2014年4月23日水曜日

軍手について


 最近、ある職人と友達になって、手の使い方やハサミの話とかができて、楽しい。
ので、ちょっと職人っぽい話を書く。今回は自分の楽しみのために書く。



 昔から不思議に思っていることがあるのだが、軍手ってなんだろうか。あの、綿でできた手袋。日本では作業用手袋の代名詞といえるほどポピュラーで、作業用品店にいけば、ごそっと束で売っている。あれは、謎だ。
 誰でも一度は軍手を使ったことがあると思う。そこでちょっと思い出してほしいのだが、軍手って使いづらくないか? 私の経験で言うと、「軍手って便利だなあ」と感じたことがない。あんな手袋で作業をしても、つらいだけだ。実際に現場で仕事をしている職人なら知っていると思うが、あれって使わないよね。ちゃんと作業をするなら、ゴム手袋か、革手袋か、もしくは素手だよね。
 いったい誰があの綿の手袋を買っているんだろう。


 軍手の使えなさは、言い出すときりがない。あらゆる面で機能性が低い。低いというだけでなく、マイナス面が多い。
 まず、隙間だらけだから、手にトゲが刺さる。木のささくれ、鉄のバリ、土に埋まっている釘やガラス片、等々、尖ったものを全部スルーしてしまうから、手が痛い。
 隙間だらけだから、手が汚れる。農作業をしたら手が泥まみれ、コンクリを扱えば手がセメントまみれ、金属加工をしたら油まみれ、なんのために手袋をしているのかわからない。
 厚みもない。建築や土木の作業では、モノを殴って動かしたりする場面があるのだが、あんなペラペラの手袋では力いっぱい殴ることができない。モノを握って曲げたり砕いたりということもできない。
 摩擦係数が低い。スルスルすべってしまうから、モノをしっかりつかむことができない。ハンマーやバールやラチェットが手から逃げてしまう。あと、ちょっと重量のあるダンボール箱も持ち上げられない。金属加工の現場では、しっとりと油にぬれた鋼材を扱うわけだが、軍手なんかはいていたらスルスルと手から逃げて落としてしまう。
 かといって、手の上をすべらせたいときには、ちゃんとすべってくれない。長さのあるモノをすべらせて動かしたいのに、枝木のトゲや材木のちょっとしたささくれにひっかかったりして、どうにも面倒くさいことになる。
 防水性がない。濡れ放題である。夏ならまだいいが、冬に手が濡れると凍えてしまって感覚がなくなる。
 断熱性がない。切削したばかりの鋼材とか、夏の日差しでチンチンに熱くなった鉄パイプとか、熱いモノをつかむことができない。
 機械に引っかかる。回転しているドリルの刃先とか、回転する旋盤のチャック(材料をつかむ爪の部分)とか、ひっかかってはいけないところに、あの綿のほつれが引っかかって手を巻き込んでしまう。こんなばかげたことで、指を失うような労働災害をひきおこすのである。

 こうやって書き出してみると、本当に謎だ。あの軍手という手袋はなんのためにあるのだろうか。手を保護しない危険な手袋。実質を欠いた、みせかけだけの手袋。作業効率をあげるどころか足をひっぱっているだけではないか。こんな不合理なものが作業用品の代表のようにみなされていることは、日本の産業文化の汚点だと思う。



 軍手をはいていたのでは、ちゃんとした作業はできない。知っている人間は知っていることだ。
 しかし、それでも軍手は大量に生産され、束で売られている。現在でも軍手は作業用手袋の代名詞である。だから学校は生徒たちに軍手を配るのだ。本当はちがうのに。

2014年4月10日木曜日

福島のトリアージ



福島赤十字病院・泌尿器科の常勤医不在、週1回診療

 福島赤十字病院(福島市)で今月から、泌尿器科の常勤医が不在となっていることが8日、同病院への取材で分かった。現在は週1回、非常勤の医師が診療している。 同病院によると、同科の常勤医は昨年12月に1人退職し、3月末でもう1人退職したことに伴い1人もいなくなった。現時点で新たな医師確保の見通しは立っていないという。週1回の限られた診療になったため、患者に市内の他の病院を紹介するなどの対応を取っている。昨年12月に退職した医師は県外に移ったという。 医師不足をめぐっては、本県はもともと全国平均と比べ顕著だったが、震災、原発事故が拍車を掛けていると指摘されている。医療機関や市町村は連携してさまざまな医師確保策を講じている。(2014年4月9日 福島民友ニュース)

 泌尿器科は、腎臓から膀胱の疾患を診る部門である。退職した二人の医師は、なんらかの異変を目の当たりにしたのだろう。福島医大官僚が「被曝による影響なし」を連呼している陰で、事態は着実に進行していると思われる。社会的分業がほころびを見せ、どこでも誰でも医療サービスを受けられるという状態は失われていく。まったく不思議ではない。福島第一原発はいまも毎時1000万ベクレルの放射性物質を放出しているのだから。
 


 今後、放射線防護活動が大規模になるにつれて、医療サービスをめぐる社会的合意もほころびをみせることになるだろう。
 今回の大規模被曝事件は、原爆による被曝とは少し違っている。放射能汚染はゆるやかに時間をかけて進行していくために、自力救済によって防護する余地がある。原爆のように誰もが等しく被曝するわけではない。防護した者と防護しなかった者がうまれる。そしてそのことが疾患の有無に重ねられることになるだろう。
 実際には、防護措置の有無と疾患の有無はイコールではない。ひとくくりに被曝者と言っても、それぞれの年齢、性別、職種、体質など、条件の違いが大きいからだ。疾患と防護とは切り離して考えるべきである。

 しかし、こんご医療費の負担が増大して、トリアージ(患者選別)の議論がでてきたとき、疾患と防護は結び付けられることになるだろう。それも正面から結びつけるのではなく、なんとなく遠まわしに、いいかげんな印象操作によって、防護の有無がトリアージの正当化に利用される。
 私にしても、気分としては、こういう議論を支持したい気持ちでいっぱいだ。
 これから、「復興」政策に翼賛して「食べて応援」した馬鹿どもが、医療保険制度を圧迫していくのだ。防護活動に協力しない者や、敵対した者、防護活動を馬鹿にした者たちが、病床の一画を占領していく。その負担はわれわれ防護派にもかかってくるのである。そんなとき、「医療資源には限りがあるので、児童と若年女性を優先し、老年科医療は抑制します」という主張が出てきたら、私もそれに乗ってしまうかもしれない。
 疾患に苦しむ被曝者にたいして、「自業自得」とか「自己責任」とかいう言葉は言わない。言わないが、心の奥底では、軽蔑している。直接対面したときにはまず、彼がきちんと防護したのかしなかったのか、不可抗力の部分とそうでない部分を、問いただすだろう。誰もが医療サービスを受ける権利がある、と、口では言う。しかし本心からそう思っているわけではない。放射線防護に取り組んだ人々は、その程度がどうであれ、社会の一員だと信じる。しかし放射線防護活動に敵対した者は、お荷物である。そんなやつらは医療保険制度から除外してよいのではないか。そんな気分だ。


 ここではあえてわかりやすく書いたが、現実の福島は、もっと隠微なやり方で、なしくずしにトリアージを進行させていく。

 福島赤十字病院の泌尿器科が週に一度しか診察できなかったとしても、誰も気に留めることもしなくなる。福島は汚染地域なのだから、医者がいないのは当然でしょ、と。そうして汚染地域の医療機関は徐々に機能をとめ、被曝者の被害の実態が書類の表面から消されていく。人々の暗黙の支持を得ながら。

2014年4月2日水曜日

たちよみ『閾値仮説のなにが問題か』


たまにはブログを更新しないといけないので、たちよみ資料を公開します。

これから紹介するのは、20133月に発売された『被曝社会年報』に寄せた文章です。
『受忍・否認・錯覚 ――閾値仮説のなにが問題か』と題して、政府が強弁している閾(しきい)値仮説が、日本社会にどのような混乱と恐怖を与えているかを分析しました。
今回も一部分だけの「たちよみ」です。
全文を読みたい方は、本を買ってください。

以下、本文です。



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受忍・否認・錯覚 ――閾値仮説のなにが問題か
矢部史郎


はじめに

 東京電力・福島第一原子力発電所の事故は、IAEA(国際原子力委員会)の事故レベル評価で「レベル7」という大惨事となった。福島第一原発から放出された放射性物質は、東北地方のみならず関東平野全域に降り注ぎ、約四千万人の人口を包み込んだ。地表に落ちた放射性物質は回収されず、現在も東北・関東地域の住民は放射能汚染にさらされている。
 放射能拡散後に多くの人々にとって脅威となるのは、いわゆる「低線量被曝」の問題である。
 ICRP(国際放射線防護委員会)が勧告する一般人の被曝許容線量は、年間1ミリシーベルト、自然放射線を年間1ミリシーベルトとして、あわせて年間2ミリシーベルトである。この勧告の根拠となっているのは、「低線量被曝」の健康影響について示された、いわゆる「閾値なし直線モデル」である。ICRPは放射線による健康被害の「閾値」はないとして、どんなわずかな線量でも健康被害の恐れがあるとしている。
 日本政府はICRPの勧告に反して、一般人の被曝許容線量を20ミリシーベルトから100ミリシーベルトまで引き上げている。また、放射性物質を含んだ汚染食品を1キロあたり100ベクレル未満であれば流通させるとしている。放射性物質を含んだ焼却灰については、1キロあたり8000ベクレル未満であれば通常の処分方法をとることを許可している。法的には回収し密封しなければならない汚染物質について、放置し、食品や物品にのせて拡散させてしまっているのである。
日本政府のこうした政策を後押ししているのは、「低線量被曝」にたいする過小評価である。ICRPの「閾値なし直線モデル」に反して、日本政府は「閾値」があるだろうという立場にたってしまっているのである。
 問題を困難にしているのは、「閾値」という発想が、政府だけでなく市民にとっても受け入れられやすいものであるということである。放射性物質を大量に取り込むのは問題だが、微量であれば健康被害はないだろう、という発想だ。
 事故が起きる以前、政府と原子力技術者たちは、原子力発電所が事故を起こす可能性は地上に隕石が落ちてくる可能性ほど低い、と繰り返してきた。そしてそれは広く市民にも信じられてきた。これは現在では「原発の安全神話」と名指しされ、原子力問題の核心として認識されている。福島第一原発の爆発によって、原発の安全神話は崩壊した。しかし「安全神話」が完全に息絶えたわけではない。福島第一原発からの放射能拡散という事態を前に、政府と技術者たちは「放射能の安全神話」にとりつかれている。チェルノブイリ事件の顛末を参照しても彼らは動じない。まるで「日本の放射能は安全です」とでも言うかのような対応である。1986年、チェルノブイリ原発が炎上した直後、彼らは言ったのだ。「日本の原発はソ連の原発とは違うのだ」「日本の原発は安全です」と。今回もまたその過ちを繰り返すことになるだろう。問題の領域が工学から医学へと変わっただけである。おびただしい被曝と流血のなかで、日本の放射能は安全か否かが議論されることになるのだ。
本稿では、放射能の安全神話がひろく一般に流布され市民に受容されていく過程を念頭におき、「閾値仮説」を批判的に検討する。
まず技術的な観点から、「閾値仮説」のなにが間違いであるかを明らかにする。
つぎに、この仮説が表現するモデルが人々に与える錯視と心理的効果を明らかにする。
最後に、放射能の安全神話を支えるイデオロギーの問題に言及する。


技術的問題
 人体の被曝経路はおおまかに二つの経路が考えられている。外部被曝と内部被曝である。
外部被曝は、体外にある放射線源から放射線を浴びせられた被曝である。
内部被曝は、体内に取り込まれた放射線源が体内で崩壊し、人体が内部から撃ち抜かれる被曝である。
 「閾値」をめぐる論争とは、低線量被曝をどのように評価するかという論争であり、その根幹は、内部被曝をどのように評価するかという問題である。
 ICRPの提示した「閾値なし直線モデル」は、どれだけ低線量であっても、健康影響があるとするものである。このモデルが前提とするのは、内部被曝の影響の有無を証明するデータはないという事実である。内部被曝の調査をしたデータは過去にないし、おそらく将来的にもデータをとることはできないだろう。内部被曝に対する人体の耐性は証明されていない。だから、人々の抱く素朴な閾値感覚は、退けなければならないということだ。
 これに対して、閾値仮説を唱える学派は、これまでの実験と疫学統計によって「閾値」が証明されていると主張している。例えば、中央電力研究所は100ミリシーベルト未満の線量域では健康影響はないとしている。なぜ彼らがこのような主張をできるかというと、内部被曝を無視しているからである。
 閾値派が根拠としている疫学統計は、主要には広島・長崎の被爆者から得られたものである。問題になるのは、この「統計」にどれだけの信憑性があるかということだ。
まず根本的な問題として、どのようにして被曝線量を評価したのかという問題がある。これが統計であるからには、対象となる個々人の被曝線量を定めているはずである。ある人の被曝線量は〇ミリシーベルトであったと記録する。だが、どのようにしてそれを測定したのか。どのような方法で、どのような機材を利用して、被曝線量を定めることができたのか。
 内部被曝がおきる環境は、管理された空間内で放射線源を操作しているのとはまったく違う環境である。どのような経路でどれだけの量の核種が移動・蓄積し人体にとりこまれたのかは、容易には把握しがたい。したがって、ある人が被曝したか否かを知ることすら容易ではない。また、被曝したことがわかったとして、その人の被曝線量がどれだけであるかを測定するのは非常に困難である。
測定の困難さは二点ある。
問題の第一は、放射性物質は消える物質であるということだ。
大気中に放出される放射性核種は複数ある。ウラン、プルトニウム、セシウム、ストロンチウム、イットリウム、トリチウム、ヨウ素、キセノン、銀、等々、書きだせばきりがないほど多様である。それぞれの核種によって崩壊する寿命は違う。プルトニウム239は半減期二万四千年と長寿命だが、ヨウ素131は半減期8日と比較的短命である。ヨウ素131は8日間のうちに半分が崩壊し、次の8日間で四分の一が崩壊し、次の8日間で8分の一が崩壊する。そうして2カ月後には、取りこんだ量の256分の一まで減少していく。ある人がヨウ素131をどれだけ取り込んだかを知るためには、ヨウ素131が崩壊しきってしまう前に調べなければならない。しかしそのような調査を大規模に実施することは実際には不可能である。だから、ヨウ素131のような短命な核種による被曝線量は、推定される拡散量と、人々の行動記録から、どれだけ摂取したかを推測するという以外に方法がない。
 問題の第二は、放射性物質のなかには、測定できない核種が含まれているということだ。体内に存在する核種をもれなく測定する方法がないのである。
現在は、体内にとりこまれた放射性物質を知るために、尿検査かホールボディカウンタが利用されている。いずれの方法も核種の全てを調べることはできない。
尿検査は、尿に排出された核種の量から体内の核種の量を調べる方法だが、これは、肺に取り込まれた核種については充分にわからない。また、ストロンチウム(89Sr,90Sr)という核種は骨に取り込まれてしまい体外に排出されないため、尿検査でこの量を知ることはできない。
ホールボディカウンタは、人体をまるごとシンチレーションカウンタで測定するものだが、これはγ線を放出する核種についてしかわからない。ストロンチウムはβ線しか放出しないので、γ線の検出器(ホールボディカウンタ)では把握することができない。仮に、ガイガーミュラー計数器のようなβ線の測定器を体にあてたとしても、体内で放出されたβ線は人体に吸収されて遮蔽されてしまうから、人体の外部からその量を知ることはできない。現在利用されている測定方法と測定機材では、体内に入ってしまったストロンチウムを測ることはできないのである。だから、ストロンチウムの摂取量については、セシウムなど他の核種の量から推測する以外に方法がないのである。
 現在の測定技術では人体内部の放射性核種を知ることは困難で、ヨウ素131とストロンチウムという代表的な二つの核種に限定しても、それを知る方法は推量しかないのである。科学的データの厳密さを要求するならば、これは「あて推量」と言ってもさしつかえないレベルである。これは、「閾値」という定量的議論を試みるうえでは、はなはだ心許ない「データ」である。閾値仮説は、「データ」を示すことで自らの主張を科学的に見せるように粉飾しているが、実はその根拠とする「データ」なるものがそもそも実体を伴わない机上の空論なのである。
 問題をまた別の角度から概観すれば、広島・長崎の被爆者から得られた「疫学統計」というものは、科学的にみて非常に疑わしいものだ。原爆の被爆者を調査したABCC(原爆傷害調査委員会)は、当時から現在に至るまで一貫して、「残留放射能(放射性物質)は存在しない」と主張してきた。この見解が当時の政策によるものであったのか、それとも科学者たちの無能によるものであったのかは、ここでは措く。いずれの理由にかかわらず、広島と長崎では内部被曝の調査研究は実施されなかったのだから、当時の疫学統計なるものを現在の議論に適用することはできないのである。

以上の技術的問題に加えて、医学的観点から、線量評価という方法そのものの信憑性も問われてしかるべきである。現在は放射線量を単純に積算した値をもって「低線量」とか「高線量」とみなしているが、そうしたアプローチが人体への影響を考えるうえで充分なものかどうかを検討しなければならない。
一般的に言って人体というものは、量よりもバランスに、そしてリズムに支配されがちである。例えば、摂食や睡眠において重視されるのは、量である以上にバランスであり、そのリズムである。人々が健康状態を「体調」と呼び、その異変を「調子が悪い」とか「変調」とか呼ぶのは、人体をある種の旋律(調べ)とみなしているからだ。このありふれた表現は、医学の土台となる観点を含んでいる。
人体の「調子」はさまざまな要素で構成されていて、その要素をどれだけ多く数え上げることができるかが医療活動の要である。人体は何によってあるのか。量か質か、空間的にか時間的にか、濃度、頻度、構造を構造化するしくみ、流れ、等々。医療従事者は人体の複雑さに対面しながら、音楽家のような繊細さ(そして鷹揚さ)を要求される。こうした観点にたつとき、人体と被曝線量をめぐる議論は、問題を充分に捉えていないように思われる。
人体の細胞のいくつかが放射線によって破壊されたとする。このことを、建物を構成するレンガブロックのいくつかが破壊されたと考えるのか、それとも、ピアノの鍵盤のいくつかが破壊されたと考えるのか。人体を建造物のように考えるか、旋律を奏でる楽器のように考えるか、あるいはもっとラディカルな視点をとって、人体を旋律そのものとして捉えるのか。そうした観点のとりかたしだいで影響評価の方法は大きく変わってくるだろう。人体の旋律的性格を重視するならば、「被曝線量」という量的議論だけを絶対視したり自明視したりするのは危険である。それは奥ゆきをもつ人体の表面を眺めているにすぎないのである。
人体をどのようなものとして考えるかという問題はここでは措くとして、話を戻そう。
問題が被曝線量の多寡であるとして、それらを定量する方法がないということを確認しておきたい。すべては推量であると考えてよい。福島第一原発がどれだけの量のヨウ素を放出し、キセノンを放出し、ストロンチウムを放出したかは確定されていない。東京電力が発表する推定と、いくつかの事故調査委員会の推定と、WHOの推定が、大きく食い違っているというのが現実である。二〇一一年三月の下旬に横浜市の公園で砂遊びをしたある児童がどれだけ被曝したかは、誰にもわからない。それは「低線量だからわからない」のではない。それを調べる方法がないのである。




暗示と錯覚 (省略)


暗示される恐怖 (省略)


受忍と否認 (省略)


想像される「社会の不全」 (省略)




閾値のイデオロギー
 これまで、閾値仮説が錯覚・暗示・脅迫によって現実を見えなくさせることを述べた。ではこの錯覚を覆すためには何が必要なのか。
被曝というものをわずかでも受忍しないことである。被曝を受忍するような社会とは縁を切ることだ。
 被曝を受忍する社会とは、被曝を受忍させる社会である。汚染地域の住民が社会を護持するために被曝を受忍するとき、それは現実には自分以外の誰かに被曝作業を強いることで社会を護持するということである。おそらく福島県は今後も「復興」を諦めないだろうが、福島県政が「復興」を試みるあいだ、その関連事業は多くの人間の生き血を要求する。復興事業に関わる作業者は確実に被曝する。彼らの被曝被害は「社会的」に受忍/否認され、この「社会」は人間を生贄にしたことすら忘れてしまうだろう。
 問題はずっと以前から原発労働者によって告発されてきたことである。原子力のある社会とは、人間の生き血を要求しつつ、そのことに無関心であり続けてきた「社会」である。閾値仮説の曲線が閾値未満の線量においても被害を想定しているということを、それが何を意味するものであるかを、我々はいま熟考するべきなのである。原子力産業は神話によって人々を説き伏せ、人間を生贄にすることを正当化してきた産業である。そして原子力のある社会とは、生贄の存在を知りながらそれに目をつぶることで成立してきた「社会」なのである。
 今回の原発事故によって、「原子力の安全神話は崩壊した」と言われている。私はそうは思わない。神話の問題は、彼らの主張する原子炉の安全性が虚偽であったということをもって決着するものではない。それは問題の表面をなぞっているにすぎない。問題の根本は、原子力政策が、たとえ少数であれ人間を犠牲にすることを正当化し、それを受忍させてきたということにある。人権を謳う「民主的」政府が、人権を蹂躙する反民主主義を内包し、それを政策として公然と貫いてきたことにある。
被曝労働者の人権を侵してきた「閾値」の神話は、いま社会の全領域に適用され、胎児や乳児までが受忍を要求される事態を生んでいる。放射能の安全神話は崩壊するどころかむしろ拡大していると言える。そうして我々はこれまで被曝労働者の被害に目をつぶってきたのと同じやり方で、目をつぶるのだ。我々は無関心を装うのだ。なんのために? 社会の護持のために。「復興」と「日本再生」のために。
 我々はここで踏みとどまって考えるべきである。問題を再構成してみよう。ある「少数」の被曝被害について受忍する/させる社会とは、いったいどのような社会なのか、と。
閾値仮説が教えるのは、彼らが閾値に満たない「低線量」の場合でも被害を想定しているということだ。そうしてこの受忍/否認の要求のなかで、「個体差」という魔法の言葉が与えられる。ここで我々は少し安心する。私は乳児ではない。私は妊婦ではない。私は人工透析患者ではない。私は甲状腺を患ったことがない。私は酸素吸入器に頼っていない。「個体差」という言葉は、自分は健康で標準的であると考える人々に気休めを与える。そうした見通しが裏切られて激しい自覚症状があらわれる直前まで、彼は自分の身体の健全さを信じるだろう。彼は自分の身体が「標準的」で「健全」であろうと想像することで、自分が被害者の一部になるかもしれないという恐れから解放され、隣人の被害を容認するのである。
これはすでに社会の体をなしていないのである。ひとりひとりの人間の内部から、社会という理念が放逐されてしまうことになる。
いま我々が何にさらされているのかと言えば、それはたんに放射線にさらされているというだけではない。これまで不充分ながらも築き上げられてきた理念の崩壊にさらされているのである。社会、民主主義、科学、それらを支える人文主義(ヒューマニズム)という理念が、根底から廃棄されようとしている。
そんな崇高な理念などもともと存在しなかったのだ、と言うこともできる。
そうかもしれない。
しかしそんな一見シニカルな反論も、被曝しながら言ったのでは滑稽だ。むしろそのシニシズムを反転させ、こう言ってもいいはずだ。
「日本再生」など俺の知ったことか、と。できもしない「復興」政策に協力する義理はない、と。
我々が被曝を受忍したところで、そこから生まれるものなどなにもない。それはこの腐敗した社会をますます腐敗させるだけなのである。



2014年3月20日木曜日

東京都知事選後のあれこれ



 先月行われた東京都知事選挙では、統一候補をめぐる内部論争と綱引きがあって、良い意味でも悪い意味でも「反原発運動」の分解を促しているようだ。
 京都の友人が、この間の動向を分析し、文章にしている。


 この論文では、まず日本共産党の現在の行動綱領から分析を始めているのだが、最後まで読めばわかるように、問題にされているのは共産党の動き方だけではない。共産党も、共産党に批判的な人々も、どちらも串刺しにして「反原発運動」全体を批判している。
 この論文の細部についてここでは論評しない。このブログは、もうちょっとかっこいい題材を書くための場所なので、高齢者と素人がくんずほぐれつやっている生臭い政治について書くつもりはない。

 私がおもしろいと思うのは、こうした政治分析が東京からではなく、京都から発信されているということだ。
 東京からの頭脳流出が、さまざまな領域で進行中であることを、感じてもらえたらいいと思う。


2014年3月13日木曜日

『インパクション』誌次号で大友良英を批判します



 次号の『インパクション』誌で大友良英を批判します。
 矢部史郎+山の手緑の共同名義で、「シジフォスたちの陶酔 ――PROJECT FUKUSHIMA!」を批判する」という文章を出しました。
 「PROJECT FUKUSHIMA!」というのは、福島市で文化活動をしているちょっと気持ち悪い団体で、この活動で文部科学大臣賞を受賞しています。NHKもこれを応援しているようで、朝の連続テレビドラマ「あまちゃん」のテーマ曲を、大友良英に作曲させています。「復興」政策・被曝受忍政策の大きな構図のなかで、実は「エートス」よりもこいつらの方が影響力が大きく、病も深いと思っています。「エートス」が福島県民を対象にして福島県民をまきこんでいるのにたいして、「PROJECT FUKUSHIMA!」は全国を対象にしていて、全国の(とくに東京の)人々を巻き込んでいるからです。

 これから我々の書いた「シジフォスたちの陶酔」の一部を掲載します。前フリの部分だけ。全文をここに掲載すると、『インパクション』誌との仁義を欠いてしまうので、立ち読み程度に、ちら見せです。ようは宣伝です。ゲラの前段階の生原稿。しかも、ぶつぎり。
全文を読みたい方は、次号の『インパクション』を買って読んでください。4月10日発売。
以下、本文です。

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シジフォスたちの陶酔 ――Project FUKUSHIMA!」を批判する
矢部史郎+山の手緑

「スペクタクルは、社会そのものとして、同時に社会の一部として、そしてさらには社会の統合の道具として、その姿を現す。社会の一部として、それは、あらゆる眼差しとあらゆる意識をこれ見よがしに集中する部門である。この部門は、それが分離されているというまさにその事実によって、眼差しの濫用と虚偽意識の場となる……」(G・ドゥボール)(1


 我々がこれから試みるのは、東京電力・福島第一原発公害事件(以下、東電公害事件と略す)以降にあらわれた権力と翼賛の形式を描き出すことである。
 東電公害事件は、日本、ロシア、北米に放射性物質を拡散させた。日本だけに限定しても、放射性降下物の被害で4千万人、物品を通じた二次拡散で1億3千万人の人口を呑み込む大規模公害事件である。
 この事態に際して、日本政府は放射線防護対策を放棄した。人々に汚染被害の受忍を要求する被曝受忍政策にでたのである。日本に暮らす人々は、被曝防護か被曝受忍かをめぐって分裂した。防護派は東日本から退避・移住し、放射性物質の二次拡散を監視している。たいして受忍派は、汚染被害を忘れようとしている。こうした大きな分裂を背景にして、被曝を受忍させる権力とその翼賛が形成されている。忘却、無関心、権威主義、議論のはぐらかし、結論の先延ばしが、生活の一般的規則として上昇する。
 シジフォスは、ギリシャ神話に描かれた永遠の囚人である。ゼウスの怒りを買ったシジフォスは、山上に大きな岩を運びあげる作業を課せられる。この作業に終わりはなく、彼はこの無益な仕事を永遠に繰り返さなくてはならない。
 汚染地域に生きることは、シジフォスの時間を生きることだ。除去できない汚染のなかで、「復興」という掛け声が繰り返される。具体性を欠いた空論が、具体性を欠いているがゆえに、あきれるほど自由に喧伝されている。人々に課せられた「復興」は本当に実現可能なのか、「復興」の最終目標はどこか、そもそも誰の何のための「復興」なのか、詰めきれていない問題が山積している。それらがなにも明確にされないまま、ただ国民的団結が要求されているのである。
 解決可能な問題を先延ばしにし、出口のない偽の課題に向かわせているのは、政府の被曝受忍政策とそれへの翼賛である。東京は被曝を受忍するシジフォスたちの都市になった。そこにある欺瞞と陶酔を明らかにしようと思う。


 2011年の3月12日から考えよう。
 前日の11日午後、三陸沖で発生した東日本大震災の揺れが、列島全体を揺るがしていた。太平洋沿岸部に巨大な津波と火災が襲う。無数のカメラが被害の映像を捉え、電波とインターネット回線を通じて報道される。その日の夕刻、福島第一原子力発電所の原子炉が冷却不能に陥ったことが知られる。
 3月12日、NHKのヘリコプターが、福島第一原発から30キロの地点でホバリングする。ヘリに積まれた超望遠レンズとデジタルハイビジョンカメラが、原子力発電所の姿を捉え、ライブ映像を配信する。世界中が固唾を飲んで原発の映像を凝視した。ここで思いだしてほしいのだが、私たちは、原発が爆発したあとに映像を見たのではない。爆発の数時間前から、リアルタイムで原発の姿が映し出されていた。だから私たちは爆発の瞬間を目撃することになったのだ。これが東電公害事件のおおきな特徴である。
 このことをチェルノブイリ事件と比較してみよう。我々はチェルノブイリ原発の炎上する姿を見ていない。当時のソ連政府は、当初、チェルノブイリの事故を隠していた。スウェーデンのモニタリング機関が異常を指摘するまで、誰もチェルノブイリの爆発を知らなかった。ソ連政府は、事故を見せるのではなく、隠した。いまでは当時の記録映像のいくつかを見ることができるのだが、それはソ連邦内部の国民に向けて、収束作業の動員のためにつくられたプロパガンダ映画というべきものであって、諸外国の報道機関に提供するためのものではない。ソ連政府は、チェルノブイリの姿を国民に見せて、世界に見せなかった。そういうしかたで事故の隠蔽をはかったのである。
 東電公害事件をめぐる隠蔽は、かつてのソ連政府の対応を反転させた形式となっている。世界中のメディアが、その日のうちに爆発の映像を報道し、我々の目にやきつけた。そして皮肉なことに、爆心地である福島県の放送局だけは、爆発の映像を報道しなかったのである。事件をめぐるメディア状況は、チェルノブイリ事件とは対照的なかたちをとったのである。
 いまから振り返って考えてみれば、すでに3月12日の段階で、この事件をめぐる高度にスペクタクル(ルビ・見せ物)的な性格が決定していたと言えるだろう。日本政府にとって問題となるのは、世界が注視する中でいかにして問題を隠蔽するかである。単純に隠すというだけでは足りない。隠すことによって隠す、だけでなく、見せることによって隠すこと。人々の視線を遮断するだけでなく、積極的にスペクタクルを提供し視線を操作すること。人々の関心と無関心に介入し、意識の流れを誘導すること。ここから、「復興」政策全般を規定するスペクタクル(ルビ・茶番)の政治が要請されることになる。
 3月15日、二度目の爆発(3号機)をカメラが捉える。ふたたび世界に衝撃が走る。そして、三度目の爆発(4号機)は映像として配信されることがなかった。4号機はあきらかに天井が吹き飛んだ状態で建屋の内部をさらしていたのだが、これは「火災事故」として報告された。4号機の爆発は、単純に隠すことで隠したのである。
 3月17日、おおがかりなショーが始まる。自衛隊のヘリコプターに大きなバッグを吊るし、フタの空いてしまった3号機原子炉にむけて、上空から海水を投下するという作戦である。この作戦を「ヘリバケツ作戦」と呼ぶことにしよう。ヘリバケツ作戦は、鎮火という意味では実効性のない作戦だった。そのことははじめからわかりきっていた。自衛隊機を使用したこの作戦は、あきらかに世界に見せるためのショーだった。
 世界中がヘリバケツ作戦に注視した。日本政府のしかけたスペクタクルに我々は釘づけになった。ではこのヘリバケツ作戦のスペクタクルは、どのような効果をもつものだったのか。「日本政府が事故収束への決意を示した」ということだろうか。名目としてはそうかもしれない。あるいは政府関係者のなかには主観的にそう考えた者もいたかもしれない。しかし、名目ではなく実質を考えるならば、問題はそれほど単純ではない。
 それがどのていど意図されたものかはわからない。だが結果としてヘリバケツ作戦が与えたスペクタクルの効果とは、見る者をガッカリさせること、人々の意思を挫き無力感を与えることだった。収束作業の具体的方策、有効性、優先順位、等々、国内外で交わされたさまざまな論議が、この唖然とする作戦によって空転させられる。おそろしくバカバカしいものを見せられたとき、人は沈黙する。知識がある者もない者も、すべて観客席へ、観客的な人間のふるまいへと、閉め出される。この日、ヘリバケツ作戦を見せられることによって、我々は蚊帳の外に置かれたのである。
 ヘリバケツ作戦によって誰が勝利したのか。問題解決にあたる日本政府である。世界中の人々がガッカリし、日本政府の能力に疑いを持ち、信頼を失う。そのことが日本政府にとって「失点」になるだろうか。ならないのだ。スペクタクルの政治にとって、人々の信頼などなんの意味もない。むしろ人々の信頼を突き放し、観客化し、沈黙させることで、政府が専制的にふるまうための条件を整えていくことになる。


 スペクタクル政治の専制的性格を説明するために、問題をアートの文脈で考えてみよう。ヘリバケツ作戦を、もっとも現代的なアート作品として捉えるならば、問題の構図がいくらかわかりやすくなる。
 第二次大戦後、アメリカではヨーロッパ近代芸術から離脱した現代アートが

 

 


2014年3月12日水曜日

ギー・ドゥボール『病んだ惑星』


 以下は、90年代に発表されたギー・ドゥボール(guy debord)のエッセー「Sick Planet」の全文です。
 ドゥボールは、『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト誌』の中心メンバーであり、『スペクタクルの社会』の著者として知られる人です。大戦後のフランスで芸術運動を理論的に牽引し、68年5月革命を準備したといわれる人物。
『Sick Planet』は、ドゥボールが公害問題について書いたエッセーです。
 被曝社会研究会に参加してくれた菰田くんが、英語版から翻訳してくれました。

 実は内容的にはもうひとつです。晩年のドゥボール、あんまり冴えてないです。小手先でちゃちゃっと書きとばしてるんではないか疑惑。
ただ、このもうひとつ感を確認しておくのもいいかもしれない。ということで公開します。

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病んだ惑星

G・ドゥボール  
(菰田真介訳) 

 「公害」は今日流行している、まるで革命のように。それは社会の全生活を支配しており、スペクタクルのなかでは幻覚のかたちをとって表れる。このことを肴に多くのくだらない書き物が著され、多くのくだらない議論が戦われる。そのいずれもがちんぷんかんぷんで誤っている。しかし公害という問題は我々みなの首根っこを押さえている。それはいたるところでイデオロギーのかたちをとって表れているが、物質的には、ずっと拡大してきたものである。二つの対立する方向性がある。一つは商品生産の最高点へと向かう前進運動であり、もう一つはそれを全否定する計画である。どちらもそれ自身矛盾に満ちたものであるが、これらのあいだの緊張はかつてないほど高まっている。ここからある歴史的な瞬間が開けてくる。長らく待望され、ことの起こる前からしばしば部分的で不十分な言葉で語られてきたそれは、資本主義が存続不可能になる唯一の契機となる。
 地球に生きと生けるものすべての境遇を完全に変形してしまうに足る技術を手に入れた時代とは、階級社会で疎外された生産力の自動成長が我々に襲いかかってくる現場(とその期限)を数学的緻密さで突き止めて予見することができる時代でもある。なんとなればこの同じ技術と科学がそれぞれ発展してきたからだ。いいかえれば、生存のための条件そのものが、生存という言葉の一般的な意味においても些細な意味においても急速に悪化していることを計れる時代である。
 昔語りにふける野郎は、あいかわらずこのことを指して美的にどーだのと(あるいは美なんてなんぼのもんじゃいと)つべこべ抜かしている。連中はお粗末にも自分たちは賢明で近代的で時代にマッチしていると思い込んでいるのだ。いわく、高速道路やサルセルなどにある団地にも、それなりの美しさがあるし、「おどろおどろしい」昔の町の不快さに比べればきれいなものだうんぬん。彼ら「リアリスト」はもったいぶって話す。「本当の」料理に郷愁を感じる諸氏には恐縮だが、以前に比べて今の食べ物ははるかによくなっているんですよと。彼らは自然なものの全体性が崩壊していることを分かっていない。人間を取り巻く環境はすでに、美などといった質の喪失どころの話ではなくなってきている。今日の問題はより根本的なものである。すなわち、そうしたコースをたどるこの世界がはたして物質的に存続できるのかという問いである。事実この不可能性は、独立した科学の知の完全性によって完璧に証明されている。この科学は、その過程に関わるあらゆるものを議論の対象としない。もっとも残された時間の長さは議論するし、強力に使えば少しの間は一次しのぎになるだろう手段についても議論するのだが。この科学は、自分を生み出した世界、自分を固くつなぎとめる世界と手を取り合って歩くこと以上のことはできない。そして破壊の道を突き進んでいく。気付いてはいるが、そうしていくほかない。かくして科学は、適用されていない知識の無意味さの典型例となっており、ほとんど戯画のようだ。
 呼吸可能な大気、川、海などの急速な化学汚染に関して、すばらしく正確な計測、予測が絶えず立てられている。たとえば、いわゆる平和目的のための原子力の発展に伴う放射性廃棄物の不可逆的蓄積。騒音の影響。空間を恒久ゴミ処分場とせんばかりの勢いのプラスチックゴミの拡散。手をつけられなくなった出生率。食料品の狂気的腐敗。かつて街だったところも田舎だったところもすべてに広がった都市スプロール現象。そして同様に広がった精神病。その例として、公害そのものに反応して蔓延するようになる神経的恐怖と幻覚。公害の驚くべき事実はいたるところで告示されている。そして自殺の広がり。自殺率の増加は、このような環境の加速度的構築と正確に対を成している(いうまでもないが、核戦争や細菌戦の影響も計測されている。そのための手段はすでに身近にあり、ダモクレスの剣のように我々に迫っている。もちろん避けることもできるが)。
 要するに、「一千年目の恐怖」の広がり、そしてその現実までもが歴史家の間でなお論争の的となっているとしたら、二千年目の恐怖は歴然としていて十分な根拠があるものである。それはいまや科学的確実性のもとに根拠を置いている。だからといって、起こっていることが根本的に新しいものであるわけではない。むしろそれは、長期に及ぶプロセスから必然的に導き出された結果にすぎない。かつてないほど病んでいる社会、しかしかつてないほど強力な社会。それは、あらゆるところで具体的に世界を作り変えた。そうして世界は、社会の病をを引き起こす温床となった。社会は病んだ惑星を生み出したのだ。同質性をいまだ獲得していない社会。自己決定していない社会。しかし、自己の上に位置付けられた外在的な自己によって、かつてないほど規定されている社会。この社会は、いまだ自己を統御できていない「自然」による支配のための道筋を作った。資本主義は、もはや生産力を高めることはできないとみずからの力学によってついに証明したのだ。それは、多くの人が考えるような量的な意味でなく、質的な意味での生産力である。
 しかし方法論的に言えば、ブルジョワ思想にとっては量的なもののみが確実で計測可能で有効なものであり、質的なものは、漠然とした主観か、あるいは本当に確かなものを芸術的に装飾したものに過ぎない。確かなものは、唯一その現実の量によってのみ測られる。一方弁証法的思想、したがって歴史やプロレタリアートにとっては、質的なものが現実の過程の最も決定的な瞬間である。このことは、資本主義も私たちも最終的に証明することになるだろう。
 社会の支配者は、いまや公害について語るよう迫られている。それは公害と戦うため(なぜなら結局は連中も我々と同じ惑星に生きているのだ。資本主義の発展が実質的に階級融合をもたらすといわれるのも、こうした意味に過ぎない)であり、それを隠すためである。なぜなら、そうした有毒かつ危険なものが存在するという明白な事実が、暴動に十分すぎるほどの口実を与えてしまうからである。暴動の欲望は、搾取される者にとって物質的に欠かせないものであり、その重要性は、食べていく権利のために闘った一九世紀のプロレタリアートと共有されたものである。過去の改良主義――これらはすべて、例外なく階級問題の最終解決を目指したものである――が根底から失敗に終わったあと、かつてと同じニーズにこたえる新しい種類の改良主義が浮上してきている。すなわち、機械の油差しと先駆的な新しいビジネスチャンスのエリアを切り開くための改良主義である。もっとも近代的な産業部門は、こぞってさまざまな公害緩和策に携わろうとしている。それらは多くの新しいビジネスチャンスなのである。この領域においては、国家によって独占された資本のかなりの割合が投資にも運用にも回るとなっては、よりいっそう魅力的に映るのだ。こうした新しい改良主義は、以前の改良主義とまったく同じ理由により失敗に終わっていくのだが、以前のと根本的に異なるのは、今回の改良主義が時を使い果たしてしまったという点である。
 今日に至るまでの生産の拡大は、生産の本質が政治経済の実現にあることを完璧に立証した。すなわちその本質は、いのちの基盤そのものを侵害し、興廃させる貧困の拡大にある。生産者が働きながら自殺していく社会。労働の生産物のことしか考えられない社会。この社会は、いまや生産者たちに疎外労働の総体的結果をまざまざと見せつけている。これも[かつての過酷な労働と]同じように致命的なものなのだ。この社会を支配するのは、すべて――湧き水や都市の空気までも――を経済商品に変えるような過発達した経済である。すなわちすべてが経済的に病んでいるのであり、「人間性の全否定」は、完璧な物質的終結という高みにまで達している。ブルジョワ資本主義、もしくは官僚型資本主義のなかに存在する生産力と生産関係の対立は、最終段階に入った。非生命の生産率は、つねに右肩上がりで上昇を続け、蓄積している。この過程の最終段階を越えたところの今生産されているものは、まさに死である。
 労働が商品となったおかげで雇用者が全権力を行使できるような世界では、雇用の生産こそ、現行の発展した経済の究極的、本質的役目であると考えられている。彼方にこだまする一九世紀のとどろき。「進歩を遂げる」一九世紀は、科学と技術が生産性を高め、人間の労働を軽減させ、そうすることによってより容易に必要を満たすことになるだろうと考えていた。そうしたものは、それまですべての人たちが現実的に必要であると捉えていた。しかも必要に適合する商品の質は、根本からはいささかも変わらないだろうと期待していた。(いまや農民がいなくなった田舎においても)「職を創出」するため、すなわち人間労働を疎外労働として、賃労働として用いるために、ほかのすべての労力が割かれるのだ。したがっておろかなことに、種の生命の基盤そのもの――現在これは、なんとかケネディ、なんとかブレジネフが考えていた以上にもろいものである――が危機にさらされているのである。
 古い海は汚染を気にかけない。だが歴史はそれに無関心ではいられない。歴史は商品となった労働の廃止によってのみ救われる。歴史の世界を支配しようとする意識がこれほどまでに高まり、差し迫ったものとなったこともない。なぜなら扉で待ち構えている敵は目の錯覚などではなく、現実の死を意味しているからである。
 社会の哀れむべき主人の惨めな運命――かつてもっともラディカルだったユートピア主義者の掛け声に奮い立った者たちの末路よりひどいものである――がようやく明らかとなり、我々の境遇こそ社会問題である、すべての管理こそじかに政治的なものであると連中が認めざるを得なくなる瞬間が来る。このとき、旧来の専門化された政治は完全に破綻したといやおうなしに宣言されなければならないことが明らかとなる。
 破綻。まったくもってそれは、政治の自己運動の至上の形態である。つまり、いわゆる社会主義体制の全体主義的官僚権力は破綻に終わるのだ。権力を握っているはずなのに、官僚は資本主義経済の前段階すら管理することができない。社会主義体制は公害がはるかに少ないとしても(アメリカ合衆国だけでも世界の公害の五〇パーセントを排出している)、それは単純に貧しいからなだけである。貧困にあえぐ国々のなかで、中国は大国として一目置かれているが、その中国だって、わずかな予算に不釣合いなほどの額をなげうっていくばくかの公害を引き起こさざるを得ないのだ。たとえば、核戦争の(もっと正確に言えば、核戦争の恐るべきスペクタクルの)技術を(再)開発して改良するために。このような物理的、精神的貧困は、極度の恐怖によって強化されている。貧困は掛け算的に高まり、現在権力を握っている官僚制に死亡証明書を突きつける。一方、もっとも近代的なかたちをとったブルジョワ権力を終局に追い込むのは、実質的に毒にかかった過度の富である。民主的だと思われている資本主義の管理手段は、あらゆる国において、選挙の勝敗以外の何ものもよこさない。つねに明らかなことなのだが、選挙は一般に何も変えなかったし、特に階級社会に関してもほとんど何も変わっていない。階級社会は、みずからを永続していくものだと考えている。管理のシステムが危機に陥り、副次的ではあるが緊急の問題を解決するための指針らしきものを、疎外されて麻痺した選挙人に求めるふりをしたときも、それ以上は何も変わらない(たとえばアメリカ、イギリス、フランス)。専門家はみな、投票者がほとんど「意見」を変えることはないということに長いこと気付いているし、それを言葉にするのもやぶさかではない。なぜなら投票者とは、自分自身の権利では存在できない、つまり変わることができないように設定された抽象的な役割をちょっとのあいだ演じる人のことを指すからである(こうした仕組みは、霧の晴れた政治学や革命的な精神分析が何千回も分析を加えてきたものである)。投票者も変わる見込みがない。なぜなら彼らをめぐる世界が、例を見ないほど突然変わっていくからである。投票者としての彼らは、たとえ世界が終わりに向かいつつあるさなかになっても変わらないだろう。あらゆる代表制は、本質的に保守的である。資本主義社会を規定する諸条件は、そのままのかたちでの保存に耐えうるものではない。それらはつねに修正を受け、そのスピードもかつてなく速まっている。だがこうしたことを決める(そしてつねに最後には市場経済の思い通りにさせる)のはすべて政治家である。連中は広告業者に過ぎない。連中は、非難の声が向けられないこともあれば、まったく同じことをやろうとしている人と対立することもある。いずれにしろ大声でまくし立てる。しかしドゴール派に「進んで」一票を投じた人、フランス共産党に投じた人は、強制されてゴムウカなんちゃらに投じた人と同じで、山猫ストや蜂起に参加すれば、一週間後には自分が本当は何なのかが示せるようになっているはずだ。
 国家に管理され、統御されるようになった「公害との戦い」は、最初のうちは、新しい専門化、省庁、少年の職、官僚としての昇進以外なにも意味しない。戦いの効果は、戦い〔の目的〕と完全に合致するだろう。現行の生産システムが瓦解しない限り、この戦いから本当の変革への意志が沸くことはない。関連するあらゆる決定権が、生産所自身によって永久に監視され握られている限り、たとえ生産者が決定の仕方を民主的かつ問題を踏まえたやり方にしても、この戦いが厳格に実行されることはない(たとえば石油タンカーは、本物の船乗りソヴィエトの権威のもとで運行している限り、積荷を海にぶちまけざるを得ないのだ)。しかし生産者は、そのような問いに決定を下す前に、大人にならなければならない。彼らはみな、権力を握らなければならない。
 一九世紀の科学の楽観主義は、三つの大きな問題を抱えて挫折した。一つ目は、革命が到来することは確実であり、それによって現在のあつれきは幸福のうちに解決されるだろうという考え方である。これはヘーゲル左派とマルクスの思い違いであった。彼らはブルジョワのインテリゲンツィアのなかでもっとも鈍く、もっとも金持ちだったが、最終的には一番思い違いをしていなかった。二つ目の問題は、世界を調和的だとみなしていたこと、もっといえばものを調和的だとみなしていたことである。そして三つ目は、生産力は右肩上がりで上昇していくだろうとするお気楽な考え方である。最初の問題に関してだが、視点を広げて第三の問題も同時に扱おうと思う。そうすれば、だいぶ後にはなるが第二の問題についても検討できるようになるし、それを我々がのるかそるかの契機に変えることができるようになる。癒されなければならないのは、症状ではなく病気そのものである。今日恐怖はいたるところにあるが、我々は我々自身の力によってのみそれを逃れることができる。存在するあらゆる疎外と、我々から遠ざけられていた権力のイメージすべてを瓦解させる力をつけることによってのみ、恐怖を逃れることができる。我々自身を除いたすべてを労働者評議会の権力ただそれだけに従わせ、つねに世界の全体性を再構築していくこと、いいかえれば、すべてを真の理性、新しい正当性にゆだねることによってのみ恐怖を逃れられるのだ。
 「自然な」ものと人口の環境、あるいは出生率、生物学、生産、「狂気」などに関していえば、選択肢は祝祭と不幸のあいだにあるのではない。むしろそれは、無数の喜ばしい可能性、もしくは無数の破滅的ではあるが比較的後戻り可能な可能性に賭けるか、もしくはゼロかという選択肢なのだ。それは意識しながら路上を一歩一歩踏みしめているときにおこるものである。一方近い将来については、恐るべき選択肢が一つあるだけである。すなわち完全な民主主義を取るか、それとも完全な官僚制を取るかである。完全な民主主義に対して不安を抱く者は、一回自分たちでその可能性を試してみるがよい。それには行動の中で証明する機会を与えてやりさえすれば十分なのだ。さもなくば自分たちで墓石を拾ってしまうことになるだろう。なぜなら、「我々は権力が機能しているのを見た。その機能とは、みずからを徹底的に糾弾することである」とジョゼフ・デジャックも言っているのだ。
 「革命か死か」というスローガンは、もはや暴動における意識を詩的に表現したものではない。むしろそれは、我々の世紀の科学思想の最後の言葉である。それは、個々の種が環境になじめないという危機に対して当てはまるものである。この社会では自殺率が上昇を続けていることを誰もが知っているが、一九六八年五月のフランスでは自殺率がほとんどゼロに等しくなったということを専門家は心ならずも認めなければならない。あのときの春は我々に澄んだ空も授けた。空ががんばったわけではない。あの時は燃える車もほとんどなく、石油不足のために誰も大気を汚染できなかったのだ。雨が降ったとき、そしてスモッグの層がパリの空を覆ったときには、公害の非が政府にあるということをぜひ忘れないようにしよう。疎外された産業労働は雨を呼ぶ。革命は日差しを呼ぶ。

2014年3月4日火曜日

『主婦と不貞と放射線』についての注釈



 前回の文章『主婦と不貞と放射線』について、山の手緑氏から短いコメントをいただいたので紹介する。
 彼女のコメントを要約すると、以下のようになる。

「放射能汚染地域において、夫婦の間で認識がそろわず、母子避難をできないでいる家庭がある。夫が子供を手放さず、家族全員で汚染地域にくらすことを要求する場合がある。このとき彼女は単身で家を出て西へ逃げるべきである。夫も子供も捨てるべきだ。家族のために彼女が被曝を受忍することはない。「子供のため」という理由で自己犠牲をうけいれるのは、欺瞞である。彼女が家族の「愛」を見限り、家を出て、家庭生活を崩壊させることによって、もしかしたらその後の展開によっては子供の退避が可能になるかもしれない。子供を防護するために、子供を捨てることが必要となる場合がある。」


 おそらくこのコメントは、私の書いた一文、

「主婦の「不倫」の流行は、あるエコノミーの綻びであり、調整でもある。」

に、対応しているとおもわれる。
つまり、不貞が生活経済の調整として働くものである以上、それが汚染地域における被曝生活を延命させる機能も持っている、ということを指摘されたのだと思う。そうであれば、ここで強調して言い直すべきは、不貞がもつ調整としての機能ではなく、不貞が孕む破壊的な力である。主婦はいつでも家族を精算することができるということ、生活経済を破綻させるポテンシャルがあることを、確認し言わなくてはならないだろう。
 実践的には山の手氏が言うとおり、汚染地域の「家族愛」はいったん精算されるべきだ。それは幼い子供にはできない。親にしかできないことだ。