大戦以降、社会はおおきく変化してきました。なかでも最も大きな変化を遂げてきたのは女性です。女性の役割、社会的地位、生活様式、イデオロギーは、ダイナミックに変化してきました。近現代の社会史を考えるときに、女性のありかたがどのように変化してきたかを無視することはできません。いや、社会史のほとんどは女性史に置き換えることができると言っても言い過ぎではありません。
 そこでまず率直に認めるべき事実は、女性とは歴史的存在であるということです。女性は不変の存在ではなく、時代の変化の前衛に位置し、現代の現代性を先鋭的に表示している、ということです。
 たとえば私が「主婦」と書くとき、それは、現代の主婦です。私がフォーディズムとポストフォーディズムの労働力編成の変化について論じるとき、そこには現代のもっとも現代的な主婦が含まれています。「マルチチュード」や「アンテルプレケール」という概念についてもそうです。現代社会のもっとも現代的な様相を体現しているのは、女性であり主婦である。だから、現代資本主義を分析しようとするときに、「ポストフォーディズム」や「認知資本主義」といった概念を検討するのと同じだけの情熱をもって、現代の女性、現代の主婦に、目を向けるべきなのです。議論の中心にするべきは、彼女たちが体現する現代性です。
 卑近な話をすれば、私はもういまさら20世紀のような「ブルジョア家族モデルにおける専業主婦」みたいな終わった話はしたくないのです。時代はどんどん変化していて、資本蓄積の様態も、主婦の様態も、日々更新されているのだから。昭和のフォーディズム時代の「専業主婦」なんてものは、いまどきそうとう珍しいものになっていて、そんな懐かしいモデルを前提にして「主婦」はどうのこうのと言われても、困る。そんな議論は、わら人形をいじっているのと変わらない。論外です。たとえるなら、ケインズ主義経済学の「トリクルダウン」モデルが失効したように、「専業主婦」の標準モデルは失効しています。いつまで昔の話をしているんだ、ということです。
 議論されるべきは、主婦が体現する現代性です。それは現代という時代をきちんと見るということでもあります。


 さて、いま若い研究者によって『伊藤野枝伝』が書かれて、なぜそれが書かれているのか。そこでなにが読まれていて、読まれるべきなのか。
 私なりに控えめに言うならばそれは、女はめちゃくちゃだ、ということです。
現代日本には6000万人の女がいて、そのすべてがめちゃくちゃだとは言いませんが、そうとう多くの女性たちが、伊藤野枝のような猛々しさをもって生きている。為政者に向かって「お前は権力をもっているが、私より弱い」と言い放つ。そういうありかたは特異なものに見えて、実はとてもありふれた態度でもあるということです。
 私はいま深夜のファミリーレストランで原稿を書いていますが、私の席にコーヒーを配膳するウエイトレスの中年女性がどんな暮らしをして何を考えているのか、私は知らない。彼女が伊藤野枝であったとしても、まったく不思議ではない。そういうことは充分にありうることです。彼女が仕事帰りに何を想うかということを、私は知ることができないが、無関心ではいられない。そこには、この社会を根底から揺るがすポテンシャルが内蔵されているからです。

 こういうことを書くと、極端にロマン主義的な主張だと受け止められるかもしれませんが、そうではありません。
 歴史を参照してみてください。日本の近代思想を飛躍的に前進させたのは、いまから百年前の「大正デモクラシー」です。「大正デモクラシー」の出発点となったのは、1918年の米騒動です。米騒動の起点となったのは、富山の漁村の「女一揆」です。
富山の「女一揆」が日本中の人々に教えたのは、米はあるということ、米は商社によって買い占められているということでした。この啓蒙から「大正デモクラシー」が始まります。彼女たちは下層階級にある無学な主婦でしたが、当時のどんな知識人よりも簡潔に雄弁に、資本主義社会の仕組みを人々に教えたのです。これは知識人はあまり認めたがらない事実ですが、日本の近代思想・民主化運動は、下層の女たちの直接行動によって開始され、爆発的に普及したのです。日本は啓蒙主義思想の希薄な後発国ですが、それでもかろうじて人権概念が普及するにいたったのは、米騒動のおかげです。女がめちゃくちゃに暴れたから、われわれは人権概念を知るにいたったのです。
 伊藤野枝はそんな時代に生きためちゃくちゃな女の一人です。伊藤野枝は一人ですが、一人ではない。無数の「伊藤野枝」がいたし、現在もいるのです。