2013年4月11日木曜日

国民と女性




 5月から山の手緑が名古屋に来る。夏頃まで家に滞在し、共同作業をする。毎日、合宿だ。「矢部史郎+山の手緑」の名義で一冊の本を書くつもりで臨む。
 というわけで、合宿の準備のために覚書を書いておく。



 『VOLレキシコン』(以文社)のなかで、山の手緑の書いた項目「女」(29頁)を参照する。
 「女性は一つのすべて(全体an all)を形成しない」
この命題に接近するために、ちょっと考える。


 放射能拡散後に、日本社会は二つの悪魔を見出している。
 一つは朝鮮や中国といった隣国である。政府とマスメディアは、無人島の領有権やミサイル問題にかこつけて、ことさらに「脅威」を煽り立てている。隣国の脅威、排外主義、国民意識の集約という、教科書どおりのコースだ。国家の国民主義が上昇する中で、外国人恐怖のデマゴギーが流布されている。
 もう一つは、主婦である。これは日本社会にとっての「内なる敵」である。放射能汚染が引き起こした混乱の中で、問題の結果であるものを問題の原因とみなす悪質なデマゴギーが生まれた。その標的にされたのが女性であり主婦である。いま日本社会の表面では、女性嫌悪または女性恐怖が上昇している。

 先日、フリーター全般労働組合のシンポジウムに登壇したが、やはり左派の運動内部にも女性恐怖があることを確認した。会場には、主婦の運動に共感する者だけでなく、主婦の運動に対する敵意を露わにする者もいた。もともと新左翼なんて男性中心主義じゃないかと言われればまあそのとおりなのだが、ここではもう少し問題を敷衍して、なぜ「左派」を自認する社会運動のなかに女性恐怖が巣食っているのかを考えてみたい。民族差別に対しては毅然として反民族主義(反レイシズム)を主張する人々が、なぜ性差別については奥歯にモノの挟まったような言い方になっているのか。放射能汚染という公害問題でもっともしわ寄せをくらっている主婦に対して、共感を示すどころか敵意を持ってしまう分子がいるのは、なぜなのか。民族差別発言は民衆の連帯を妨げる運動破壊であるとみなす人々が、なぜか性差別については寛容で、これが重大な運動破壊であるとはみなされない傾向がある。反原発運動の内部にも、主婦への共感をはっきりと拒絶する態度があるのだ。

 話を進めよう。
 国家の国民主義が民族主義を扇動するなかで、日本の社会運動はこれをはっきりと拒絶している。対して、国家が主婦を悪魔化し「女が騒ぐから問題が解決しないのだ」と扇動するとき、社会運動はこのデマゴギーになかば呑み込まれてしまった。「復興」の国民主義を前にしたとき、日本の社会運動は、主婦を敵視する復興翼賛派を生み出してしまった。いや、問題を外部化したのではおもしろくない。もう少し切り込んで言うならば、日本の社会運動が含みもつ国民運動としての性格が、必然的に、女を排除したのである。
 それはどういうことか。二段階のプロセスが考えられる。
 まず、放射線防護活動のもつ特異性がある。特異性ということをもっとならして言うと、活動の私的性格である。放射線防護の実践とは、私的な自力救済の積み上げである。社会全体がどうあるべきかは、はるかかなたの実現目標であって、さしあたってはおのおの身近なできることから解決していく、という実践だ。これが国民運動とは決定的に違う点である。カンパニア運動で何万人を動員したかで成果をはかる運動とは、立っている場所が違うのである。放射線防護活動とは、どこまでも私的な闘争である。防護派の実践は「公共」や「公的なもの」を信じていない。「公共」など吹き飛んでしまったという認識から防護活動が始まる、と言ってもいい。このことが、国民運動にとって防護派をうろんな者に見えさせている原因である。まずはじめに、防護活動への不信がある。
 そして次の段階に、「けっして信用してはいけない私的なもの」の表象として、ステレオタイプとして捏造されるのが、「主婦」であり「女性」である。

 逆の言い方をしよう。社会運動が含み持つ国民意識は、まだ「公共」の概念を信じているのだ。
それを破壊する者がいなければ、「パニック」じみた防護騒動がなければ、正しい「公共性」が回復できるのだ、と。そうした意識にとって、防護派は、敵とも味方ともつかないうろんな者に見えるのだ。防護派としてはっきり言うが、いや無政府主義者としても強く言うが、これは無知蒙昧というものだ。みなさんが信じていた「公共」なんてものは、東京電力の株主が左右する私的な「公共」にすぎない。そもそも国家とは私的なものだ。そのことを異論の余地なく明白にしたのが原子力政策ではなかったか。そしてこの明白になった事実を前に、まだ政府の公的性格を期待しようとする甘さ弱さが、防護活動への不信を生み、女性差別を容認するのである。


 最初の命題に戻る。
「女性は一つのすべて(全体an all)を形成しない」
このことを是認するならば、自動的に次のように言うことができる。
「社会は一つのすべて(全体 an all)を形成しない」
まあ、あたりまえのことだ。人間が生きている現実とは、そういうことだ。放射能汚染はこの事実を無視できないほどに前景化させたのだ。
 だからいま、「社会」だとか「社会運動」ということを構想するときに、その社会的想像力のヘゲモニーが動こうとしている。これまで語られてきた「一般」や「普遍」という概念が、おそろしく平板なものに見える。そして己の概念の平板さを擁護するために、誰かを差別して切り抜けようとする者がいる。性差別が容認されることとは、その概念の弱さに甘んじることである。この意味において、「性差別は弱い男の習慣である」という見方は正しい。概念を考え抜く力が欠乏し、息切れしているのだ。

2013年4月9日火曜日

勧告 ネグリ氏は東京から出て行け




 ヨーロッパの著名な理論家アントニオ・ネグリ氏が来日しているらしい。昨日、このことを知った。よりによって東京に滞在しているそうだ。

 一刻も早く帰って欲しい。

 理由の第一は、被曝による健康被害である。東京の放射能汚染について、ネグリ氏がどれだけの説明を受けて、どのような防護対策を施されているか、今の時点ではわからない。しかし、東京で飲食すること、とくに高級な国産食材を摂ることは、内部被曝の危険性が高い。拡散事件後に来日したレディ・ガガ氏やジャスティン・ビーバー氏は、帰国後に重い体調不良を訴えている。高齢のネグリ氏が、なんらかの経路で内部被曝をし身体にダメージを受けるのは必至だ。

 理由の第二は、ネグリ氏の来日が日本政府の汚染隠しに利用されることである。いま日本政府が躍起になっているだろうことは、東京への警戒心を払拭し安全宣言を果たすことである。東京の観光収入と、さまざまな国際会議事業の回復である。特に東京都は、オリンピックを誘致に手を挙げるという驚くべき方法で、東京の安全宣言に血道を上げているのである。これら汚染隠しという政策のもとで、ネグリ氏は東京に招聘されているわけだ。まるっきり人寄せパンダである。いま日本の人民大衆が汚染の告発を闘争課題にしているなかで、政府のパンダに利用されるとはなにごとか。著名な理論家としては恥ずべき失態である。

 私はネグリ氏を尊敬している。だからこそ言う。
 とっとと東京から出て行け。



2013年3月23日土曜日

3年目の心中事件


小学生男児が死亡 殺人で母親逮捕

22日夜、福島県二本松市のアパートの部屋で小学6年生の男の子が死亡しているのが見つかり、警察は、33歳の母親を殺人の疑いで逮捕しました。逮捕されたのは、福島県二本松市油井の無職、渡邉みゆき容疑者(33)です。警察によりますと、渡邉容疑者は22日午前6時ごろ、自宅アパートの部屋で長男で小学6年生の青空君(12)を殺害した疑いが持たれています。警察は、22日午後8時すぎ、渡邉容疑者が「子どもを殺した」と自首してきたことから自宅を確認したところ、寝室の布団の上で死亡しているのを見つけたということです。首にはロープのようなもので絞められたような跡があったということです。警察によりますと、渡邉容疑者は青空君と2人暮らしで、22日は小学校の卒業式だったということです。調べに対して、「息子を殺して自分も死のうと思っていた。息子を残して死ねなかった」と供述しているということで、警察は詳しいいきさつを調べています。(NHK 3月23日)


 かつてウーマンリブが盛んだった頃、ある女性活動家は「(連合赤軍事件の)永田洋子は私だ」と言ったそうだ。これは当時おおいにウケたようだ。最近では、ある少年事件について「酒鬼薔薇は自分だったかもしれない」と言うのが流行した。これも当時たくさんの駄文を生んだ。
 「○○は私だ」式の言い方は、私は嫌いだ。学級会みたいだから。私はこういうことは口が裂けても言わないとあらかじめことわっておいたうえで、いまあえて問いをたててみる。
 この心中事件に触れて、「渡辺容疑者は私だ」と言う者があらわれるだろうか。子供と無理心中をはかったひとりの女性について、シンパシーを表明する者があらわれるだろうか。
 それは、ない。
 彼女を公然と擁護する者はひとりもあらわれないだろう。
 では、渡辺容疑者にシンパシーを感じている者は一人もいないのだろうか。
 それも違う。多くの人間が、一言も発することなく、彼女に注目している。この沈黙と瞠目が、2013年現在の潜勢力だ。
 

2013年3月21日木曜日

3/16被曝社研報告




 3月16・17日、名古屋市で被曝社会研究会の合宿をおこなった。参加者は10名。
今回は九州・関西の人が来られず、ほとんどが東京からの参加者で占められた。フリーター全般労働組合のメンバーや、洞爺湖サミットの抗議行動を準備したグループなど、これまで長く付き合ってきた仲間と再会し、ひさびさに声がかれるほど話した。
 一日目は、被曝労働についての討議。
 二日目は、先月発売した『被曝社会年報1』に関する討議。
 両日とも言いたい放題で、ともすれば奥歯にモノの挟まった状態に陥りがちな課題について、内容の濃い意見交換ができたと思う。
 



 最近、年をとったせいか、遠慮がなくなった。
 この二日間、ずいぶんなことを言ったと思う。労組の活動家に対しては「労働組合にはなにもできない」と言ったし、フェミニストに対しては「日本の女性学は原子物理学と同じ程度に御用学問」と言った。翌日に名古屋に駆けつけてくれた白石さん(フランス文学)に対しては、「いま主婦の存在を見据えない文学なんて文学じゃない」と言った。もう言いたい放題だ。

 なぜこんなことになっているのか自分でもよくわからないが、たぶん私が興奮している原因のひとつは、もっとも古い同志であり先生でもある山の手緑氏が研究会に参加してくれたからだろう。
 山の手緑は、『被曝社会年報』を酷評した。
「なんだこの惨状は」と言い、「ボロボロじゃないか」と言い、「けっきょく私が書かなきゃダメなのか」と言った。
 彼女はこの二年間沈黙していたが、いまようやく腰をあげる気になったようだ。
 これは大きな成果である。
 ていうか、おせーよ。
 はやくなんか書け。

2013年3月15日金曜日

被曝社研レジュメ2、放射線防護の争点 


明日、第二回被曝社会研究会です。

合宿です。

レジュメをもう一枚、早見表みたいなものをつくったので、参加者はざっと目を通しておいてください。防護に取り組んでいる人には釈迦に説法かもしれませんが、整理して眺めてみると、意外に忘れてた論点が出てきそうです。
以下、本文。
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  放射線防護の争点

A. 問題となる主な核種
 

ヨウ素131(※)
 ベータ線(電子)を撃ちだし、それに伴ってガンマ線(電磁波)を放出する。
 崩壊後にキセノンになる。
 半減期8日。80日後に1024分の1まで減少。

トリチウム(水素3、三重水素)
 ベータ線を撃ちだす。
 崩壊後ヘリウムになる。
 半減期12年。120年後に1024まで減少。
 水に混入する。

セシウム134(※)
 ベータ線を撃ちだし、それに伴ってガンマ線を放出する。
 崩壊後にバリウムとなる。
 半減期2年。20年後に1024分の1まで減少。
 カリウムを含有する食品に混入。

セシウム137(※)
 同上。
 半減期30年。300年後に1024まで減少。
 カリウムを含有する食品に混入。

ストロンチウム89
 ベータ線を撃ち出す。ガンマ線は出さない。
 崩壊後にイットリウムになる。イットリウムはベータ崩壊し、ジルコニウムになって安定する。
 半減期50日。500日後に1024分の1まで減少。
 カルシウム食品に混入する。

ストロンチウム90
 同上。
 半減期28年。280年後に1024分の1まで減少。
 カルシウム食品に混入する。

放射性銀(銀106m、銀108m、銀111)
 ガンマ線を放出する。
 銀111は崩壊後にカドミウムになる。
 貝類に濃縮する。
 
プルトニウム239
 アルファ粒子を撃ちだす。
 崩壊後にウラン235になる。
 半減期2万4千年。24万年後に1024分の1まで減少。

ウラン235
 アルファ粒子を撃ちだす。
 半減期7億年。70億年後に1024分の1まで減少。

アクチニウム系列(ウラン235の娘核種)
 プルトニウム239を起点に鉛207で安定するまで、アルファ崩壊とベータ崩壊を重ねていく。ビスマスや放射性鉛などから測定することができる。(別表参照)

(※)の核種は、現在の土壌検査・食品検査で測定されているもの。


B. 測定をめぐる争点

 空間線量率の問題1
 現在、公的機関が行っている空間線量率計測では、シンチレーション方式の機器が採用されている。この方式は、ガンマ線を検出するが、ベータ線を検出しない。空間中に飛び交うベータ線(飛距離1m~1.7m)は、数値に反映されず無視された状態である。ウクライナ等で使用されるガイガーミュラー管方式(ガイガーカウンター)では、ベータ線とガンマ線を両方カウントするが、日本政府はこの種の機器を排除した。

 空間線量率の問題2
 公的に発表される空間線量率は、CPM(カウント毎分)ではなく、「マイクロシーベルト毎時」という単位で統一されている。しかし、換算につかわれる「検出効率」などの係数は統一されておらず、国やメーカーによって異なっている。検出器が検知したCPMから「マイクロシーベルト毎時」へと換算する過程で、数値の操作ができてしまう。
 福島県に設置された地上モニタリングポストでは、市民団体がおこなった計測値の約半分の数値しか表示していないという結果が出ている。

 空間線量率の問題3
 現在の汚染環境は、線源(放射性物質)が密閉・固定された状態ではない。線源の粒子がモザイク状に分布し、これがさらに、移動・希釈・蓄積という動態をつくっている環境である。このなかで、ある地点の「空間線量率」を計測しても、そこからわかることや言えることは少ない。サンプリングという方法自体に疑問符をつけざるをえない。

 食品検査の問題1
 シンチレーションスペクトロメータやゲルマニウム半導体検出器は、ガンマ線を放出する核種しか把握していない。ガンマ線を放出しないストロンチウムやアルファ線核種については放置されている。

 食品検査の問題2
 現在ある測定機材が、おもにセシウムしか測れないため、農産物ではセシウムのロンダリングが組織的に行われている。農地にカリウム肥料を投入し、セシウムの移行を低減させるように、自治体や農協が指導している。このことでセシウム以外の核種の汚染は見えなくなっている。

 食品検査の問題3
 空間線量率の問題と同様に、サンプリングという方法自体に疑問符がつく。汚染の分布と動態が少しわかってくれば、サンプル抽出の際にそれを外すことができるようになる。とくに農産物については、商品とサンプルと自家消費分を分けるのは容易である。

 食品検査の問題4
  粉、液体、練り物などの加工食品、「陰膳」調査(一食まるごと調査)等は、希釈効果によって汚染を見えなくする。検出限界の性能は機材によって異なるが、市民測定所の能力では3Bq/kgまで確認するのが精一杯である。これをぎりぎり下回るレベルで、汚染された国産小麦や加工食品が流通している。


 人体の検査
 ホールボディーカウンターはシンチレーション検出器なので、ガンマ線を拾うだけである。ストロンチウムは把握できない。表面汚染と内部汚染を分けているかどうかも怪しい。また、患者を長時間拘束することは難しいので、検出限界は高い(甘い)。
 尿検査はきちんと体制を整えればストロンチウムを調べられる可能性がある。しかし骨に蓄積してしまった分についてはわからない。
 髪の毛には体内の重金属が排出されるので、ここからウランやアクチニウム系列の物質を把握できるかもしれない。


 呼吸内部被曝の問題
 汚染地域やがれき焼却地域で懸念されている呼吸内部被曝は、ほとんど調査も研究もされていない。今後はアスベスト被害の研究などから学ぶことになるだろう。

 アルファ線核種とトリチウム
 プルトニウム、ウラン、アクチニウム系列の放射性物質は、ほとんど無視されている。
 トリチウムは「人体に影響がない」とされているが、実際にはたんに研究されたことがないというだけの話である。トリチウムという物質は核融合爆弾の核心部分であるため、公開されている情報が非常に少ない。

2013年3月12日火曜日

おそろしいけどおもしろいこと


 最近、洋上を移動している震災漂流物の映像とか、大気中を移動するPM2.5の予測映像とかを見ると、おもしろいなぁと思う。
 かたまりで移動するんだよね。バラけるんじゃなくて、かたまるんだ。
 こういうバラバラな小さなものがかたまりをつくっていくことを、「散逸構造」って言うのかな。よくわからないが。

 放射性物質の拡散について希釈だとか薄まるとか言っている学者が、ずいぶん素朴な人々だと感じる。
 素朴を通り越して迷信なんだが。

「追悼」がすべっている




3月11日。
「追悼」行事とローソクナショナリズムが盛り上がらない。
求心力の低下は著しい。
まあ、無理だわな。

 東京電力福島第一原発は、現在も放射性物質のガスを噴出し続けている。東電の発表では毎時1000万ベクレル(推計)。東北・関東にはいまも火の粉が降り注いでいるのだ。鎮火もできていないまだ災害が継続している状態で、「2年がたった」と言って、なんの意味があるのか。

 放射能汚染災害は、まだ始まったばかりだ。
小手先でごまかせるものではない。