今日、名古屋大学病院から退院。
4月23日の手術から約一週間、病院にいたわけだが、留置場に三週間勾留されたときより辛かった。
闘病ということの壮絶さを垣間見た気がする。私の場合は良性腫瘍の摘出だったから、闘病というほどのものでもないのだが、それでも内蔵を切るというのは痛い。こんなに痛いとは思わなかった。
手術後まず一日目は、全身麻酔が抜けるのが辛い。体中に管をつながれて酸素マスクをして身動きできない状態で、浅い呼吸で悶絶しながら麻酔が抜けるのを待つ。二日目に酸素マスクがはずされ、四日目には背骨に差し込まれた硬膜外麻酔の管が抜かれ、六日目には尿管と尿道に挿入されていた管を抜かれた。七日目には縫合した脇腹から出血を取り出す管がはずされ、最後に左手首につけられた点滴の針が抜かれた。
つまり入院している間ずっと、体から何本かの管を伸ばした状態で過ごす。そうして、点滴や尿バッグをくくりつけたパイプにつかまりながら、ヨロヨロと歩くわけだ。歩くといってもほとんど歩けない。切られた内蔵が痛むから、腹筋に力を入れられないのである。
被曝による健康被害を議論するなかで、「ガンは日本人の三人に一人はかかるありふれた病気だ」という人がいる。
で、それが、なんなのか。
そんな超然とした言い方をして、理性が身体を克服したかのように振る舞うのは、まったく馬鹿げた錯覚だ。人間は身体を生きて、痛みを生きているのだから。痛いものは痛いし、涙が出るほど辛いのだ。
左手首にはまだノリがこびりついている。点滴の針を固定するテープのノリが、まだ取れないでいる。急いで洗い落とすことはしないでおこうと思う。