対談原稿がもう公開。野田さんたち、仕事はやいな。すごいな。
http://www.dommune.com/ele-king/news/001617/
2011年2月26日土曜日
2011年2月22日火曜日
OTOさんと対談
「eke-king」の企画で、OTOさんというミュージシャンと対談をした。OTOさんは昔「じゃがたら」というバンドでギターをやっていた人。「じゃがたら」は若いころ好きでよく聴いていたので、「うひょー」って感じで収録場所に行った。
OTOさんと話したのは、管内閣が進めようとしているTPP(環太平洋パートナーシップ協定)について。彼はTPPについて2時間ぶっとおしで話し続けた。とにかく怒っている。いろんな人に広めてほしいので太字で書くが、
OTOは、TPPに怒っている。
「日本がTPPに加わったら、もう終わりだ」と。
詳しい内容は後日「ele-king」に掲載される対談を読んでもらうとして、結論としては、OTOはTPP反対のために動くということだ。私も協力を約束した。
TPPに問題を感じているアーティスト・音楽関係者は、ele-kingまたは矢部まで連絡をください。
おまけ(じゃがたら)
OTOさんと話したのは、管内閣が進めようとしているTPP(環太平洋パートナーシップ協定)について。彼はTPPについて2時間ぶっとおしで話し続けた。とにかく怒っている。いろんな人に広めてほしいので太字で書くが、
OTOは、TPPに怒っている。
「日本がTPPに加わったら、もう終わりだ」と。
詳しい内容は後日「ele-king」に掲載される対談を読んでもらうとして、結論としては、OTOはTPP反対のために動くということだ。私も協力を約束した。
TPPに問題を感じているアーティスト・音楽関係者は、ele-kingまたは矢部まで連絡をください。
おまけ(じゃがたら)
2011年2月21日月曜日
グリゼットの一周年パーティー
今週末の25日(金)26日(土)、新宿のバー『グリゼット』が、開店一周年パーティーをやる。
グリゼット
『グリゼット』は、私が昔やっていたバー『じゃこばん』が廃業した後に、店舗を改装して始まったお店。二階の部屋をギャラリーにしているので、アーティストやキュレーター関係のお客さんが多い。昔の『じゃこばん』のお客さんも立ち寄るので、「頭のネジの切れた現代美術家+頭のネジの切れた左翼が飲んでいる店」になっている。年齢層は30〜40代が多く、気が楽なので、私も週に一度は行くようにしている。
店名の『グリゼット』というのは、19世紀市民革命の前夜にパリに登場したお針子さんのこと。グレーの亜麻の服を着た女たちという意味らしい。彼女たちは縫製の仕事で自立した女性たちで、元祖「職業婦人」である。身分は低くけっして裕福ではないが、自分の稼いだカネで自由に遊んだりしていたので、元祖「自由恋愛主義者」ともいえる。フランスの辞書には「おきゃんな娘」とある。「ギャル」の原型なのかもしれない。かつてアナキストやマルクス主義者は、右翼から「貞操観念を持たず家族を破壊する乱交エロ集団」よばわりをされたのだが、そういう道徳的な攻撃がなされたのは、おそらく当時の社会のなかでグリゼットのような「新しい女たち」が無視できないほどに成長していたからだろう。私は海賊研究者なのであんまり知ったかぶりはできないが、女性史や「魔女研究」の分野では「グリゼット」はとても重要な人たちなんだと思う。
詳しいことは、『娼婦の肖像ーロマン主義的クルチザンヌの系譜』(村田京子著、新評論)を読んでください。と、店主が言っていた。
で、能書きはともかく、今週末は花束を買って『グリゼット』に集合。海賊研究者も、たまには粋なことしなくちゃなだ。
おまけ(フランス映画)
グリゼット
『グリゼット』は、私が昔やっていたバー『じゃこばん』が廃業した後に、店舗を改装して始まったお店。二階の部屋をギャラリーにしているので、アーティストやキュレーター関係のお客さんが多い。昔の『じゃこばん』のお客さんも立ち寄るので、「頭のネジの切れた現代美術家+頭のネジの切れた左翼が飲んでいる店」になっている。年齢層は30〜40代が多く、気が楽なので、私も週に一度は行くようにしている。
店名の『グリゼット』というのは、19世紀市民革命の前夜にパリに登場したお針子さんのこと。グレーの亜麻の服を着た女たちという意味らしい。彼女たちは縫製の仕事で自立した女性たちで、元祖「職業婦人」である。身分は低くけっして裕福ではないが、自分の稼いだカネで自由に遊んだりしていたので、元祖「自由恋愛主義者」ともいえる。フランスの辞書には「おきゃんな娘」とある。「ギャル」の原型なのかもしれない。かつてアナキストやマルクス主義者は、右翼から「貞操観念を持たず家族を破壊する乱交エロ集団」よばわりをされたのだが、そういう道徳的な攻撃がなされたのは、おそらく当時の社会のなかでグリゼットのような「新しい女たち」が無視できないほどに成長していたからだろう。私は海賊研究者なのであんまり知ったかぶりはできないが、女性史や「魔女研究」の分野では「グリゼット」はとても重要な人たちなんだと思う。
詳しいことは、『娼婦の肖像ーロマン主義的クルチザンヌの系譜』(村田京子著、新評論)を読んでください。と、店主が言っていた。
で、能書きはともかく、今週末は花束を買って『グリゼット』に集合。海賊研究者も、たまには粋なことしなくちゃなだ。
おまけ(フランス映画)
2011年2月17日木曜日
茶室とクローゼット
茶室(数寄屋造)の様式を完成させたのは安土桃山時代の茶人・千利休であるが、その特徴は極端に狭いつくりである。広さは二畳から四畳半、狭いものでは一畳というものもあるらしい。部屋の入り口も、なんだこりゃというぐらい低くて狭い。よく考えてみれば変な建物だ。近代(近世)の初期、日本の茶人はなぜこんな狭苦しい建物をつくったのだろうか。
ありそうな説明として思い当たるのは、「密談のための部屋」である。たしかにそうだ。大人が三人も入ればもういっぱいという部屋は、武将や有力商人が密談するために使われたと考えられる。
ただ、ここで言う密談は、現代の我々が考える密談とはちょっと違うような気がする。現代人が本当に秘密を保持したいとき、ああいう狭い部屋に籠って話すだろうか。私はかつて洞爺湖サミットの反対運動の準備に関わっていたとき、本当に警察に聞かれてはヤバい話をするために呼び出されたが(そのヤバい計画はその場で断ったが)、このときの話し合いは、先方の指定にしたがって大きな公園の原っぱでやった。周りに人がいない、人が近づいて来てもすぐにわかる、見晴らしの良い原っぱの中心で、普段よりも声を落として話した。
安土・桃山時代でもそのへんの事情は変わらないはずだ。当時は忍者が活躍した時代でもあって「壁に耳あり障子に目あり」だ。密談をするのならむしろ建物を避けて、馬に乗って野駈けにいくとか、あるいは小舟に乗ってちょっと沖に出るとかして、広い空間に身を置いた方がいいだろう。だから、もし本当に秘密を保持したい「密談」であれば、茶室のような建物はちょっと違うのではないかと思うのだ。
これは私の推測だが、茶人たちが求めた「密談」というのは、人の出入りの多い書院造り(座敷)と比較して、相対的にプライバシーが確保されるという意味での「密談」なのではないか。この時代の武将は、下っ端ならともかく偉くなっちゃったら、つねに従者を侍らせていて一人になる機会が少ない。地位が高くなれば誰かと一対一で話すという機会はほとんどないし、組織としても許されなかっただろう。おそらく茶室という極端に狭い空間は、野駈けや舟遊びでは得られない、少数のプライベートな交わりを実現するためにあったのだろうと想像できる。
日本の茶室から約一世紀ほど先行して、イギリスではクローゼットが生まれていた。クローゼットは現在では衣類棚や押し入れという意味だが、当時は私室であった。クローゼットは住宅の最も奥に作られ、女中はもちろん家族すらも入れない、家長だけの完全な個室として使用された。ここで一人になって休んだり、本を読んだり、手紙を書いたりしたのだ。フランスではイギリスより少し遅れて、キャビネが生まれる。キャビネも現在では戸棚という意味だが、当時は家長のための私室として作られた。
16世紀には、英仏の上流階級では私室をもつことが普通になった。つまりプライバシーという感覚が共有され、プライベートな空間が実現していったのだ。これに少し遅れて、日本では茶室(数寄屋造)が生まれたわけだ。
さて、なんでいまこんな文章を書いているかというと、たまたまいま読んでいる時代小説に茶室が出てきたから。白石一郎の小説『海将』を読んでいたら、小西行長が茶室で喋っていた。
ただそれだけ。オチはない。
おまけ
追記
現在の日本では個室付きの住宅が珍しくなくなったが、そうした場合でも個室は子供部屋などに限定される。ほとんどの人(成人)は個室をもたず、かわりに自家用車やネットカフェや個人旅行で代用している。
いま排外主義右翼の中高年や関西人が頭の悪さをさらけだしている件で言えば、私は彼らの知能が残念なのはもっぱら教育機会の問題だと考えていたのだが、もしかしたら彼らは個室で過ごした経験がないのかもしれない。喧噪を離れて、つまり環境を離れて、一人で想い考えるという経験がだ。これは教育問題である以前に、住宅問題だったりして。と、いま思った。この場合「ネットにかじりつく人間=ひきこもり」という図式はあてはまらなくて、むしろ、彼らは充分にひきこもったことがないのかもしれない。あの動物のような、内省のなさ。とくに関西右翼に顕著。彼ら、内省って感覚、知ってるかな。疎外とか内省とかと無縁な、ひょっとして500年前の下層階級の生活世界がそのまま現代にも持ち越されているのだとして、その表出もまたデモクラシーのひとつなのかもしれないが、いやいや惨めな話だ。うんざりだ。
ありそうな説明として思い当たるのは、「密談のための部屋」である。たしかにそうだ。大人が三人も入ればもういっぱいという部屋は、武将や有力商人が密談するために使われたと考えられる。
ただ、ここで言う密談は、現代の我々が考える密談とはちょっと違うような気がする。現代人が本当に秘密を保持したいとき、ああいう狭い部屋に籠って話すだろうか。私はかつて洞爺湖サミットの反対運動の準備に関わっていたとき、本当に警察に聞かれてはヤバい話をするために呼び出されたが(そのヤバい計画はその場で断ったが)、このときの話し合いは、先方の指定にしたがって大きな公園の原っぱでやった。周りに人がいない、人が近づいて来てもすぐにわかる、見晴らしの良い原っぱの中心で、普段よりも声を落として話した。
安土・桃山時代でもそのへんの事情は変わらないはずだ。当時は忍者が活躍した時代でもあって「壁に耳あり障子に目あり」だ。密談をするのならむしろ建物を避けて、馬に乗って野駈けにいくとか、あるいは小舟に乗ってちょっと沖に出るとかして、広い空間に身を置いた方がいいだろう。だから、もし本当に秘密を保持したい「密談」であれば、茶室のような建物はちょっと違うのではないかと思うのだ。
これは私の推測だが、茶人たちが求めた「密談」というのは、人の出入りの多い書院造り(座敷)と比較して、相対的にプライバシーが確保されるという意味での「密談」なのではないか。この時代の武将は、下っ端ならともかく偉くなっちゃったら、つねに従者を侍らせていて一人になる機会が少ない。地位が高くなれば誰かと一対一で話すという機会はほとんどないし、組織としても許されなかっただろう。おそらく茶室という極端に狭い空間は、野駈けや舟遊びでは得られない、少数のプライベートな交わりを実現するためにあったのだろうと想像できる。
日本の茶室から約一世紀ほど先行して、イギリスではクローゼットが生まれていた。クローゼットは現在では衣類棚や押し入れという意味だが、当時は私室であった。クローゼットは住宅の最も奥に作られ、女中はもちろん家族すらも入れない、家長だけの完全な個室として使用された。ここで一人になって休んだり、本を読んだり、手紙を書いたりしたのだ。フランスではイギリスより少し遅れて、キャビネが生まれる。キャビネも現在では戸棚という意味だが、当時は家長のための私室として作られた。
16世紀には、英仏の上流階級では私室をもつことが普通になった。つまりプライバシーという感覚が共有され、プライベートな空間が実現していったのだ。これに少し遅れて、日本では茶室(数寄屋造)が生まれたわけだ。
さて、なんでいまこんな文章を書いているかというと、たまたまいま読んでいる時代小説に茶室が出てきたから。白石一郎の小説『海将』を読んでいたら、小西行長が茶室で喋っていた。
ただそれだけ。オチはない。
おまけ
追記
現在の日本では個室付きの住宅が珍しくなくなったが、そうした場合でも個室は子供部屋などに限定される。ほとんどの人(成人)は個室をもたず、かわりに自家用車やネットカフェや個人旅行で代用している。
いま排外主義右翼の中高年や関西人が頭の悪さをさらけだしている件で言えば、私は彼らの知能が残念なのはもっぱら教育機会の問題だと考えていたのだが、もしかしたら彼らは個室で過ごした経験がないのかもしれない。喧噪を離れて、つまり環境を離れて、一人で想い考えるという経験がだ。これは教育問題である以前に、住宅問題だったりして。と、いま思った。この場合「ネットにかじりつく人間=ひきこもり」という図式はあてはまらなくて、むしろ、彼らは充分にひきこもったことがないのかもしれない。あの動物のような、内省のなさ。とくに関西右翼に顕著。彼ら、内省って感覚、知ってるかな。疎外とか内省とかと無縁な、ひょっとして500年前の下層階級の生活世界がそのまま現代にも持ち越されているのだとして、その表出もまたデモクラシーのひとつなのかもしれないが、いやいや惨めな話だ。うんざりだ。
2011年2月16日水曜日
チュニジアについて
チュニジアの国家転覆について。
路上での物売りを警察に規制されたことに怒り、焼身自殺をした若者がいる。彼の行動はインターネットメディアを通じて多くの人の知るところとなり、大規模なデモ・暴動をひき起した。また、チュニジア政府に関する文書がウィキリークスによって暴露されたことで、この動きは加速していった。
注目するべきは、情報を瞬時に大規模に伝えるニューメディアだけではないだろう。おそらく国家転覆を可能にした力の源泉は、情報に文脈を与える知性である。高い大学進学率と第三次産業が整備する「一般知性」(言語能力とニューメディア)だけでは、暴動には発展しない。そこにもうひとつ、文脈を構成し精神に運動性を与える知性が、いま暴動とともに生みだされている。このことは2005年のフランス暴動の際に書いたのでくどくど繰り返さないが、暴動はひとつの知性である。カネとセックスと道徳の話しかできない阿呆は黙っているしかないのだ。
チュニジア革命? そうかもしれないし、そんなものではすまないのかもしれない。国家転覆を「革命」と呼ぶことが、どこか古びたものになりつつあると感じられる動きだ。
路上での物売りを警察に規制されたことに怒り、焼身自殺をした若者がいる。彼の行動はインターネットメディアを通じて多くの人の知るところとなり、大規模なデモ・暴動をひき起した。また、チュニジア政府に関する文書がウィキリークスによって暴露されたことで、この動きは加速していった。
注目するべきは、情報を瞬時に大規模に伝えるニューメディアだけではないだろう。おそらく国家転覆を可能にした力の源泉は、情報に文脈を与える知性である。高い大学進学率と第三次産業が整備する「一般知性」(言語能力とニューメディア)だけでは、暴動には発展しない。そこにもうひとつ、文脈を構成し精神に運動性を与える知性が、いま暴動とともに生みだされている。このことは2005年のフランス暴動の際に書いたのでくどくど繰り返さないが、暴動はひとつの知性である。カネとセックスと道徳の話しかできない阿呆は黙っているしかないのだ。
チュニジア革命? そうかもしれないし、そんなものではすまないのかもしれない。国家転覆を「革命」と呼ぶことが、どこか古びたものになりつつあると感じられる動きだ。
2011年2月14日月曜日
海賊戦隊ゴーカイジャー
第一回放送が始まったが、見逃した。
海賊戦隊ゴーカイジャー
いや、とくに見たいというわけではないのだが。
公式ホームページとYoutubeで、輪郭はだいたいわかった。
おもしろいと思ったポイントは3つ。
1、まず、秘密基地がない。彼らのベースになるのは、ガレオン船様式の宇宙船だ。昔の戦隊ものでは、悪者の拠点が宇宙船だったが(外国の黒船)、このゴーカイジャーでは「悪」も「正義」も宇宙船暮らし。ちなみに、旗はジョリーロジャーでナビゲーターはオウム型ロボットだが、武器のサーベルは青龍刀。やっぱ見た目を考えると、青龍刀だよな。
2、彼らの目的は、地球でのお宝探し。地球侵略を企む宇宙帝国ザンギャックと派手に闘うが、「地球の平和を護る」(防衛する)という動機は薄弱。じゃあ、なんで闘うのか。決め台詞が「派手に行くぜ!」なので、派手に豪快に暴れたいというのが最大の動機か。まあ、戦争機械だな。
3、ゴーカイジャーに変身するだけでなく、ゴレンジャーなど過去の戦隊にも変身する。その数34種類。やりすぎだろ。しかも一度の回で2種類もやっちゃったりする。ゴーカイジャー>>>ゴレンジャー>>>シンケンジャー>>>ゴーカイジャーというふうに。戦隊のサンプリングというか著作権侵害というか、文字通り海賊版なんですね。
ゴーカイジャーの構成は男3人に女2人(ピンクと黄色が女)なのだが、古い戦隊ものは男4人に女1人というものが多い。古い戦隊に変身しちゃったとき、黄色い人はなんなの? あとサンバルカンのような3人戦隊になったら、残りの2人は消えるの? などなどいろんな不安をかきたてる設定。ドゥルーズ/ガタリ的にいえば分裂的(スキゾ的)な主体(ていうか主体じゃない)。「モグラとヘビ」という比喩でいえば、完全にヘビ。
以上、要点をまとめてみたが、昔の「モグラ」「主体」世代の人が見たらデタラメすぎてちょっとひくかもしれない、ぶっこわれた戦隊である。暴れる動機が「暴れたいから」って、それは海賊すぎるだろう。
ポストモダンって、こういうことなのか? よくわからんが、機会があったら見てみようと思う。
追記
船に乗ってさまようという話で言えば、10年ほど前に大ヒットした『MATRIX』がそうだった。地上を機械に征服され「地べたを失った人類」が、船に暮らしながら海賊ラジオのように電波を発信する。この「地べたのない」感覚は、現代都市生活者の共通の前提になっていくのだろう。
海賊戦隊ゴーカイジャー
いや、とくに見たいというわけではないのだが。
公式ホームページとYoutubeで、輪郭はだいたいわかった。
おもしろいと思ったポイントは3つ。
1、まず、秘密基地がない。彼らのベースになるのは、ガレオン船様式の宇宙船だ。昔の戦隊ものでは、悪者の拠点が宇宙船だったが(外国の黒船)、このゴーカイジャーでは「悪」も「正義」も宇宙船暮らし。ちなみに、旗はジョリーロジャーでナビゲーターはオウム型ロボットだが、武器のサーベルは青龍刀。やっぱ見た目を考えると、青龍刀だよな。
2、彼らの目的は、地球でのお宝探し。地球侵略を企む宇宙帝国ザンギャックと派手に闘うが、「地球の平和を護る」(防衛する)という動機は薄弱。じゃあ、なんで闘うのか。決め台詞が「派手に行くぜ!」なので、派手に豪快に暴れたいというのが最大の動機か。まあ、戦争機械だな。
3、ゴーカイジャーに変身するだけでなく、ゴレンジャーなど過去の戦隊にも変身する。その数34種類。やりすぎだろ。しかも一度の回で2種類もやっちゃったりする。ゴーカイジャー>>>ゴレンジャー>>>シンケンジャー>>>ゴーカイジャーというふうに。戦隊のサンプリングというか著作権侵害というか、文字通り海賊版なんですね。
ゴーカイジャーの構成は男3人に女2人(ピンクと黄色が女)なのだが、古い戦隊ものは男4人に女1人というものが多い。古い戦隊に変身しちゃったとき、黄色い人はなんなの? あとサンバルカンのような3人戦隊になったら、残りの2人は消えるの? などなどいろんな不安をかきたてる設定。ドゥルーズ/ガタリ的にいえば分裂的(スキゾ的)な主体(ていうか主体じゃない)。「モグラとヘビ」という比喩でいえば、完全にヘビ。
以上、要点をまとめてみたが、昔の「モグラ」「主体」世代の人が見たらデタラメすぎてちょっとひくかもしれない、ぶっこわれた戦隊である。暴れる動機が「暴れたいから」って、それは海賊すぎるだろう。
ポストモダンって、こういうことなのか? よくわからんが、機会があったら見てみようと思う。
追記
船に乗ってさまようという話で言えば、10年ほど前に大ヒットした『MATRIX』がそうだった。地上を機械に征服され「地べたを失った人類」が、船に暮らしながら海賊ラジオのように電波を発信する。この「地べたのない」感覚は、現代都市生活者の共通の前提になっていくのだろう。
茨城の人、注目!
アナキスト関係の友人である加藤さん(通称ゴジラ)と、久しぶりに会った。
彼はいま母親の介護のために茨城の実家に戻っているが、そこで働きながら労働組合をやっている。
茨城不安定労働組合
誰でも加入できる労働組合(地域ユニオン)を立ち上げて、案件もいくつか解決してきたらしい。ただ、労働問題以外の取り組みはまだまだ難航しているようだ。反戦や靖国問題などで小さな集会を催しても、茨城ではなかなか人が集まらないという。
それでもしつこくやっているので、茨城在住の人は、よろしく。ゴジラは昔はアル中でボロボロだったけど、いまは断酒してます。直接行動で前歴があったりもするが、恨みがましいことを言わない、穏やかでさっぱりした性格です。東京のフリーター全般労働組合とも顔見知りだから、それ系の不規則行動ぎみの青少年もだいたいOk。大丈夫。我々の兄弟だから。茨城に暮らすアナキスト・サンジカリスト・海賊の仲間たち、連絡よろしくだ。
彼はいま母親の介護のために茨城の実家に戻っているが、そこで働きながら労働組合をやっている。
茨城不安定労働組合
誰でも加入できる労働組合(地域ユニオン)を立ち上げて、案件もいくつか解決してきたらしい。ただ、労働問題以外の取り組みはまだまだ難航しているようだ。反戦や靖国問題などで小さな集会を催しても、茨城ではなかなか人が集まらないという。
それでもしつこくやっているので、茨城在住の人は、よろしく。ゴジラは昔はアル中でボロボロだったけど、いまは断酒してます。直接行動で前歴があったりもするが、恨みがましいことを言わない、穏やかでさっぱりした性格です。東京のフリーター全般労働組合とも顔見知りだから、それ系の不規則行動ぎみの青少年もだいたいOk。大丈夫。我々の兄弟だから。茨城に暮らすアナキスト・サンジカリスト・海賊の仲間たち、連絡よろしくだ。
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