2022年5月28日土曜日

ジジェクのエッセイを読んだので、コメント

 

雑誌「世界」臨時増刊号に掲載されたジジェクのエッセイ「ウクライナと第三次世界大戦」を読んだ。

どうもすっきりしない。奥歯にものが挟まっているのか、状況がクリアーに見えていないのか。まあ、なんでもかんでもジジェク先生に聞けばいいというわけでもないのだが。

 

 このエッセイの欠点は、アメリカ政府の新しい外交・戦争戦略に触れていないことだ。アメリカ政府の新しい戦略は、自国の兵を動かさず、武器供与をするだけで、小国に戦争をやらせるという方法だ。アメリカがNATOを巻き込んでウクライナ政府にやらせている戦争は、こういうものだ。外交交渉に尽力するのでもなく、自らの手を汚すのでもなく、小国の右翼政権をそそのかして、見込みのない戦争をやらせる。まるで、映画『アウトレイジ』に登場する悪人たちのやり方だ。

 

 これは日本にいる私たちにとっても他人事ではない。

 沖縄県の南西諸島(与論島・石垣島・宮古島)に配備された対艦ミサイル基地は、中国海軍への攻撃を想定したものだが、この運用主体は米軍ではなく、自衛隊である。米軍は、日本列島から沖縄・八重山諸島までを、「第一列島線」として、対中国戦争の前線に想定している。この戦略の肝は、有事の際、米軍は兵を退くということだ。米軍はグアムまで兵を退き、戦闘を担うのはもっぱら自衛隊である。アメリカ政府は、自衛隊の後方から兵器と弾薬を供与するのみである。戦争の外部化、アウトソーシングだ。

 いまウクライナ戦争では、アメリカの対ロシア戦略の新しい方法が試みられている。この方法は、アメリカの対中国戦略に援用される可能性が高い。アメリカは中国と直接に事を構えることをしたくないが、日本の右翼政権のケツをかいてやれば、自ら喜んで対中戦争をやってくれるかもしれない。そうなれば、在日米軍は安全な後方に退き、高価な弾薬をたっぷりと売りつければいい。そして、アメリカと「価値観を共有する」国々に呼びかけて、この戦争を正当化するためのキャンペーンを繰り広げるのだ。「中国は危険な専制国家だ」「中国は強欲な覇権主義だ」と。自分は表に立たず、小国の政治家の鼻先に人参をぶらさげて、戦争を代行させる。卑劣なやり方だ。

 

 

 ジジェクはエッセイの結論で、ウクライナ戦争について、第三世界の人々に聞いてみたらどうか、と問うている。この間、ずっと沈黙している第三世界の諸国に、意見を聞いてみてはどうかと。この戦争報道で繰りかえされている「価値観を共有する西側世界」なるもの、その「価値観」なるものが、第三世界の人々に理解されるのか。それは第三世界の人々を説得できる内容をもっているのか。西欧世界はもういちど自問するべきだ、と。

 まあ、大知識人らしい、上品な結論だ。

 私はジジェクのように上品ではないので、はっきり言うが、アメリカ政府の卑劣な戦争戦略を成就させないために、ロシア軍に勝利してほしいと願っている。表立っては言っていない。ただ内心では、ウクライナは早く負けろと願っている。ウクライナ軍の勝利は、アメリカの戦争戦略に成功例を与えてしまうということになるのだから、これは世界中の国々にとって重大な脅威となる。ロシアの脅威よりも、アメリカの脅威の方が、はるかに大きい。ロシアの覇権主義を云々するよりも、アメリカの際限のない覇権主義の方が、我々には優先的な課題だ。