2014年5月30日金曜日

沈黙からなにを引き出すか



 多くの人々が放射能汚染について語らなくなった。ほとんど沈黙している。
 忘却だろうか。ちがう。日本に暮らしていて放射能汚染を忘れることなどできない。
たとえば、『美味しんぼ』という有名な漫画が放射能汚染問題を題材にして、福島県の自治体や日本政府が過剰な反応を見せている。政府・自治体とマスメディアが「炎上」状態になっているときに、その当事者である私たちは沈黙している。これは忘却とは対極に位置する沈黙だ。
 萎縮だろうか。事態の深刻さに恐れおののいているために、黙り込んでしまったのか。そうかもしれない。表面的にはそういうことにしておいたほうが世間的なとおりはいい。
 しかし本当の話をすれば、戦慄は官能を伴っている。人は恐怖で萎縮しているとき、それとはまったく反対に、興奮をおぼえ武者震いをしている。それはあまりあからさまに表明すると事態を喜んで歓迎しているように見えるから隠しているだけで、本当は心のどこかでこの運命を楽しんでいる。絶望している自分と、興奮している自分がいる。


 東京にいた頃、イラク反戦運動の街頭デモが大きく高揚した時期、私は被逮捕者の救援活動ばかりやっていた。私のいたグループは警視庁に狙い撃ちにされていたので、毎月のように逮捕者が出て、救援会活動で休む暇がないほどだった。
 誰かが逮捕されると、それから一週間は寝る暇もない。関係者が集まり、救援会を立ち上げ、弁護士に接見を依頼し、留置場に差し入れをする。被逮捕者の家族に事情を説明し、公式声明を書き、キャンペーンで資金を集め、留置されている警察署へ抗議に押しかける。警視庁は「過激派」とみなした者に対しては必ず家宅捜索を仕掛けてくるから、それへの監視もしなくてはならない。
 そのあいだ毎晩、会議である。我々は政党ではない有象無象の集まりだったから、救援のための対策部門をもっていなかった。いつも全員で救援活動に取り組んだ。だから大きい会議では30人や40人が集まって、議論をし、意志一致をはかり、さまざまな作業を割り振りしなくてはならない。
 こういうスタイルの救援会議は、喧騒と沈黙が入り乱れる場だ。しゃべりすぎてしまう人間と、まったくしゃべらない人間がいる。そのどちらも、初動の段階では恐怖によるものだ。一般的に言って、男は恐怖に駆られるとよくしゃべり、女はまるで硬直したように沈黙する。そしてこの沈黙する女が、救援活動の要である。
 被逮捕者の妻、恋人、母親、あるいは姉妹が、口を閉じたままじっと座っている。突然ふって湧いたような事態に戸惑いながら、考えている。逮捕されたのは何かの間違いだとか、検察と交渉すれば容赦してもらえるのではないかとか、最初はみなそう考える。間違いだったらいいな、と願望するのだ。しかしそれとは反対に、彼女は自身の経験の中からもうひとつ別の一般的事実を引き出してくる。つまり、暴力に正当も不当もなく、すべて不当であることを。本来的に不当である暴力に、交渉や駆け引きが通用するものかどうか。かりに通用したとして、そうやって釈放された人間はそれ以後、警察に脅えつづけるジメジメしたやくざのような者になってしまうだろう。その負の効果を直接おわされるのは家族や恋人なのだ。だから暴力に対しては、非和解的に対決する以外にないのである。
 彼女が警察・司法と対決することを決意したとき、救援会の腹が据わる。こうなると女はテコでも動かない。権力(暴力)への非妥協性・非和解性をあらわにする。だから議論すべきことなどほとんどない。それ以後、無駄なおしゃべりは消えて、全員が静かに、眼光を鋭くする。喧騒と沈黙の弁証法は、沈黙にいたる。それは最初に味わった恐怖による沈黙ではなく、明確な意志をもった沈黙である。

 2011年の事件から3年たって、反原発デモの喧騒はなくなった。いま多くの人々が沈黙している。この沈黙のなかには、意気消沈したものもあるだろうし、建設的な意志をもったものもあるだろう。じっさい声を上げて議論すべきものはそれほど多くない。暴力は本来的に不当で、請願しようが陳情しようが、放射能汚染は譲歩してくれないのである。

黙って腹を据える時期だ。やるべきことはたくさんある。

2014年5月17日土曜日

書きかけノート『牧神パーンの発明』

矢部+山の手緑の作業が、遅々としてすすまない。
理由は私が煮詰まっているから。
私には悪い癖があって、明確に人格化した敵を設定しないと、モチベーションが上がらない。山の手氏には批判されているところだが、どうもやる気が起きない。

ということで次回の文章は、映画評論家の町山某を批判するつもりで、表面的にはそうは書かないが、腹積もりとしてはそういう意図で書く。山の手さん、ごめんなさい。

といっても、まだまだ全然書けてない。
ので、これまで書いたノートの一部を公開して、自分にプレッシャーをかける。
仮題は、『牧神パーンの発明』。
以下、本文。

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 牧神パーンは、ギリシャ神話に描かれた古い神である。パーンは父ヘルメースと母ニュムペーのあいだに生まれた。ヘルメースはニュムペーと交接するさい羊に変身していたため、パーンは人間の体に山羊の脚と角をもつ半獣半人の姿で生まれた。パーンはその異形のために、生まれてまもなく母に捨てられてしまうが、ギリシャの神々はみな喜んで彼を迎え入れる。なかでももっとも喜んだのは、酒の神ディオニュソスだった。
 パーンの逸話の中で最も有名なのは、変身の逸話である。ある日、神々の宴会に、ゼウスの仇敵テューポーンが奇襲をかける。突然の襲撃に驚いた神々は、それぞれ動物の姿に変身して攻撃をかわす。ゼウスは大鷲に、アポローンはカラスに変身して空を飛ぶ。 アフロディテの母子は魚に変身して水中に逃げる。このときパーンは、上半身を山羊に、下半身を魚に変えて、水に飛び込んだ。神々はこの姿を見て大いに喜び、その姿のまま天の星座にした。これが山羊の上半身と魚の尾びれをもつ山羊座である。
 山羊と魚、二つの生物を混合した姿は、異形である。ある種の神話解釈では、その姿は醜態とされる。彼はあわてすぎたために、おかしな生物に変身してしまったのだ、と。しかしパーンにとってそれは醜態ではない。彼は生まれつき半獣半人の混合種なのだから。二つの種が混合してなんの不都合があるだろうか。パーンの変身は醜態ではなく、力の発現である。彼は前足の蹄をけって険しい山を登り、大きな尾びれを振って水中に潜行する。山の頂きから海底まで、彼はすべて(pan)を踏破する力を発明したのである。
  

 はじめに外観の話から始めよう。
 2011年の東日本大震災は、東京の都市機能を麻痺させた。電車が不通となり膨大な帰宅困難者がうまれた。物流が滞り、水や電池やガソリンが入手できなくなった。そして関東全域で電力が不足する。多くの地域で電力供給が止められ、都心部でも節電が実施された。
 このとき私たちが知ったのは、電力は都市の動力であるというよりもむしろ都市の外観を支えるものであるということだ。節電の要請によって照明が間引きされていく。そうすると建物はまったく違った印象を与える。薄暗いコンビニエンスストアは、とても惨めな気分にさせる。私たちがこれまで感じてきた都市の輝きとは、大部分が蛍光灯の輝きであったということを知った。店舗に設置された照明は、陳列した商品の見栄えを良くするためだけでなく、その空間そのものを明るく照らしていたのである。かつて建物の窓は、室外の光を室内に取り入れるためにあったが、現在では室内の輝きを室外に放つためにある。だから、節電によって照明が少し暗くされただけで、東京の風景はまったく違った印象になってしまったのである。
 1980年代の再開発以降、都市建築は外観を競うようになった。それはつまるところ、素材の表面が放つ輝きであり、照明の強化であった。薄暗い便所は改装され、明るく輝く化粧室があらわれた。建物の外壁にはタイルを貼り、あるいは枠のない一枚ガラスで光を反射させる。黒いアスファルトは剥がされ、多彩な色を放つブロックで敷き詰められていく。この再開発は、都市から薄暗い空間をなくし、明るさを充満させる事業だった。形・色・質感・電力が、光学的に再編され、都市空間全体がデパートの売り場のような輝きをもつようになる。都市は商業活動のためのたんなる容れ物ではなく、その空間自体がひとつの商品(ルビ・フェティッシュ)として輝きを放つようになったのである。
 ここで追求された外観のフェティシズムは、寺社仏閣や古美術のようなフェティシズムではない。新しい商業都市が要求するのは、新鮮さを印象づけるフェティシズムである。求められるのは、つねに新しいこと。いつまでも古びないこと。時間を蓄積させるのではなく、時間を蒸発させることである。過去の時間が蓄積して現在があり、現在の時間は過去となって堆積し未来を形成していく、そのような常識的な時間概念は、商品そのものとなった都市空間によって覆されていく。過去-現在-未来は切断され、〈ゆるぎない現在〉だけがいつまでも輝きつづけることになる。
 1990年代に問題となったプリッグ症候群(潔癖症)の流行や、グラフィティ(落書き)の流行は、この時間概念の再編に関わっていると思われる。それらは衛生や美観をめぐる葛藤であるよりも、時間をめぐる葛藤だったと言える。〈ゆるぎない現在〉に執着する病と、〈ゆるぎない現在〉に時間を書き込む者たち。あるいは、中年の女性たちのあいだでアンチエイジングが流行し、その反対に、若者たちはドレスアップではなくドレスダウンを意識するようになる。都市の新しい規則となった〈ゆるぎない現在〉が、人間の姿に強い光を浴びせ、そこに含まれている時間を意識させるようになったのである。

 20113月、東京電力・福島第一原子力発電所から放出された放射性物質が、首都圏を襲う。首都圏の水瓶である利根川が放射性物質に汚染され、東京都に水を供給する金町浄水場で放射性セシウムが検出される。
 3月末から4月にかけて、東京では花見をするかいなかが問題になる。当時の東京都知事は市民に向けて花見行事の自粛を呼びかけた。巨大災害に襲われている非常事態に花見などしている場合ではない、と。もっともである。
 これに対して日本政府は、市民に花見行事を実施するように呼びかけた。「こういうときだからこそ、平常どおりに生活することが大切です」と。「平常どおりに消費生活をおくることが、災害からの復旧に必要なのです」と。あるいはこうも言った。「都民が平常どおりの生活を取り戻すことが、被災地の復旧支援につながるのです」と。
 「平常どおり生活する」という政府の号令は、客観的に不合理で、多くの人々にとっては無理な要求だった。このとき東京から220キロの地点では、4機の原子炉が制御不能の状態にあり、放射性物質を放出し続けていた。都市機能災害はまだ復旧できていなかった。たとえば千葉県浦安市では、街のいたるところで地盤が液状化するという深刻な被害に見舞われていた。どの店でも物資の供給が滞り、水も電池も手に入らない状態だった。さらに東京電力が強行した「計画停電」は、東京圏郊外の電力を止めて、電灯も信号機も消えるブラックアウトを発生させていたのである。東京都知事に言われるまでもなく、市民は花見をしている余裕などなかった。「平常どおり」花見を楽しむことができたのは、都心部に暮らすほんのひと握りの人々だったのである。
 しかしそれにもかかわらず、政府のこの呼びかけが異常なものとして退けられることはなかった。少なくない人々が政府の呼びかけを支持し、「平常通り」に花見行事を敢行したのである。4月初旬、東京では市民が放射性物質を浴びながら花見をするという、まるでSF映画のような場面が現実になったのだ。
 おそらく彼らを駆り立てていたのは、東京の外観を取り戻すことであった。インフラの復旧や都市機能災害の回復を待つ前に、まず「平常通り」の花見を演じること。都市の基盤整備よりも先に、都市の表面的な見せかけを実現すること。そこに東京の秩序の核心があった。なにがあろうと東京は〈ゆるぎない現在〉を護持しなくてはならない。東京電力の強行した「計画停電」は、足立区と葛飾区を除く都心の21区では実施されなかった。その選別は産業的な理由からではなく、東京という街の綱領(ルビ・イデオロギー)に関わるものだ。東京はなにがあっても輝きを失わず、〈ゆるぎない現在〉を表現しなくてはならない。


 (つづく)


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次回予告

 自己啓発セミナーに軟禁されたとき、または、カルト教団に入ってしまったとき、人は単独で脱出(脱会)しなくてはならない。みんなで話し合ってどうしましょうという話ではない。トイレの窓から裸足で抜け出す力が必要だ。それがプロレタリアートに運命づけられた暴力の時間であり、牧神パーンが発動する瞬間、という話。

2014年5月15日木曜日

2016年問題に備えよ



 ウクライナの歴史を参照するならば、放射能汚染による病者・死者は事故から5年後に爆発的に増大する。日本では2016年に病者・死者が爆発的に増大するということになる。現在でもすでに感染症の増加がみられるが、2016年以降はパンデミックが発生する。関東・東北では充分な医療措置が受けられなくなると覚悟したほうがいいだろう。
 不吉なことを言うやつだといやがられるかもしれないが、私は霊的な予言をしているのではなく、ウクライナの歴史を参照しているだけである。東電の撒き散らした放射性物質がソ連邦の放射性物質よりも弱いということはないし、モンゴロイドがコーカソイドより被曝に強いというわけでもない。日本でもウクライナと同様の事態になると予測するのが妥当だ。2016年に東京は壊滅的な打撃をうける。

 2016年の危機は、現在の支配関係を反転させる契機でもある。目指すべきは、支配階級が混乱をきわめ、われわれがまったく混乱していないという状態を実現することだ。敵が混乱の中で主導性を失い、われわれがどのような攻撃も自由に選ぶことができる状態にしなくてはならない。

 2016年まであと二年間ある。この二年間、ただ不安を抱えて腕をこまねいているのではいけない。そんな態度は左翼とは言えない。2016年以降の反転攻勢を準備するために、いちはやく東京を脱出し、体調を整え、頭脳を明晰にしておかなくてはならない。2016年の段階でまだ東京をウロウロしているような者は、残念だが、戦力外だ。これからはじまる歴史的な闘争に加わりたいなら、東京を出よ。

2014年4月23日水曜日

軍手について


 最近、ある職人と友達になって、手の使い方やハサミの話とかができて、楽しい。
ので、ちょっと職人っぽい話を書く。今回は自分の楽しみのために書く。



 昔から不思議に思っていることがあるのだが、軍手ってなんだろうか。あの、綿でできた手袋。日本では作業用手袋の代名詞といえるほどポピュラーで、作業用品店にいけば、ごそっと束で売っている。あれは、謎だ。
 誰でも一度は軍手を使ったことがあると思う。そこでちょっと思い出してほしいのだが、軍手って使いづらくないか? 私の経験で言うと、「軍手って便利だなあ」と感じたことがない。あんな手袋で作業をしても、つらいだけだ。実際に現場で仕事をしている職人なら知っていると思うが、あれって使わないよね。ちゃんと作業をするなら、ゴム手袋か、革手袋か、もしくは素手だよね。
 いったい誰があの綿の手袋を買っているんだろう。


 軍手の使えなさは、言い出すときりがない。あらゆる面で機能性が低い。低いというだけでなく、マイナス面が多い。
 まず、隙間だらけだから、手にトゲが刺さる。木のささくれ、鉄のバリ、土に埋まっている釘やガラス片、等々、尖ったものを全部スルーしてしまうから、手が痛い。
 隙間だらけだから、手が汚れる。農作業をしたら手が泥まみれ、コンクリを扱えば手がセメントまみれ、金属加工をしたら油まみれ、なんのために手袋をしているのかわからない。
 厚みもない。建築や土木の作業では、モノを殴って動かしたりする場面があるのだが、あんなペラペラの手袋では力いっぱい殴ることができない。モノを握って曲げたり砕いたりということもできない。
 摩擦係数が低い。スルスルすべってしまうから、モノをしっかりつかむことができない。ハンマーやバールやラチェットが手から逃げてしまう。あと、ちょっと重量のあるダンボール箱も持ち上げられない。金属加工の現場では、しっとりと油にぬれた鋼材を扱うわけだが、軍手なんかはいていたらスルスルと手から逃げて落としてしまう。
 かといって、手の上をすべらせたいときには、ちゃんとすべってくれない。長さのあるモノをすべらせて動かしたいのに、枝木のトゲや材木のちょっとしたささくれにひっかかったりして、どうにも面倒くさいことになる。
 防水性がない。濡れ放題である。夏ならまだいいが、冬に手が濡れると凍えてしまって感覚がなくなる。
 断熱性がない。切削したばかりの鋼材とか、夏の日差しでチンチンに熱くなった鉄パイプとか、熱いモノをつかむことができない。
 機械に引っかかる。回転しているドリルの刃先とか、回転する旋盤のチャック(材料をつかむ爪の部分)とか、ひっかかってはいけないところに、あの綿のほつれが引っかかって手を巻き込んでしまう。こんなばかげたことで、指を失うような労働災害をひきおこすのである。

 こうやって書き出してみると、本当に謎だ。あの軍手という手袋はなんのためにあるのだろうか。手を保護しない危険な手袋。実質を欠いた、みせかけだけの手袋。作業効率をあげるどころか足をひっぱっているだけではないか。こんな不合理なものが作業用品の代表のようにみなされていることは、日本の産業文化の汚点だと思う。



 軍手をはいていたのでは、ちゃんとした作業はできない。知っている人間は知っていることだ。
 しかし、それでも軍手は大量に生産され、束で売られている。現在でも軍手は作業用手袋の代名詞である。だから学校は生徒たちに軍手を配るのだ。本当はちがうのに。

2014年4月10日木曜日

福島のトリアージ



福島赤十字病院・泌尿器科の常勤医不在、週1回診療

 福島赤十字病院(福島市)で今月から、泌尿器科の常勤医が不在となっていることが8日、同病院への取材で分かった。現在は週1回、非常勤の医師が診療している。 同病院によると、同科の常勤医は昨年12月に1人退職し、3月末でもう1人退職したことに伴い1人もいなくなった。現時点で新たな医師確保の見通しは立っていないという。週1回の限られた診療になったため、患者に市内の他の病院を紹介するなどの対応を取っている。昨年12月に退職した医師は県外に移ったという。 医師不足をめぐっては、本県はもともと全国平均と比べ顕著だったが、震災、原発事故が拍車を掛けていると指摘されている。医療機関や市町村は連携してさまざまな医師確保策を講じている。(2014年4月9日 福島民友ニュース)

 泌尿器科は、腎臓から膀胱の疾患を診る部門である。退職した二人の医師は、なんらかの異変を目の当たりにしたのだろう。福島医大官僚が「被曝による影響なし」を連呼している陰で、事態は着実に進行していると思われる。社会的分業がほころびを見せ、どこでも誰でも医療サービスを受けられるという状態は失われていく。まったく不思議ではない。福島第一原発はいまも毎時1000万ベクレルの放射性物質を放出しているのだから。
 


 今後、放射線防護活動が大規模になるにつれて、医療サービスをめぐる社会的合意もほころびをみせることになるだろう。
 今回の大規模被曝事件は、原爆による被曝とは少し違っている。放射能汚染はゆるやかに時間をかけて進行していくために、自力救済によって防護する余地がある。原爆のように誰もが等しく被曝するわけではない。防護した者と防護しなかった者がうまれる。そしてそのことが疾患の有無に重ねられることになるだろう。
 実際には、防護措置の有無と疾患の有無はイコールではない。ひとくくりに被曝者と言っても、それぞれの年齢、性別、職種、体質など、条件の違いが大きいからだ。疾患と防護とは切り離して考えるべきである。

 しかし、こんご医療費の負担が増大して、トリアージ(患者選別)の議論がでてきたとき、疾患と防護は結び付けられることになるだろう。それも正面から結びつけるのではなく、なんとなく遠まわしに、いいかげんな印象操作によって、防護の有無がトリアージの正当化に利用される。
 私にしても、気分としては、こういう議論を支持したい気持ちでいっぱいだ。
 これから、「復興」政策に翼賛して「食べて応援」した馬鹿どもが、医療保険制度を圧迫していくのだ。防護活動に協力しない者や、敵対した者、防護活動を馬鹿にした者たちが、病床の一画を占領していく。その負担はわれわれ防護派にもかかってくるのである。そんなとき、「医療資源には限りがあるので、児童と若年女性を優先し、老年科医療は抑制します」という主張が出てきたら、私もそれに乗ってしまうかもしれない。
 疾患に苦しむ被曝者にたいして、「自業自得」とか「自己責任」とかいう言葉は言わない。言わないが、心の奥底では、軽蔑している。直接対面したときにはまず、彼がきちんと防護したのかしなかったのか、不可抗力の部分とそうでない部分を、問いただすだろう。誰もが医療サービスを受ける権利がある、と、口では言う。しかし本心からそう思っているわけではない。放射線防護に取り組んだ人々は、その程度がどうであれ、社会の一員だと信じる。しかし放射線防護活動に敵対した者は、お荷物である。そんなやつらは医療保険制度から除外してよいのではないか。そんな気分だ。


 ここではあえてわかりやすく書いたが、現実の福島は、もっと隠微なやり方で、なしくずしにトリアージを進行させていく。

 福島赤十字病院の泌尿器科が週に一度しか診察できなかったとしても、誰も気に留めることもしなくなる。福島は汚染地域なのだから、医者がいないのは当然でしょ、と。そうして汚染地域の医療機関は徐々に機能をとめ、被曝者の被害の実態が書類の表面から消されていく。人々の暗黙の支持を得ながら。

2014年4月2日水曜日

たちよみ『閾値仮説のなにが問題か』


たまにはブログを更新しないといけないので、たちよみ資料を公開します。

これから紹介するのは、20133月に発売された『被曝社会年報』に寄せた文章です。
『受忍・否認・錯覚 ――閾値仮説のなにが問題か』と題して、政府が強弁している閾(しきい)値仮説が、日本社会にどのような混乱と恐怖を与えているかを分析しました。
今回も一部分だけの「たちよみ」です。
全文を読みたい方は、本を買ってください。

以下、本文です。



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受忍・否認・錯覚 ――閾値仮説のなにが問題か
矢部史郎


はじめに

 東京電力・福島第一原子力発電所の事故は、IAEA(国際原子力委員会)の事故レベル評価で「レベル7」という大惨事となった。福島第一原発から放出された放射性物質は、東北地方のみならず関東平野全域に降り注ぎ、約四千万人の人口を包み込んだ。地表に落ちた放射性物質は回収されず、現在も東北・関東地域の住民は放射能汚染にさらされている。
 放射能拡散後に多くの人々にとって脅威となるのは、いわゆる「低線量被曝」の問題である。
 ICRP(国際放射線防護委員会)が勧告する一般人の被曝許容線量は、年間1ミリシーベルト、自然放射線を年間1ミリシーベルトとして、あわせて年間2ミリシーベルトである。この勧告の根拠となっているのは、「低線量被曝」の健康影響について示された、いわゆる「閾値なし直線モデル」である。ICRPは放射線による健康被害の「閾値」はないとして、どんなわずかな線量でも健康被害の恐れがあるとしている。
 日本政府はICRPの勧告に反して、一般人の被曝許容線量を20ミリシーベルトから100ミリシーベルトまで引き上げている。また、放射性物質を含んだ汚染食品を1キロあたり100ベクレル未満であれば流通させるとしている。放射性物質を含んだ焼却灰については、1キロあたり8000ベクレル未満であれば通常の処分方法をとることを許可している。法的には回収し密封しなければならない汚染物質について、放置し、食品や物品にのせて拡散させてしまっているのである。
日本政府のこうした政策を後押ししているのは、「低線量被曝」にたいする過小評価である。ICRPの「閾値なし直線モデル」に反して、日本政府は「閾値」があるだろうという立場にたってしまっているのである。
 問題を困難にしているのは、「閾値」という発想が、政府だけでなく市民にとっても受け入れられやすいものであるということである。放射性物質を大量に取り込むのは問題だが、微量であれば健康被害はないだろう、という発想だ。
 事故が起きる以前、政府と原子力技術者たちは、原子力発電所が事故を起こす可能性は地上に隕石が落ちてくる可能性ほど低い、と繰り返してきた。そしてそれは広く市民にも信じられてきた。これは現在では「原発の安全神話」と名指しされ、原子力問題の核心として認識されている。福島第一原発の爆発によって、原発の安全神話は崩壊した。しかし「安全神話」が完全に息絶えたわけではない。福島第一原発からの放射能拡散という事態を前に、政府と技術者たちは「放射能の安全神話」にとりつかれている。チェルノブイリ事件の顛末を参照しても彼らは動じない。まるで「日本の放射能は安全です」とでも言うかのような対応である。1986年、チェルノブイリ原発が炎上した直後、彼らは言ったのだ。「日本の原発はソ連の原発とは違うのだ」「日本の原発は安全です」と。今回もまたその過ちを繰り返すことになるだろう。問題の領域が工学から医学へと変わっただけである。おびただしい被曝と流血のなかで、日本の放射能は安全か否かが議論されることになるのだ。
本稿では、放射能の安全神話がひろく一般に流布され市民に受容されていく過程を念頭におき、「閾値仮説」を批判的に検討する。
まず技術的な観点から、「閾値仮説」のなにが間違いであるかを明らかにする。
つぎに、この仮説が表現するモデルが人々に与える錯視と心理的効果を明らかにする。
最後に、放射能の安全神話を支えるイデオロギーの問題に言及する。


技術的問題
 人体の被曝経路はおおまかに二つの経路が考えられている。外部被曝と内部被曝である。
外部被曝は、体外にある放射線源から放射線を浴びせられた被曝である。
内部被曝は、体内に取り込まれた放射線源が体内で崩壊し、人体が内部から撃ち抜かれる被曝である。
 「閾値」をめぐる論争とは、低線量被曝をどのように評価するかという論争であり、その根幹は、内部被曝をどのように評価するかという問題である。
 ICRPの提示した「閾値なし直線モデル」は、どれだけ低線量であっても、健康影響があるとするものである。このモデルが前提とするのは、内部被曝の影響の有無を証明するデータはないという事実である。内部被曝の調査をしたデータは過去にないし、おそらく将来的にもデータをとることはできないだろう。内部被曝に対する人体の耐性は証明されていない。だから、人々の抱く素朴な閾値感覚は、退けなければならないということだ。
 これに対して、閾値仮説を唱える学派は、これまでの実験と疫学統計によって「閾値」が証明されていると主張している。例えば、中央電力研究所は100ミリシーベルト未満の線量域では健康影響はないとしている。なぜ彼らがこのような主張をできるかというと、内部被曝を無視しているからである。
 閾値派が根拠としている疫学統計は、主要には広島・長崎の被爆者から得られたものである。問題になるのは、この「統計」にどれだけの信憑性があるかということだ。
まず根本的な問題として、どのようにして被曝線量を評価したのかという問題がある。これが統計であるからには、対象となる個々人の被曝線量を定めているはずである。ある人の被曝線量は〇ミリシーベルトであったと記録する。だが、どのようにしてそれを測定したのか。どのような方法で、どのような機材を利用して、被曝線量を定めることができたのか。
 内部被曝がおきる環境は、管理された空間内で放射線源を操作しているのとはまったく違う環境である。どのような経路でどれだけの量の核種が移動・蓄積し人体にとりこまれたのかは、容易には把握しがたい。したがって、ある人が被曝したか否かを知ることすら容易ではない。また、被曝したことがわかったとして、その人の被曝線量がどれだけであるかを測定するのは非常に困難である。
測定の困難さは二点ある。
問題の第一は、放射性物質は消える物質であるということだ。
大気中に放出される放射性核種は複数ある。ウラン、プルトニウム、セシウム、ストロンチウム、イットリウム、トリチウム、ヨウ素、キセノン、銀、等々、書きだせばきりがないほど多様である。それぞれの核種によって崩壊する寿命は違う。プルトニウム239は半減期二万四千年と長寿命だが、ヨウ素131は半減期8日と比較的短命である。ヨウ素131は8日間のうちに半分が崩壊し、次の8日間で四分の一が崩壊し、次の8日間で8分の一が崩壊する。そうして2カ月後には、取りこんだ量の256分の一まで減少していく。ある人がヨウ素131をどれだけ取り込んだかを知るためには、ヨウ素131が崩壊しきってしまう前に調べなければならない。しかしそのような調査を大規模に実施することは実際には不可能である。だから、ヨウ素131のような短命な核種による被曝線量は、推定される拡散量と、人々の行動記録から、どれだけ摂取したかを推測するという以外に方法がない。
 問題の第二は、放射性物質のなかには、測定できない核種が含まれているということだ。体内に存在する核種をもれなく測定する方法がないのである。
現在は、体内にとりこまれた放射性物質を知るために、尿検査かホールボディカウンタが利用されている。いずれの方法も核種の全てを調べることはできない。
尿検査は、尿に排出された核種の量から体内の核種の量を調べる方法だが、これは、肺に取り込まれた核種については充分にわからない。また、ストロンチウム(89Sr,90Sr)という核種は骨に取り込まれてしまい体外に排出されないため、尿検査でこの量を知ることはできない。
ホールボディカウンタは、人体をまるごとシンチレーションカウンタで測定するものだが、これはγ線を放出する核種についてしかわからない。ストロンチウムはβ線しか放出しないので、γ線の検出器(ホールボディカウンタ)では把握することができない。仮に、ガイガーミュラー計数器のようなβ線の測定器を体にあてたとしても、体内で放出されたβ線は人体に吸収されて遮蔽されてしまうから、人体の外部からその量を知ることはできない。現在利用されている測定方法と測定機材では、体内に入ってしまったストロンチウムを測ることはできないのである。だから、ストロンチウムの摂取量については、セシウムなど他の核種の量から推測する以外に方法がないのである。
 現在の測定技術では人体内部の放射性核種を知ることは困難で、ヨウ素131とストロンチウムという代表的な二つの核種に限定しても、それを知る方法は推量しかないのである。科学的データの厳密さを要求するならば、これは「あて推量」と言ってもさしつかえないレベルである。これは、「閾値」という定量的議論を試みるうえでは、はなはだ心許ない「データ」である。閾値仮説は、「データ」を示すことで自らの主張を科学的に見せるように粉飾しているが、実はその根拠とする「データ」なるものがそもそも実体を伴わない机上の空論なのである。
 問題をまた別の角度から概観すれば、広島・長崎の被爆者から得られた「疫学統計」というものは、科学的にみて非常に疑わしいものだ。原爆の被爆者を調査したABCC(原爆傷害調査委員会)は、当時から現在に至るまで一貫して、「残留放射能(放射性物質)は存在しない」と主張してきた。この見解が当時の政策によるものであったのか、それとも科学者たちの無能によるものであったのかは、ここでは措く。いずれの理由にかかわらず、広島と長崎では内部被曝の調査研究は実施されなかったのだから、当時の疫学統計なるものを現在の議論に適用することはできないのである。

以上の技術的問題に加えて、医学的観点から、線量評価という方法そのものの信憑性も問われてしかるべきである。現在は放射線量を単純に積算した値をもって「低線量」とか「高線量」とみなしているが、そうしたアプローチが人体への影響を考えるうえで充分なものかどうかを検討しなければならない。
一般的に言って人体というものは、量よりもバランスに、そしてリズムに支配されがちである。例えば、摂食や睡眠において重視されるのは、量である以上にバランスであり、そのリズムである。人々が健康状態を「体調」と呼び、その異変を「調子が悪い」とか「変調」とか呼ぶのは、人体をある種の旋律(調べ)とみなしているからだ。このありふれた表現は、医学の土台となる観点を含んでいる。
人体の「調子」はさまざまな要素で構成されていて、その要素をどれだけ多く数え上げることができるかが医療活動の要である。人体は何によってあるのか。量か質か、空間的にか時間的にか、濃度、頻度、構造を構造化するしくみ、流れ、等々。医療従事者は人体の複雑さに対面しながら、音楽家のような繊細さ(そして鷹揚さ)を要求される。こうした観点にたつとき、人体と被曝線量をめぐる議論は、問題を充分に捉えていないように思われる。
人体の細胞のいくつかが放射線によって破壊されたとする。このことを、建物を構成するレンガブロックのいくつかが破壊されたと考えるのか、それとも、ピアノの鍵盤のいくつかが破壊されたと考えるのか。人体を建造物のように考えるか、旋律を奏でる楽器のように考えるか、あるいはもっとラディカルな視点をとって、人体を旋律そのものとして捉えるのか。そうした観点のとりかたしだいで影響評価の方法は大きく変わってくるだろう。人体の旋律的性格を重視するならば、「被曝線量」という量的議論だけを絶対視したり自明視したりするのは危険である。それは奥ゆきをもつ人体の表面を眺めているにすぎないのである。
人体をどのようなものとして考えるかという問題はここでは措くとして、話を戻そう。
問題が被曝線量の多寡であるとして、それらを定量する方法がないということを確認しておきたい。すべては推量であると考えてよい。福島第一原発がどれだけの量のヨウ素を放出し、キセノンを放出し、ストロンチウムを放出したかは確定されていない。東京電力が発表する推定と、いくつかの事故調査委員会の推定と、WHOの推定が、大きく食い違っているというのが現実である。二〇一一年三月の下旬に横浜市の公園で砂遊びをしたある児童がどれだけ被曝したかは、誰にもわからない。それは「低線量だからわからない」のではない。それを調べる方法がないのである。




暗示と錯覚 (省略)


暗示される恐怖 (省略)


受忍と否認 (省略)


想像される「社会の不全」 (省略)




閾値のイデオロギー
 これまで、閾値仮説が錯覚・暗示・脅迫によって現実を見えなくさせることを述べた。ではこの錯覚を覆すためには何が必要なのか。
被曝というものをわずかでも受忍しないことである。被曝を受忍するような社会とは縁を切ることだ。
 被曝を受忍する社会とは、被曝を受忍させる社会である。汚染地域の住民が社会を護持するために被曝を受忍するとき、それは現実には自分以外の誰かに被曝作業を強いることで社会を護持するということである。おそらく福島県は今後も「復興」を諦めないだろうが、福島県政が「復興」を試みるあいだ、その関連事業は多くの人間の生き血を要求する。復興事業に関わる作業者は確実に被曝する。彼らの被曝被害は「社会的」に受忍/否認され、この「社会」は人間を生贄にしたことすら忘れてしまうだろう。
 問題はずっと以前から原発労働者によって告発されてきたことである。原子力のある社会とは、人間の生き血を要求しつつ、そのことに無関心であり続けてきた「社会」である。閾値仮説の曲線が閾値未満の線量においても被害を想定しているということを、それが何を意味するものであるかを、我々はいま熟考するべきなのである。原子力産業は神話によって人々を説き伏せ、人間を生贄にすることを正当化してきた産業である。そして原子力のある社会とは、生贄の存在を知りながらそれに目をつぶることで成立してきた「社会」なのである。
 今回の原発事故によって、「原子力の安全神話は崩壊した」と言われている。私はそうは思わない。神話の問題は、彼らの主張する原子炉の安全性が虚偽であったということをもって決着するものではない。それは問題の表面をなぞっているにすぎない。問題の根本は、原子力政策が、たとえ少数であれ人間を犠牲にすることを正当化し、それを受忍させてきたということにある。人権を謳う「民主的」政府が、人権を蹂躙する反民主主義を内包し、それを政策として公然と貫いてきたことにある。
被曝労働者の人権を侵してきた「閾値」の神話は、いま社会の全領域に適用され、胎児や乳児までが受忍を要求される事態を生んでいる。放射能の安全神話は崩壊するどころかむしろ拡大していると言える。そうして我々はこれまで被曝労働者の被害に目をつぶってきたのと同じやり方で、目をつぶるのだ。我々は無関心を装うのだ。なんのために? 社会の護持のために。「復興」と「日本再生」のために。
 我々はここで踏みとどまって考えるべきである。問題を再構成してみよう。ある「少数」の被曝被害について受忍する/させる社会とは、いったいどのような社会なのか、と。
閾値仮説が教えるのは、彼らが閾値に満たない「低線量」の場合でも被害を想定しているということだ。そうしてこの受忍/否認の要求のなかで、「個体差」という魔法の言葉が与えられる。ここで我々は少し安心する。私は乳児ではない。私は妊婦ではない。私は人工透析患者ではない。私は甲状腺を患ったことがない。私は酸素吸入器に頼っていない。「個体差」という言葉は、自分は健康で標準的であると考える人々に気休めを与える。そうした見通しが裏切られて激しい自覚症状があらわれる直前まで、彼は自分の身体の健全さを信じるだろう。彼は自分の身体が「標準的」で「健全」であろうと想像することで、自分が被害者の一部になるかもしれないという恐れから解放され、隣人の被害を容認するのである。
これはすでに社会の体をなしていないのである。ひとりひとりの人間の内部から、社会という理念が放逐されてしまうことになる。
いま我々が何にさらされているのかと言えば、それはたんに放射線にさらされているというだけではない。これまで不充分ながらも築き上げられてきた理念の崩壊にさらされているのである。社会、民主主義、科学、それらを支える人文主義(ヒューマニズム)という理念が、根底から廃棄されようとしている。
そんな崇高な理念などもともと存在しなかったのだ、と言うこともできる。
そうかもしれない。
しかしそんな一見シニカルな反論も、被曝しながら言ったのでは滑稽だ。むしろそのシニシズムを反転させ、こう言ってもいいはずだ。
「日本再生」など俺の知ったことか、と。できもしない「復興」政策に協力する義理はない、と。
我々が被曝を受忍したところで、そこから生まれるものなどなにもない。それはこの腐敗した社会をますます腐敗させるだけなのである。



2014年3月20日木曜日

東京都知事選後のあれこれ



 先月行われた東京都知事選挙では、統一候補をめぐる内部論争と綱引きがあって、良い意味でも悪い意味でも「反原発運動」の分解を促しているようだ。
 京都の友人が、この間の動向を分析し、文章にしている。


 この論文では、まず日本共産党の現在の行動綱領から分析を始めているのだが、最後まで読めばわかるように、問題にされているのは共産党の動き方だけではない。共産党も、共産党に批判的な人々も、どちらも串刺しにして「反原発運動」全体を批判している。
 この論文の細部についてここでは論評しない。このブログは、もうちょっとかっこいい題材を書くための場所なので、高齢者と素人がくんずほぐれつやっている生臭い政治について書くつもりはない。

 私がおもしろいと思うのは、こうした政治分析が東京からではなく、京都から発信されているということだ。
 東京からの頭脳流出が、さまざまな領域で進行中であることを、感じてもらえたらいいと思う。