『核分裂・毒物テルルの発見 ―原爆/核実験/原発被害者たちの証言から』
山田國廣 著 藤原書店
著者の山田國廣氏は、福島第一原発事故後のデータを解析し、核物質による健康被害を研究してきた科学者である。とくに、爆発直後に生成され短期間に壊変していった放射性物質(テルル・ヨウ素・キセノン)に強い関心をもって研究を続けている。
原子炉は核分裂反応を繰り返すことで、さまざまな物質を生成させている。放射性同位体が生成し、それらが壊変して安定同位体になり、さらにそれらが中性子を浴びて放射化する。原子炉に堆積していた代表的な物質をあげるだけでも、クリプトン(ガス)・キセノン(ガス)、放射性ヨウ素、安定ルビジウムと放射性ルビジウム、安定セシウムと放射性セシウム、安定テルルと放射性テルル、放射性アンチモン、安定ストロンチウムと放射性ストロンチウムがある。
著者の山田教授が特に注目するのは、安定テルルと放射性テルルである。
テルルは、原子炉に堆積していた質量としては、セシウムやストロンチウムには及ばない。セシウムが約200kg、ストロンチウムが約160kgにたいして、テルルは約30kg程度である。しかし、化学毒の強度において、テルルは最悪である。セシウムやストロンチウムの化学毒性が比較的無害とされるのにたいして、テルルの化学毒の半数致死量(LD50)は1~10mg。体重1kgあたり10mgを投与すると半数が死亡するという毒性を持つ。これは、カドミウムやクロム、鉛、水銀と同等の強い毒性である。
福島の原発事故では、テルルの化学毒によって死亡したというケースは考えにくいが、吐き気・異常な倦怠感・鼻血・皮膚の異常を引き起こすというのは充分にありそうな話だ。
ここで誤解がないようにくりかえし言っておかなければならないのは、この研究は放射線被ばくの影響を否定するものではないということだ。放射線被ばくによる健康被害はある。それに加えて、化学毒の被害もある、という主張だ。 私たちは、放射性物質と有害金属の複合汚染を経験しているということだ。
原発事故後、東北や関東の各地で、子どもが大量の鼻血を出したとか、異常な疲労感ですぐに眠ってしまう、といった報告があった。こうした健康被害の証言は、「気のせい」、「心理的なストレスが要因」、あるいは、「反原発派によるデマ」といって頭ごなしに否定されてきた。否定派いわく、関東のような低い放射線量では人体に急性症状が出るわけがない、と。たしかに、放射線被ばくの効果だけでは、これらの症状は説明がつきにくいものだ。しかし、説明がつかないからといって、被害がなかったということにはならない。「気のせい」ではないし、「デマ」でもない。これらの症状には何か理由があるはずだ。
山田教授の研究は、被害者たちが経験した記録・証言に立ち返って、もういちど違った角度から問題を考えなおしてみようという試みである。
本書はけっして読みやすいものではないが、議論に値する重要な指摘がある。
まずは、補論(本文257頁)とJAEAの公表資料(カラー図版69頁)を頭に入れてから、各章を読み解いていくことをおすすめする。