2013年1月15日火曜日

腎血管筋脂肪腫




大学病院に行って、先週うけたCTスキャンの結果を見た。

腎臓からとびだすように大きなコブができていた。
「腎血管筋脂肪腫」という診断。
ちょっと珍しい病気。病気というか、コブ。原因は不明。

悪性腫瘍(ガン)ではなかったので、とりあえず、ほっとした。平気なふりをしていてもやはり、ガンという病気は重い。可能性を考えただけで戦慄する。検査からこの一週間、何も考えることができなかったが、これから少し仕事をしようと思う。

腎臓のコブは58ミリと少し大きいので、破裂してしまう前に切ろうと思う。

2013年1月11日金曜日

名古屋とはなにか



 年始に友人たちと話していて、私にとって長年の課題であった「名古屋とはなにか」問題がおおきく進展した。東京から見て名古屋という街は「なんかヘン」なのだが、その「ヘン」ということの内容を考えるいとぐちが見えてきた。

まずわれわれが行ったのは、いくつかの特徴的なディテールを考察することだった。

1、人の歩き方がヘン。ペタペタ歩いている。
2、店の看板やメニューがヘン。フォントやバランスがおかしい。
3、喫茶店に行くと必ずおばちゃんが集まっている。

こうした特徴は名古屋の印象を「田舎くさい」と感じさせるものだ。しかし問題を見えにくくしているのは、名古屋が本当の意味での田舎ではなくて、日本有数の大都市であるということだ。機械・航空機・自動車を生産する先進工業地域であり、経済と人口の集積地である。名古屋人が東京人に対して「名古屋は田舎でしょう」と自嘲気味に言うとき、それは、「名古屋は辺境だ」と言っているのではない。通常の辺境という意味での「田舎」ではなくて、別の意味で「田舎でしょう」と言うのだ。

 結論を先に言ってしまうと、名古屋人は近世を生きている。近世・近代・現代の近世だ。
名古屋人の歩き方がペタペタしているのは、クルマ社会で脚力が弱いということもあるかもしれないが、これは近代人の歩き方ではなく、近世の町民の歩き方である。看板のフォントがなんかヘンな感じになってしまうのは、明治以降の「近代文化」を受容していないために、タイポグラフィの基本的なルールが不徹底なのである。そして名古屋の喫茶店がいつもおばちゃんで賑やかなのは、それが「近代」的な意味での喫茶店ではなく、町民のよりあう茶屋だからである。
名古屋には近世の文化がいまも息づいている。テレビで再現される「お江戸でござる」なんかよりもずっとリアルに、ナマで、「名古屋でござる」をやっているわけだ。まるで明治維新などなかったかのように。よく考えてみるとこの東海地域の歴史にとって、明治時代というものほど無意味なものはない。明治をもって「文明開化」だの「近代化」だのというのは、それは日本の歴史はそうかもしれないが、名古屋にはあまり関係のない話だ。この地域にとって重要なのは、戦国時代、安土桃山時代、幕藩体制だ。近代の黎明期(近世)こそが、名古屋人が信じる近代である。
 名古屋のテレビを見ていると、毎日かならず戦国武将と「モノづくり」が登場する。戦国時代の逸話がつい昨日のことのように語られるのは、名古屋人が近世人だからである。陶芸や刃物など「モノづくり」が賞賛されるのも、それが近世から蓄積された技術だからである。
 名古屋の方言で有名な「おみゃあさん」という言い方は、「お前様」という近世の言葉がなまったものだ。名古屋名物の「ういろう」という菓子は、もとは小田原が発祥なのだが、この近世に流行した菓子を名古屋人がしつこく保存していたために、名古屋名物になってしまった。あと、名古屋名物の食べ物はたくさんあるが、それらが「美味しい」というよりも「おもしろい」感じで評判になってしまうのは、名古屋の職人が明治近代のルールをスキップして、近世と現代を直に接合させてしまうからである。フライに味噌をつけたり、ビスケットにあんこを挟むなど、近代日本人にはできない仕事だ。これはメニューのフォントがヘンなのと同じで、名古屋の職人たちは明治のルールに縛られず自由にやってしまうので、おもしろい感じになってしまうのだ。

 名古屋の人々は、明治以降の近代100年をスキップして、近世を生きている。室町後期からずっと経済的に豊かであったから、「近代」をスルーしても問題なかったのだ。「近代」がもたらした熱や、傷や、コンプレックスがない。そうした「近代」の歪みを排除して、おいしいとこどりをしてきたということもある。名古屋という街がのんびりしてユートピアじみて見えるのは、そういうことだ。
だから名古屋人は、「日本人」の屈託を理解できない。日本人がなにか発奮しているときに、一緒に盛り上がることができない。
たとえば、若い右翼政治家が「日本維新」という言い方をしたとき、大阪や東京で口にされる「維新」と、名古屋人が受け取る「維新」とは、根本的にズレている。というか、名古屋人はそんなもの知らない。明治維新とか坂本龍馬とか松下村塾とか勤皇の志士とか、知らない。よくわからない。そういう明治っぽいワードにピンとこないということを、ある意味で誇ってもいる。「金持ち喧嘩せず」みたいな。上から目線である。これは反権威主義ということとは違う。たんにズレているのだ。名古屋人はとても保守的で身分意識が強く権威主義でもあるのだが、それは日本人の権威主義とはズレていて、接点がない。だって近世の町民だから。
名古屋には中日ドラゴンズという野球チームがあって、とても強いAクラスのチームなのだが、中日は野球という近代スポーツを代表するチームにはなれない。中日がリーグ優勝しても、日本人は誰も喜ばない。落合という監督は、「誰よりも野球を知っている男」として有名だったが、同時に、「野球を盛り上げるつもりがまったくない男」としても有名だった。落合監督のミもフタもないシニカルな発言は、名古屋人的にはバカウケだったのだが、純朴な日本人にとってはいちいちカンに触るものだっただろう。
ついでに言うと、中日新聞というブロック紙は、日本の新聞とはちょっと違う。東海地域で圧倒的なシェアをもつ新聞が、なんの屈託もなく、原発はいらないと主張し続けている。まさに「金持ち喧嘩せず」。日本と名古屋のズレを端的に示すものだ。



追記


中日には「燃えよドラゴンズ」という応援歌がある。これは数ある応援歌の中でも人気の高い名曲なのだが、その曲調はまるで田楽である。阪神の応援歌「六甲おろし」と比べれば違いは明らかで、「燃えよドラゴンズ}は思わず踊りたくなってしまうような曲だ。名古屋の近世人の手にかかると、近代スポーツに田植え踊りが挿入されてしまうのである。

2013年1月8日火曜日

腎臓にきた

 年末年始、山の手さんが保養に来ていた。
 正月休みはずっと愛知に滞在する予定だったが、二日、家族が突然入院したということで、予定を切り上げて帰ってしまった。すい臓の疾患らしい。

 五日に大阪の池田市に行き、杉村昌昭氏に年始の挨拶。フランコ・ベラルディが今年五月に来日するということで、何かやりましょうと約束した。

 六日は、名古屋駅西口で飲み会。東京から来ていた友人たちとひさしぶりに話した。田原市に転居した菰田くんも合流。

 七日、人間ドックの結果が出た。超音波検査で、腎臓に腫瘍がみつかった。
医師は、「腫瘍が大きいので、はやく専門医で検査してください」と。
 悪性腫瘍であれば、41歳にしてがん患者になってしまう。
 吉本の芸人と同じコースか。

2012年12月31日月曜日

むかし赤痢、いまノロウィルス

 いま、胃腸風邪や食中毒、ノロウィルス感染が流行っている。
  1945年、原爆投下直後の広島では赤痢が流行している。正確には「赤痢が流行した」とされている。 当時の「赤痢患者」のうち、どれだけが本当の赤痢患者で、どれだけが被爆症状だったのか、いまとなってはわからない。
  これと同じことが、現在の「ノロウィルス」についても言えるだろう。
  新聞が「食中毒」を報じると、同じような症状をもつ患者は自分も食中毒またはノロウィルスだと考える。多くは自己判断で。
  しかし、さいたま市の「ノロウィルス」感染の例を見ると、死亡した男性からノロウィルスは見つかっていない。彼はノロウィルスではない、なにか別の原因で死亡したのだ。

  こういうことがあるので、いま腹を下している人はくれぐれも自己判断で済ませないように。 
 放射能に汚染された現在の日本では、被曝症状は現実である。都市伝説ではない。

2012年12月28日金曜日

被曝社研のブログ


東京の田中くんが被曝社会研究会のブログを作ってくれました。

http://blog.livedoor.jp/hibakushakaiken/

まだできたばかりですが、前回のメモなどがあります。
ご一読ください。

「天罰」とは、このことか




自民党・安倍総裁は、開票日の夜から微妙な面持ちだった。安倍が、「我々(自民党)が勝利したのではない」と繰り返し言うとき、それは建前で言っているというよりも、事態の展開に当惑しているように見えた。実際、自民党の得票数は前回と比べて増えていない。ただ小選挙区制度が自・公に政権を押し付けたという構図だ。

安倍政権最初の記者会見の最中に、官房副長官が倒れた。
倒れたのは杉田という男で、警備公安警察の外事課出身、71才だ。飲まず食わずで作業していたので低血糖になった、長時間立っていたので体調を崩した、と釈明しているが、会見が終わるのも待てないとは。これは被曝症状だ。まさに「天罰」。

いや、喜んではいない。公安出身の老人が「ぐえええ」とうめき声をあげたときはちょっと嬉しかったが、こういう動画は仲間と酒を飲みながらわいわい鑑賞するべきものだ。安全な環境に身を置いて、高みの見物をしたかった。


会見動画(1分50秒あたりから)



自民党がこれから直面する現実


2012年12月18日火曜日

第一回被曝総選挙




 12月16日投開票の衆議院選挙は、投票率が60%未満だった。前回の衆院選よりも10%低いのだそうだ。

 ところでツイッターのまとめでは、東京各地の投票所で長い行列ができたことが話題になっている。投票所に人が並ぶというのはない話ではないが、寄せられている写真を見ると、けっこう長い。投票所の敷地を出て道路まで行列が伸びているものもある。私が東京にいたころの経験では、ここまで長い行列は見たことがない。ちょっと不思議だ。今回の選挙は前回よりも投票率が低い。にもかかわらず、前回にないほど長い行列が出来てしまっているのである。
行列が長く、長時間またされるから低投票率になったのかもしれない。が、その問題についてはここでは措く。それよりも、なぜ投票所に行列ができてしまったのかを考える方が興味深い。
理由として考えられるのは、

(1)選挙管理委員会の体制づくりの失敗
(2)選管職員の作業能力の低下
(3)有権者の読み書き能力の低下

 まあ、(3)だろうと思う。
 被曝による視力低下で、しょっちゅう目がかすむ。脳も老化して物忘れがはげしい。読み書き能力が低下している。おそらく本人が意図しない無効票が増加しているだろう。
そうした有権者の被曝症状を考慮しなかったという意味で、(1)の「体制づくりの失敗」ということだ。

 かつて東京は若々しく、きびきびとした街だった。投票所でもったりと行列を作るなどという地方的な風景は見られなかった。都市機能は高度に組織されていて、それを担うひとりひとりの分子は、洗練された動きで都市の速度を支えていた。しかし3・12の被曝以降、住民はわずかづつ機能を低下させ、速度を失う。その落差が、行列という現象になったのだろう。