2012年1月1日日曜日

日本紅白歌合戦

毎年恒例になっている紅白歌合戦という番組を、久々に観た。

 以前からそうだったのかもしれないが、ずいぶんグループが多いなあという印象をもった。グループと言ってもバンドスタイルではなくて、歌って踊る人がたくさん並んでいるという形態。これはなんというのか、ホストクラブやキャバクラのショーみたいな賑やかさがある一方で、水商売のもつ刹那的な雰囲気も醸し出されてしまう。かつて流行したバンドというスタイルが、かけがえのないメンバーシップを演出するのに対して、EXILEとかAKB48とかK-POPというのは、まあ使い捨て感が強い。この形態、メンバーがむやみに多いから、いつ誰が欠けても気がつかない。一度に3人ぐらい放射線障害でダウンしても、ちょっと残念なお知らせをしただけであとは問題なく興行が成立してしまう。すげーなこれは。若者がばんばん使い捨てられる時代の、ある種海賊的な心性にマッチしているということか。

 まあそれはいいとして、問題は長淵剛だ。
 長淵剛には何も期待しないしただのバカということで話題にしないのが我々インテリの作法なのだが、今回の紅白歌合戦では意表を突かれた。
 この歌合戦の基調は一言で言えば「3・11」を想起することであり、「故郷再生」を願うことだった。故郷再生に希望を託すということであるからには、放射性物質の大規模大量拡散問題にはぜったいに触れないというのが暗黙のお約束だったのだが、唯一、長淵剛だけは違った。彼は、福島第一原発の事故と、放射能汚染によって家に帰ることができなくなった人々について語った。「3・11」の経験に対して「3・12」の経験を突きつけ、「故郷」への共感ではなく「難民」への共感を示したのだ。
 これはアゴが外れるほど驚いた。痛快だった。
 長淵剛、GJだ。

http://www.avaaz.org/jp/save_the_fukushima_children_1/?tta