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2020年4月26日日曜日

大阪維新の会から学ぶべきこと

 みなさん感じているところだと思うが、大阪維新が不快だ。

 あいつら本当にアゴばっかりよくまわるな。
口動かしてないで手を動かせ、と言いたい。
こう感じるのは、私が愛知県民だからだろうか。大村知事や河村市長はあんな風にべらべら喋らない。大阪とは対照的だ。

 やるべきことはだいたい決まっているのだ。議論の余地はない。素人の持論を開陳してるヒマがあったら、さっさと医療資材を調達しろって。雨合羽なんか集めてないで、ちゃんと予算を組んで対応しろって。

 維新の会の迷走を見ていると、大阪のファシスト的な傾向というのは、ある種の強迫神経症なのかとも思う。行動への躊躇が、べちゃくちゃとしたおしゃべりに転化し、自動運動を始める。
庶民的と言えば庶民的だが、首長や政治家までそうでは困る。

2020年4月20日月曜日

「俺はコロナだ」事件をどう解釈するか




 新型コロナウイルスが市中感染の段階に入ってから、愛知県では「俺はコロナだ」事件が多発している。
 「俺はコロナだ」事件とは、ドラッグストアや、スーパーマーケットや、市役所の窓口などで、訪問客が「俺はコロナだ」と通告して立ち去る、という事件だ。対応した人は強いショックをうけ、店では消毒作業に追われる。いま愛知県では、これが流行っている。
 興味深いのは、この種の事件の犯人は、もっぱら男性であるということだ。しかも若者ではなく、中高年の男性がこれをやるのだ。

 なぜ彼らは、「俺はコロナだ」と言うのか。
理由として考えられるのは3つ。
1、市中感染への恐怖心から
2、行動制限への反発心から
3、隔離措置の要求(期待)
 彼らを衝き動かしているのは、この3つの混合したものだと思われる。
1と2は、まあ、わかる。致死率の高い新型ウイルスは怖いし、行動制限は非常にフラストレーションがたまる。これは老若男女みな感じているところだ。だが、この2つだけでは、「俺はコロナだ」犯にはなれない。

 ここからは私の解釈だが、「俺はコロナだ」犯は、たんに表面的外形的な欲求不満を爆発させたのではない。もっと深い、人間の内奥にある、実存的な危機を経験している。それは、人間の自由と主体に関わる問題だ。
 市中感染は、各人の努力次第で予防することができる。私たちは将来、感染するかもしれないし、感染しないかもしれない。その運命のどちらかを、自分の手で獲得することができる。いや、自分自身の努力によってしか感染予防はできない。他人任せにしていたのでは、新型ウイルスの餌食になってしまうだろう。いま多くの人々は、新型ウイルスから自由であり、このまま自由であり続けるために主体的に感染予防に取り組まなければならない。そういう状況におかれている。
 これは、大変なことだ。自分が客体ではなく主体になるということを、突然強いられることになったのである。自分が自分の運命を主体的に生きる。そんな生き方をしてきた人間がどれだけいるだろうか。この社会は、そんな主体的な生き方を許す社会であっただろうか。いきなりやれと言われても、困ってしまうのだ。

 「俺はコロナだ」は、悲鳴である。
 愛知県民はいま深い危機を経験している。
おもしろい。


2020年4月7日火曜日

日本ではトリアージは実施されない


 4月7日時点でのメモ。

 日本政府は新型ウイルスに関する「緊急事態宣言」を発出した。
この宣言に一定の効果はあるだろうが、総体としては、政府の「やってる感」を演出するものにとどまるだろう。
 中国のような強権的な施策はとれず、だらだらと棄民政策がつづく。おそらく10万人のオーダーで死者が出ることになる。

 とくに大きな被害を出すのは医療機関である。もともとやせ細っていた医療体制は、この新型ウイルスによってますます弱体化するだろう。本来であれば、トリアージを実施すべき場面ではある。重傷者の治療をあきらめて、その分の医療資源を軽症者の隔離・治療にふりむけるべきだ。だが日本の国家権力は質的に弱いものなので、強権的なトリアージは実施できない。中国のような強い国家でも、それを公然とはできなかったのである。日本でのトリアージ実施は、とうてい無理だ。重傷者の対応をだらだらと続けさせ、多くの医師と看護師を死なせてしまうだろう。
 新型ウイルスが医療スタッフをなぎ倒していくことで、他の疾患の患者にも影響が出るだろう。本当であれば治療できたはずの者が、人員と施設と資源が足りないために死んでいく。これは関連死だ。関連死は、感染の終息後にも長く尾を引くことになる。




2020年4月3日金曜日

ワクチン主義と家事労働




 科学史家イザベル・スタンジェールは、著書『科学と権力』の冒頭で、パスツール研究所の成立過程を振りかえっている。
 と、いまその本を探したのだが、本棚がめちゃくちゃで見つからない。なので、ここからはうろおぼえで書く。
 スタンジェールの整理によれば、パスツール研究所の成功のカギは、ワクチン開発とその商品化であった。そして、ワクチン商品の誕生によって後景化されたのは、環境整備の技法である。
 防疫の試みには二つのアプローチがあって、一つは衛生的な環境を整備する技法の確立、もう一つは種痘やワクチンの開発であった。勝利するのはワクチンである。なぜならワクチンは、経済的に大きな利益を生み出す商品になったからである。それにたいして、環境整備の技法は、商品化することのできないこまごまとした知見と実践である。それは普及力の高い知識であり、経済的な利益としては、手引書の売り上げ程度にしかならない。パスツール研究所を成功に導いたのは、ワクチン販売が生み出す莫大な利益であった。

 では、防疫への寄与度はどちらが高いのかというと、これは圧倒的に環境整備である。家畜の飲み水を清潔に保つこと、畜舎を清潔にすること、一つ一つは小さな、こまごまとした配慮の集積が、防疫を実現する。だが、環境整備は手間がかかる。これは、ワクチンのような一発打てば解決という商品ではなく、日常的な配慮と実践の積み重ね、言わば家事労働に近いものだ。
 パスツール研究所の成功は、ワクチン主義を上位におき、環境整備を下位におくという政治的ヒエラルキーを生み出してしまった。本当は、環境整備の方が寄与度は高いのだが。

 この政治的ヒエラルキーは、人間の医療現場に当てはめて言えば、医師と看護師の関係にあたるだろう。医師は、処方箋を書き薬剤を投与する。看護師は、ベッドや備品を清潔に保ち、患者の療養環境を整備する。政治的な決定権は、医師が独占している。この構図を、私たちは疑うことなく受け入れているのだが、本当にそれでいいのかという疑問もある。
 今次の新型ウイルス問題では、効果のある薬剤はなく、ワクチンもない。アメリカの製薬企業ジョンソン&ジョンソンがワクチン開発を開始したが、実用化は来年以降だという。こうなると当面は、医師の仕事はない。いま新型ウイルスに対抗する唯一の武器となるのは、環境を整備する看護師たちの技法である。部屋を適切に分割すること、汚れたシーツを適切な手順で洗うこと、備品・ドアノブ・手すりを清潔に保つこと、部屋を換気すること等々、細やかで厳密な配慮を積み重ねることだ。
 テレビには医師が登場し、新型ウイルスへの対処を論じている。これはいかにも制度的で的外れな編成だ。私たちが本当に聞きたいのは、医師の意見ではなく、看護師たちのアドバイスである。看護師がいまどのような実践を行っているのか。どんな方法が失敗し、どんな方法が奏功したのか、その知見が聞きたいのだ。



2020年3月26日木曜日

これはトリアージではない




 新型コロナウイルス(COVID-19)について、326日現在のメモ。
 世界的な流行をみせている新型コロナウイルスは、各国の権力の様態を映し出す鏡のようなものになっている。
 権力の様態には、二つのタイプ、二つの極を想定することができる。

 1、中国とフランスは、緊急事態宣言を発動して強力な規制をすると同時に、大規模な検査、医療措置、社会保障を実行した。この強権的な措置は、一方の極、“生権力”の形態を示していると思われる。

 2、アメリカ合衆国、日本は、“生権力”とは対極にあたる棄民政策にでた。大規模な検査をおこなわず、事態を放置するというやり方だ。


 日本における棄民政策は、新自由主義政策下の医療再編を下地にしている。医療費削減のためのトリアージ(患者選別)である。トリアージは、医療措置の放棄を正当化する論理として利用されてきた。

 トリアージとは、医療資源を有効に活用し生存者を最大化するためにとられる方法だ。助かりそうにない重傷者への医療措置を放棄することで、その分の時間・労力・医療資源を他の患者に振り向ける。そうして全体の生存者数を向上させる。この方法はフランス軍の野戦病院で始まったものだが、新自由主義の緊縮政策は、この野戦病院の方法を平時の医療サービスに適用し、医療現場の再編をはかってきた。そのため、日本の医療体制には充分な余裕がない。ぎりぎりまでやせ細っている。「検査をすると医療崩壊がおきる」というのは、今次の感染問題に限ったことではなくて、日本政府はずっと以前から医療体制をやせ細らせていたのである。日本政府が棄民政策をとることはある意味必然で、他に選択肢がないからだ。

 いま日本で判明しているのは、新自由主義緊縮政策が繰り返し唱えてきた「トリアージの論理」が、実際には破たんしているということだ。
トリアージとは、生存者を最大化するための方法である。教科書的には、そうだ。しかし、いま起きているのは、まったく反対の事態だ。ぎりぎりまでやせ細った医療体制を守るために、検査を拒否する。そうして市中感染を引き起こす。これは、生存者を最大化するのではなく、最小化してしまう(破たんした)”トリアージ”だ。



2018年10月19日金曜日

米騒動と現在




 米騒動をどう解釈し、どう評価するか。
その前に、私たちにはクリアーしなければならない問題がある。

 現代の私たちが時間をさかのぼって歴史を解釈しようとするとき、その解釈の枠組みは現代のイデオロギーを反映し、解釈者が生きている現在の状況に深く関係している。私たち、と言うとき、それはある政治的・思想的観点を自明なものとして共有している「私たち」である。歴史の解釈を可能にするのは、ある事実から何を引き出すかという観点がある程度共有された社会によって、である。
 ところで米騒動は、解釈者がほとんどいない、なかば忘れられた闘争になってしまっている。これは現在の日本社会を考えるうえで、とても興味深い現象だ。
 例えば朝鮮(韓国)の「3・1運動」や、中国の「5・4運動」には、この闘争を振り返り、現代に受け取り、顕彰する人々がある。もちろんそのなかで解釈論争はあるだろう。論争はあるにしても、「3・1」や「5・4」を重大な出来事として受けとめようとする、しっかりとした社会がある。
このことと比較して、米騒動はどうだろう。誰からも腫れ物のようにしか扱われていないのではないだろうか。これは米騒動の解釈の難しさである前に、それを受けとめようとする日本社会のバイアス、変質、喪失があるように思う。なぜ日本の人々は、口々に「米騒動! 米騒動!」と言って盛り上がらないのか。ウキウキしないのか。
私は無理な要求をしているつもりはない。日本民族のすべてを動員して米騒動を顕彰しろとか、政府が記念式典をするべきだとか、国民の休日にしろとか、そういう要求をしたいわけではない。ただ、日本の民主化運動に尽力してきた人々、進歩的知識人、あるいは歴史のある左翼政党が、米騒動を顕彰する盛大なイベントを一日ぐらいやってもいいのではないかと、控えめに思うだけだ。1918年の米騒動は、それだけの重みのある出来事なのだから。


 1918年の米騒動から100年後の現在、日本社会は深い混乱のなかにある。実際、100年前の米騒動を顕彰するどころではない、めちゃくちゃな状態である。
 混乱の原因となったのは、2011年の原子力発電所の爆発である。日本政府は「原子力緊急事態宣言」を発令し、福島「復興」政策を号令した。この政策に従うか拒否するかで、人々は分裂した。「復興」政策に協力し被曝を受忍する者と、「復興」政策も被曝受忍も拒否する者とで、日本社会には深い亀裂が刻まれている。知識人も人権団体も左翼政党も、この分裂と無縁ではなかった。諸政党・諸団体の内部で分裂は進行している。政治主義者は「復興」協力に向かい、科学主義者は「復興」拒否に向かい、両者は議論の接点すら持てない状態へと引き裂かれたのである。
 原発爆発の直後からこの分裂は始まっていたが、中間的な分子によって弥縫策があみだされた。「反原発運動」という名の陳情行動である。2012年の首相官邸前行動に集約される陳情行動は、要求を「原発再稼働反対」に限定し、この最大限綱領を人々に遵守させることで、分裂に蓋をしてしまった。2012年以後の「反原発運動」は、人々の分裂と混乱を統御しようとして、かえって混乱を深めてしまうことになる。

 「反原発」陳情行動という弥縫策には目もくれず、重要な実践を担っていったのは、若い主婦を中心とする反被曝派(放射脳)である。2011年以後もっとも重要なアクターとなるのは、彼女たちである。
反被曝派の強みは、実践の直接性である。放射能汚染の測定、移住、不買、給食や修学旅行の拒否といった直接行動を基礎にしている。彼女たちは獲得すべきものを直接に、即座に、手に入れる。政府や学者や議会の議論を待たない。政策の修正を待たずに、政策に先行して実践を進めていく。これは、「原子力緊急事態宣言」という法の例外状態に正しく対応した、行動様式であり、行動原則である。
 日本政府はこうした人々の動きを「パニック」と呼び、「風評被害」と呼び、繰り返し非難してきた。そして左翼の内にある政治主義的分子もまた、政府の尻馬にのって彼女たちを非難した。反被曝派を非難する者たちが共通して怖れたのは、統御することのできない直接行動主義である。反被曝派は誰にも統御できない。彼女は唯物論者よりも唯物論的であり、無政府主義者以上に無政府主義的である。中途半端な科学者など簡単に論破してしまうし、なまぬるい政治左翼の理屈に耳を傾けることもしない。「科学」にも「政治」にも統御されることのない人々が、誰の号令も待たずに、いっせいに直接行動にでたのである。


 ここまで書いてきて読者はもう察していると思うが、私は2011年以後の状況を、100年前の米騒動の状況に重ねて書いている。米騒動の偉大さと、その評価の難しさを、現在の状況と照らしあわせることで理解しようとしている。
 古典的な共産主義者はこれを、簡単に「自然発生性」と呼んでしまう。そして「自然発生性」と括ったとたん、あっさりと考えることをやめてしまう。統御できないものは考えなくてよい、ということなのかもしれない。あるいは、統御できないものの威力を直視する度胸がないのかもしれない。だがそういうことではいけない。
 自然発生的な動乱は、その後の権力の様式を変える。それは政治論争の内容だけでなく、政治の様式、政治の前提を、変えてしまう。1918年の米騒動からくみ取るべき教訓はここである。1918年以前と以後で、支配の様式が変わり、抵抗の様式が変わる。
 そうであれば、2011年以後の「原子力緊急事態宣言」下の騒動は、日本社会をどう変えるのか、だ。このことを、日本権力に先んじて、我々が把握するのでなければならない。ながく続いてきた政治の構図が、これから大きく変わるかもしれない。日本社会の根本的な変化が、まったく新しい闘争主体を創出するかもしれない。
 私の考えでは、この未来への希望、未来の主体は、「復興」政策を拒否した人々のなかに潜在している。それは、1918年米騒動を「自然発生的」と棚上げにしてしまうようなやりかたではなく、「女一揆」の偉業を正面から評価し、臨場感をもって感応するような、主体である。





2018年9月27日木曜日

『新潮45』誌、休刊(笑)




『新潮45』という雑誌が休刊した。
きっかけは、ある自民党議員の失言を擁護する特集だった。この間の経緯の説明はかったるいので省略するが、私が考えたいと思うのは、『新潮45』編集長の誤算である。
編集長は会社が雑誌をとめるとは予想しなかっただろう。彼が休刊を覚悟しておもいきった特集を組んだとは考えにくい。会社が雑誌の休刊を決めたことは、編集長にとって誤算だったと考えるのが自然だ。
 では、編集長は何を読み誤ったのだろうか。この点を考えてみようと思う。

 現在の「右翼論壇」の特徴は、議論の質が低いことである。品位もない。右翼にはもともと品位などないと言えばまあそうなのだが、しかし、2010年代の自民党下野以降の右翼論壇は、それ以前とは比較にならないぐらい下品である。デマゴギーの質も低い。すぐに論駁されてしまうような嘘を書いて、自ら墓穴を掘ることもしばしばである。
 もうひとつ見逃してはいけない特徴は、現在の右翼論壇は、中堅所得者の読者層をしっかりと掴んでいるということである。
たとえば、自民党の内外でデマゴギーやヘイトスピーチを繰り返している宗教団体「幸福の科学」は、「お金持ちの信者が多い」ことで知られている。彼らはビジネスで成功した経営者・中堅所得者たちを主体とした新興宗教である。
あるいは、数々の暴論をくりかえし「自民党別動隊」と評されてきた「日本維新の会」も、同様の支持基盤をもっている。貧困層や社会的弱者に対する冷淡さでは、自民党よりもひどい。
また、自民党本体にはJC(青年会議所)というグループがあって、金で苦労したことのない企業経営者の23世たちが極右的主張を繰り返している。
 ようするに整理すると、現在の「右翼論壇」を支えている読者層は、所得水準が高く、かつ、知的水準が低い人々である。所得水準も知的水準も高い人々は、右翼雑誌など読まない。また、所得水準も知的水準も低い人々は、右翼雑誌の主張に共感できない。現在の右翼雑誌は、所得水準が高くかつ知的水準が低い人々に照準を定めている。

 このあたりの機制と力学について、社会学者ピエール・ブルデューは、経済資本と文化資本という概念で説明している。ブルデューが明らかにしたのは、経済的条件と文化的傾向は、それぞれに独立しながら、互いに影響し合っているということである。
このことをわかりやすく示すために、彼は便宜的にある構図を描いている。一つの平面に、縦軸に経済資本の軸をひき、横軸に文化資本の軸をひき、所得水準と文化教養の様態がどのように分布しているのかを描いている。左上のグループ、経済資本が高く文化資本が低いグループには、歴史書に親しむ企業経営者(日本で言えば司馬遼太郎や『プレジデント』誌を愛読するような層)。右上のグループ、経済資本が高く文化資本が高いグループには、外国料理に親しむ大学教授や弁護士(日本ならタイ料理やトルコ料理に親しむリベラル層)。左下のグループはスポーツや賭博に親しみ、右下のグループは映画と喫茶店に親しむ、というように。これはあくまで便宜的で単純化したポンチ絵のような構図なのだが、ブルデューがこれで示そうとしたのは、所得水準と知的水準とは別の軸をもっている、ということである。
 私たちは通常、所得水準と知的水準とを同一の軸で考えてしまいがちである。頭が良く勉強のできる者は経済的に豊かになり、教養のない者は貧しくなる。こうした考え方は一面では正しいのだが、これだけでは見落としが生まれてしまう。所得が高く教養のないグループ、所得が低く教養の高いグループ、この二つのグループを見落としてしまう。

 「ネット右翼」が登場した2000年ごろ、私たちは初歩的な間違いをしてしまった。「ネット右翼」の論じている内容が、あまりにも幼稚で無教養だったために、「ネット右翼とは若年の低所得者層である」と誤認してしまった。実際に調べてみると、「ネット右翼」は若くもなければ低所得者でもなかった。所得水準の高い地主や企業経営者が子供じみた無教養ぶりをさらしているというのが、実態に近い。こうした人々が、例外的にではなくある程度のボリュームをもって存在しているということを、私たちは知った。
 2011年、ツイッターが普及したころ、もうひとつのグループが頭角を現した。所得水準が低くかつ知的水準の高いグループである。これは、主要には女性たちである。修士号や博士号や高度な教養をもちつつ、結婚・出産を契機に主婦となった人々が、かなりのボリュームをもって存在している。彼女たちがツイッターで発言を始めたら、右翼に勝ち目はない。教養の水準が段違いだからである。
 ツイッターが普及して以降、ネット上の論争は、この二つのグループの闘争とみなしてよいだろう。二つのグループは、所得水準の高低と知的水準の高低が交叉した関係にあって、どちらも権威から遠ざけられてきた存在である。どちらも例外のように見落とされ、権威から遠ざけられてきたがゆえに、言論のヘゲモニー・趨勢は、この両者の闘争に委ねられることになる。ここがおもしろいところ。歴史の弁証法っていうかね。わくわくするところです。


 話を戻して。
『新潮45』の編集長は、どのような誤算をしたのか。
おそらく彼は、新しく登場した「右翼言論」がもっている経済力を過信してしまった。
たしかに、金は重要だ。金が動かなくては雑誌はつくれない。しかし、たんに金が動くだけでは、雑誌の存在意義を世間に認めてはもらえない。金の力だけで権威を構築できるなら、とうの昔にそうなっている。現実はそう簡単にはいかない。この右翼言論人たちがツイッターの主婦のつぶやきにすら対応できずブロックしているような状態では、どうあがいても無理なのだ。



2018年5月15日火曜日

米騒動から100年




今年は2018年。
 自民党は「明治150年」と言い、新左翼諸兄は「〈68年〉から50年」(全共闘・ベトナム反戦運動から50年)と言う。
いろいろと歴史を振り返る年なのだろうが、私はがぜん「米騒動100年」である。今年歴史を振りかえるといったら、米騒動ぬきにはありえない。米騒動は日本左翼の原点であるし、近代社会の原点とも呼びうるような歴史的事件だ。「米騒動」と口にするだけで、もう、わくわくする。
 そういうわけで今年は、富山県で行われる連続学習会『米騒動100年プロジェクト』に、毎月行こうと思う。これまで4月・5月と参加してきたが、やはり富山の人たちは米騒動に詳しい。勉強になるし、議論にも前向きで、話が尽きない。
次回は6月9日(土)。ぜひ一度富山まで足をのばして、米騒動とその後の100年を語り合いましょう。




 さて、「米騒動は日本左翼の原点である」と書いてしまった。大見得を切ったからには、米騒動とは何であるかを書かなければならない。
しかしこれが難しいのである。米騒動の歴史的位置付け、しかも左翼として米騒動を位置付けるというのは、これが簡単なようでなかなか難しい。

私たちが米騒動というとき、それは1918年の米騒動のことを指している。日本史上最大の都市暴動へと発展した最後の米騒動である。これは当時から力の複数性と横断性をはらんだもので、単一の視点・単一の力学で「米騒動は○○だ」と述べるのは困難なものである。力の複数性、複合性、意図を裏切って生成変化する力の性質を、深く考えさせられる事件だ。
 端的に言えば、当時の知識人たちは、社会主義者も含めて、みんな面食らったのである。大杉栄など一部のアナキストは喜んで暴動に加わったらしいが、それは例外的なことだ。知識人はみな米騒動に驚き、了解不能の状態に陥った。大衆の暴力が、知識人たちの小さな理性を乗り越えていったのである。
 現代においても、米騒動の解釈は論争含みである。米騒動の解釈は、解釈者の政治的な立場によっていくつかありうるのだが、どれも決め手を欠くというか、一面的な理解ではすぐにぼろがでてしまうところがある。だから米騒動を論じる際には、特段の慎重さが必要になる。平面的にではなく立体的に理解すること。直線的にではなく、ねじれとうねりを描くことが求められる。
 これが難しいし、わくわくするところだ。


 米騒動は、複数の顔をもっている。
たとえるなら、一枚の絵に美女と老婆が描かれていて、視点のとり方でどちらにも見えてしまうようなだまし絵。あるいは、角度を変化させることで、まったく違った二つの表情を見せるカード。上下を反転させると別の顔が現れる逆さ絵。そうしただまし絵のように、米騒動は複数の顔が同時に描きこまれた事件である。

 米騒動の複数の顔とはどういうことか。
まずは全国で暴動が起きているということがある。性格の異なる地域で、性格の異なる民衆闘争が、横断的に連鎖していった。暴動の本丸は神戸・大阪の商社本店であるとして、はじめは富山県の米積み出し港で、次に大阪・神戸・名古屋などの工業都市で、最後は九州の炭鉱へと舞台を移していく。急激に膨張した近代都市の、周辺部で、次に中心部で、そして再び周辺部へと、暴動が連鎖していったわけだ。

 米騒動の発端となったのは、富山県の水橋港・滑川港・魚津港の米騒動である。これを当時の新聞は「富山の女一揆」と書いている。この富山県での闘いは、現代から振り返ってみれば、最底辺女性労働者たちのストライキであったと解釈できるわけだが、当時の新聞はこれを「一揆」という江戸時代の表現で報じた。社会主義者であれば「罷業(ストライキ)」と書いただろうものを、当時の記者は「一揆」と書いたのである。
この表現は正しかったとおもう。もしここで「罷業」と書いていたら、米騒動は日本全土をまきこむ都市暴動には発展しなかっただろうと思う。この「一揆」という近世的表現が、当時の民衆・大衆を奮い立たせ、同時に、知識人を困惑させる原因にもなっただろう。
 ここで急いで付け加えておかなければならないのは、当時の社会主義者たちが米騒動にまったく寄与しなかったのかというと、そうではないということだ。
1918年米騒動にいたる以前の段階で、労働者の闘いは始まり、近代的な労働者組織がつくられつつあった。前年のロシア労農革命が人々に与えたインパクトも、無視できない要素である。近代思想の紹介・普及・手探りの実践が1918年の米騒動を準備した、ということもできるのである。
 だが、ただ近代社会主義思想のみで米騒動が実現したかというと、それもまた間違いになる。事態はもっと複合的だ。米騒動は、近世的な理念・エートスと、近代的な理念・エートスとが、複合し、反応しあうところで発火したのである。

(つづく)






2017年7月11日火曜日

いわき市の木材ペレット工場が計画断念

<遠野興産>国内最大級ペレット工場建設中止

 木材チップなど製造の遠野興産(福島県いわき市)が、福島県いわき市遠野町上遠野で2月に着工した国内最大級の木質ペレット工場の建設を中止する方針を固めたことが4日、分かった。住宅や学校に近く、24時間稼働に伴う環境悪化を住民が懸念。東京電力福島第1原発事故の影響で、木の乾燥用ボイラーの排ガスに含まれる恐れがある放射性物資を不安視する意見も根強かった。

◎放射性物質に住民懸念

 工場は地元産などの未利用木材を活用。破砕・圧縮して粒状にした木質ペレットを年間最大約3万トン生産し、主に石炭火力発電所の混焼燃料向けに供給する計画だった。
 中野光社長は取材に「住民の皆さんの理解を得られないと判断した。全国から見学者が来るような工場だったが残念だ」と述べた。
 計画を巡っては6月、住民らが「遠野の環境を考える会」を結成。住民集会を開いたり、反対署名を集めるなどしてきた。
 約250人が参加した集会では、「なぜ地区の中心部に造るのか」といった声が続出した。福島県内の樹皮や皮付きチップを1日約40トン燃やして木の乾燥に利用するボイラーに関して、「(放射性物質濃度が)基準値内と言っても理解されるのか」といった指摘も出た。
 会社側は、濃度の低い樹皮などを使い、フィルターによる処理も行うため、排ガス中の放射性物質が検出限界値未満になることや監視態勢を説明。6月下旬には操業中の別の工場見学会も開いたが、賛同は得られなかった。
 考える会会長で地元行政区長の山村全信さん(69)は「苦渋の決断をしてもらった。遠野興産は地元企業。今後はまちづくりで協力したい」と話した。
 計画は事業費約20億円。国の津波・原子力災害被災地域雇用創出企業立地補助金で半額を賄う予定だった。同社は今後、木質ペレット製造の新体制や工場予定地の活用法を検討する。
 ペレットの需要はバイオマス発電の拡大を背景に増大しているが、安価な輸入品の利用が多い。国産の競争力向上には生産規模の拡大が必要といわれる。
 (河北新報 201775日)

 このニュース、朗報なのだが、気になるのは中止決定の速さである。
 6月に住民の反対集会があり、翌月7月には計画中止を発表している。速い。
 もともと成立する見込みのない計画だったということだろうか。
 詳細はわからないが、「復興」政策の無計画ぶりをあらわすエピソードだ。
 


2017年6月30日金曜日

科学論争ノート1

科学論争ノート

 2011年の放射能汚染を境に、原発の安全神話は強化された。
 2011年以前、原子力発電の安全論を主張するのは、政府、推進議員、電力会社などに限られていた。
 2011年以後、「原発の安全神話」は崩れたかにみえたが、今度は「放射能安全神話」があらわれた。2011年以後、放射能の安全論は、政府や電力会社だけでなく社会全体を巻き込む厚みをもったものになっている。

 日本政府には放射線被曝をめぐる科学論争に加わる資格がない。放射線被曝による人体影響が証明されるなら、政府はそれに応じた措置を実行しなければならない。それは最大4千万人の人口を汚染地域から退避させるという事業を想定しなければならないものである。現在の日本政府には、これだけの規模の退避措置を実行するだけの政策的・政治的条件がない。日本政府には、放射線の人体影響について科学的に導き出されうる結論を受け止める用意がない。この科学的に導き出されうる結論にむけた準備、つまり、公衆の大規模退避措置を準備できない政府は、汚染をめぐる科学論争に加わる資格はない。

 放射能汚染をめぐる論争は、放射線防護措置をネグレクトするための論争になっている。国家は国民の生命を保護するためでなく、その保護責任を回避するために、偽の「科学」論争に臨んでいる。放射線の人体影響をめぐる「しきい値仮説」のような珍説の導入は、政府が公衆の放射線防護義務を放棄しようとする意志をあらわしている。たった数名の御用学者と検討会によって、日本政府の責任が免罪され、夜警国家化(最小限の政府)が実現されている。

 放射線防護措置のネグレクトは、「科学」論争という見せかけによって、政策的な論争を回避している。政府は「公衆の防護措置をしない」とはっきりと明言するのではなく、論争の体裁をとることで結論を宙づりにし、あるいは先延ばしにするのである。この「科学」論争は、茶番である。

 放射線をめぐる科学論争に真正な態度で関与しうるのは、どんな破局的な結論にたいしても対策を準備している個人である。彼女らは国による措置を待たず、自力救済によって防護策をとった。彼女らは日本政府が破産する事態を想定しているし、場合によってはこの国を離れる覚悟もしている。この、2011年以後に広範にあらわれた一般的な態度を、“科学的無政府主義”と呼ぶことにする。

 地方公共団体は、政府による偽の「科学」論争と、市民による“科学的無政府主義”との狭間に立たされている。地方自治は、放射線防護対策の重要な焦点になった。直接的な土壌汚染を免れた地域では、自治体の独自の判断で、給食材料の産地規制を実現しているケースもある。

 社会民主主義諸勢力は、国民国家を前提にして運動を想定するという限界を抱えているために、勃興する“科学的無政府主義”または“無政府主義的科学主義”を前に腕をこまねいている。社民主義諸勢力は、日本政府の夜警国家化と、市民の“科学的無政府主義”との狭間で、国民国家存続の幻想を護持しようとする。この幻想の護持は、政府がしかける偽の「科学」論争を支えることとなる。つまり、社民主義諸勢力は結果として、夜警国家化の成立に加担することになる。

 市民による“科学的無政府主義”は放射線被曝の予防に努める。これにたいして日本政府は、クリアランス概念を最大限に拡張し、防護措置の放棄をはかる。クリアランスとは、統治の技法に科学的な粉飾をあたえたものである。

 国家の統治は、現実の全体から例外的なものを分別し、一般的なものと例外的なものとの線引きを自明なものとして確立することである。特異なもの、特異な状態を、例外として扱う。例外とは、考慮する必要のないもの、保護するに値しないもの、法の外に放逐されるものである。「科学」論争に登場するクリアランス論は、標準的な人体を設定しその空想を自明なものと信じさせることで、現実にある人体をことごとく例外にしてしまう。

10
 “科学的無政府主義”は、一般的なものと例外的なものの分別を認めない。この立場はある明白な事実、すべての人体は特異であるという事実に由来する。「一般的な人体」「標準的な人体」などというものは、存在しない。すべての存在は特異であり、あるひとつの特異なものが、すべてである。一人の子供が鼻血を流したときに、その異変を例外としてみなすことに何の意味があるだろうか。そのひとつの徴候を見過ごしてしまう者は、たとえ200人の子供がガンを発症しても闘うことができないだろう。

11
 社会民主主義者がクリアランス論=被曝受忍論に傾いていくのは、彼らが科学的思考に不慣れだからではない。彼らの社会的・政治的構想力が、国家を超えることがないからである。社会民主主義者は、革命的状況に際しては、その抑止、反動、反革命としてあらわれる。だから社民主義者は、日本政府とまったく同じ手つきで「科学者」を呼びクリアランス論を語らせるのである。「風評被害」の威力を恐れているのは政府だけではない。社民主義者もまた「風評被害」がはらむ革命的性格に不安を抱いているのである。

12
 ↑これを具体的に明記するなら、安斎育郎、小出裕章、河田昌東、などである。彼らのような受忍派の「科学者」は、反原発運動から排除するべきである。



2017年3月25日土曜日

財務省、ひどいね

 森友学園の怪しい土地取引をめぐって、国会がにぎやかである。国会の質疑や証人喚問を見ていると、どんなお笑い番組よりも楽しい。前回選挙で議席を増やした共産党が、質問時間を長くとれていて、とてもよいと思う。


 森友学園問題は、かつて繰り返されてきた汚職議員の疑惑とは、少し違っている。この事件は、たんに政治家の汚職という範疇に収まらない、もっと大きな不正の構造に到達するかもしれない可能性をもっている。
 現在の野党による追究は、形式的には、政治家がどのように財務省に働きかけたか、という視点でおこなわれている。ここでは、事件の主犯は政治家であるという想定で、真相究明が求められている。
だが、質疑が進むにつれて、政治家が主犯で官僚が従犯という想定は、しだいに崩れつつある。私たちの脳裏に浮かんでくるのは、この事件の主犯は財務省官僚なのではないか、という疑念である。これから明るみになっていくだろうことは、たんに自民党議員だとか日本維新の首長だとかの汚職ではなくて、財務省の行政官が何を企て実行してきたかということだ。

 脳裏に浮かぶのは、行政官たちが政治家の意思を待たずに独断で動いている姿である。選挙で選ばれた議員たちの内閣は、たんに行政官が与える「飴」と「鞭」で操縦されているだけなのかもしれない。そうした構図が私たちの脳裏に浮かぶのは、2011年以降の権力の様態を見ているからだ。

 2011年「原子力緊急事態宣言」の発令は、一種の戒厳令状態を生み出している。公衆の放射線防護対策の指針は、被曝防護から被曝受忍へと180度転換したのだが、この重大な政策転換は、立法府の議論を待たず行政府だけで強行された。食品と物品のクリアランス基準は、法ではなく省令によって強行された。議員立法である「チェルノブイリ法」は、全会一致で可決されたが、行政府が運用を拒否し、たなざらしにされている。2011年以降、行政府と立法府のバランスは完全に崩れた。行政権力の専制的性格が露出しているのである。

 「原子力緊急事態宣言」以後、秘密保護法案、安保法制、共謀罪といった法案が次々と強行成立されている。そうした流れのなかで、森友学園問題はたんに与党と野党の党派闘争ではなく、行政権力そのものに焦点をあて、告発する、新たな論争を生み出すものになるだろう。自民党のうしろにいる行政官に注視しよう。


2017年3月13日月曜日

2017年3月の覚え書き

最近、加齢のせいなのか、物忘れが多い。人の名前を忘れてしまう。
なので、忘れてしまったときに読み返せるように、メモをしてのこしておこうと思う。


樋口大二 朝日新聞

和久井孝昭 (全日本自治団体労働組合専従)

大内悟史 99年朝日新聞入社

小波秀雄 京都女子大学名誉教授

岩上欣也

阿久沢悦子 朝日新聞大阪

高橋正行 電力中央研究所


2017年1月13日金曜日

デマゴギーと「業界」


 このかんの放射能汚染問題は、おびただしい数のデマゴギーを流通させてきた。放射能の安全神話は、嘘やごまかしや印象操作を大量に投入し、あたかも日本中の人々が被曝被害を不問にしたかのようであった。
しかし、嘘は長続きしない。これから、誰が嘘をつき、誰が真実を言っていたか、審判がくだる。



 この6年間のデマゴギー状況を振り返って、ひとつわかったことがある。
 デマゴギーの温床は、「業界」である。

 社会学の用語では〈界〉である。さまざまな分野に〈界〉がある。
わかりやすい例をとると、報道には報道の〈界〉(業界)がある。〈界〉は、他の分野とは隔たった輪郭をもち、自律している。〈界〉は、内部では成員同士の競合関係があり、全体としては自律している。この〈界〉の自律性を保持する構造に、デマゴギーの温床がある。
 社会学者ピエール・ブルデューによれば、〈界〉の内部の競合関係は、「ババ抜き」や「椅子取りゲーム」に喩えられる。そして、ある〈界〉が自律している(閉じている)ということは、言い換えれば、〈界〉の構成員の関心事は第一に〈界〉内部の動向である、ということである。報道機関の一人一人の記者は、もちろん現実に起きている出来事に関心をもって(外部に関心を開いて)取材をするのだが、しかしそれ以上に、同業他社の記事を気にかけ、参照している。彼らは同業者の競合関係のなかで、お互いの仕事を参照しあい、相互に監視しあっている。
 例えば、ある事件を取材するか否かを決めるさいに重要な判断材料になるのは、その事件を他社が取材しているかどうかである。他社がこぞって取材しているのに、自社だけが取材しないと判断することはありえない。また、他社がどこも追っていない話題を、自社だけで取材するというのも、負担感が大きい。そうして、事件の重要性を判断することとは別に、取材の是非が決定していたりする。皆が関心を持っているからではない。自分だけ「ババ」をひくわけにはいかないからだ。この構造が「メディアスクラム」を生み出す。読者の関心や社会的な重要性を超えて、〈界〉の競合関係が暴走をはじめるのである。「メディアスクラム」は極端ではあるが例外的な現象ではなく、恒常的に働いている〈界〉の力学を示すものだ。全国紙の一面とその出来事の解釈について各社が横並びになることは、日常的にあることだ。
 ここで見るべきは、〈界〉の自律性の内側では、ひとりひとりの記者が自律性を失っている、ということだ。記者個人は、報道機関という〈界〉が自律的であることによって自分自身も自律的であるとみなしているが、実際には、〈界〉内部の競合関係によって個人の自律性を失っている。彼がどのような事実を調べどのように書いたかは、常に同業他社との競合関係の中で評価され、査定されている。この査定をクリアするために必要なのは、〈界〉から見て「ユニークである」ことと「ユニークすぎない」こととのバランスである。もしも彼が〈界〉にとって「ユニークすぎる」記事を書いてしまったら、〈界〉の成員は彼を「記者ではないべつのもの」と評価することになる。それは、競合関係の「椅子取りゲーム」のなかで椅子を失うということだ。だから、もしも彼がジャーナリストであり続けたいと思うなら、自分の関心や着想よりも、「報道業界」の関心や着想に配慮しなければならない。彼のことをジャーナリストとして承認するのは、自分でも読者でもなく、同業者たちだからである。彼は自分が何者であるかを自分自身で決めることができない。彼が何者であるかは〈界〉のゲームに委ねられ、そのことで彼は〈界〉に従属するのである。

 ブルデューの〈界〉概念は、一般的な概念である。ここでは「報道業界」を例にとったが、同じことは大学人にも言えるし、社会運動にも言える。それぞれに〈界〉があり、お互いに競合しつつ参照しあう「業界」というものがある。「業界」は成員を相互に承認しあい、そのことで、成員相互が監視しあう三すくみ四すくみの状態を作り出す。
 知識階層の多くが放射能汚染問題を理解しつつ、そのことを公然と表現できないでいるのは、この〈界〉の相互監視の力学が彼らに向けて働いているからだろう。彼は放射能問題を気にかけてはいるが、そのことよりもまず、自分が属している〈界〉のゲームを首尾よく切りぬけたいと考えている。自分だけが「ババ」をひいたり、自分だけが矢面に立ったりはしたくないのだろう。そうして知識階層の諸々の「業界」が三すくみになっているのを尻目に、デマゴギーが大手を振って歩いているというわけだ。

 この6年間、放射能汚染問題を公然と告発し、矢面にたって闘ってきたのは、主婦である。なぜなら主婦とは、「業界」に属さない単独者だからである。彼女(彼)は、2011年の事件が起きるずっと以前に、「業界」から足抜けしていた。あるいは、そもそも最初から「業界」と無縁であった。
 主婦は、〈界〉から自由である。この自由は両義的なものである。それは否定的な側面をとれば、あらゆる〈界〉から排除されている、「椅子とりゲーム」に参加できないアウトサイダーである、ということだ。肯定的な側面をとれば、どんな〈界〉のゲームにも従属することがない、自分が〈界〉に参画しているなどという幻想を持つことがない、ということである。そして現在のデマゴギー状況のなかでは、この自由の肯定的な力が発揮されている。排除されていること、被差別であることが、嘘や欺瞞を退ける力に転化しているわけだ。

 楽しい。考えるだけでわくわくする。
 そう。主婦は単独者であるが、同時に、多数者である。
 誰でも主婦になることができる。
 この境遇は特権的なものではなく、誰に対しても開かれている。



2016年9月27日火曜日

「母性主義」という言葉の誤用について



 放射線防護に取り組む主婦に対して、また、子供を連れて退避している自主避難者を指して、「母性主義」という誤った指摘をする者がいるようなので、ひとつ文章を書いておく。

 まず、母性主義とは何か。正確に言おう。母性主義とは、家父長的支配関係のなかで、家事や育児など再生産に関わるさまざまな労働を女性に押し付ける際に、その労働の押し付けを正当化するための道徳・イデオロギー、である。
 母性主義は、母親である者たちが信じているイデオロギーではない。母性主義とは、母親ではない者たちが母親である者にさまざまな難渋な仕事を押し付ける際に、その押し付けを正当化するイデオロギーである。
 たとえば児童の放射線防護について、母親たちは市民測定や行政交渉などに懸命に取り組んできた。これは母性主義ではない。ここで母性主義とは、児童の放射線防護対策を、もっぱら母親たちに任せっきりにしている人々のイデオロギーである。児童の放射線防護は母親たちだけがやればよい、母親がやるのが当然である(自分にその責務はない)という考え方である。
「子供は社会全体で育てるもの」という綺麗な理念はある。しかしその理念を文字どおりに信じて実践した者は、残念ながら少なかった。多くの人びとは、「自分には子供がないから」とか「自分はもう子育てを終えた老人だから」とかいう理由で、児童の放射線防護対策を担うことがなかった。もっとも重大な被害が想定される児童について、対策を放棄した。多くの人びとがこの問題への取り組みを放棄してしまったために、母親たちの闘いは社会的に孤立した状態におかれてしまった。このように母親たちを孤立させて、その状態を自明視させているのが、母性主義イデオロギーである。
 児童の放射線防護対策は、部分的なものにとどまっている。なにより地震の被災地では、初期被曝を避けることができなかった。だから、これから多くの子供たちが被曝の被害に苦しむことになる。自分の子が被曝症状に悩まされたとき、母親は「自分がしっかりしなかったからだ」と自責の念を抱く。これは母性主義ではない。人間が一般的にもつ責任意識である。このとき、児童の放射線防護のために何も働かなかった者たちが、「母親がしっかりしなかったからだ」と責任を押し付けてくる。子供本人にたいして「自己責任だ」と言うわけにはいかないので、「母親の責任だ」ということにしてしまう。これが母性主義イデオロギーである。
 実際に放射線防護に取り組む人びとは、そうした展開を予測したうえで動いている。子供の健康状態になにか異変があったとき、他人は助けてくれない。子供を病院に連れていったり、医療情報を調べたり、金策をしたりという作業を担ってくれる人はいない。舅や姑は「気にしすぎだ」と言うが、そういう人間は実際に健康被害があった時に「自分の判断が間違っていた」と反省して子供の看護を積極的に担うということはない。まずい状態になったときには、彼らはしらばっくれるだろう。そして面倒なことはすべて母親に押し付けることになる。そうした展開になることを予見した母親は、放射線被曝をぜったいに予防しようと決めるのである。彼女は、この社会の母性主義イデオロギーが自分にどれほど困難な作業を押し付けてくるかを予期したうえで、それを予防するために、子供の防護対策をとっているのである。これは母性主義ではない。反母性主義である。
 子供の放射線防護のために果敢に闘っている母親の姿を見たとき、いったい彼女を突き動かしている衝動は何かということを、考えるべきである。そのありようを「母性主義」と呼ぶのは、間違いである。それは、たんに学術的に間違いであるというだけでなく、女を動物のようにみなす差別的な意識・習慣によって生じた間違いである。

 あるいは、穿った見方をすれば、こういうことかもしれない。
大学人から見て、家庭にある主婦というものは、もっぱら家父長的支配を受忍する存在、蒙昧な意識、自立していない女、と見えているのかもしれない。もしもそうだとしたら、それは間違った先入観である。
 もっと謙虚になってこう考えてみるべきだ。
 家庭にある主婦が家父長的支配関係におかれているのと同じ程度に、大学人もまた家父長的支配関係におかれ、不自由さと蒙昧さを生きているのではないか、と。
自分自身がおかれている条件・環境を精査してみるべきだ。自分が主婦とどれほど違うのか、違わないのか、みておくべきだ。






2016年3月16日水曜日

ラッツァラート『記号と機械』をいただきました



『記号と機械』――反資本主義新論

マウリツィオ・ラッツァラート 著
杉村昌昭・松田正貴 訳



 訳者の杉村氏から本をいただきました。
ありがとうございます。
ひさしぶりに書評のようなものを書きます。



 著者のマウリツィオ・ラッツァラートは、現代マルクス主義の理論家です。1968年のフランス「5月革命」と、70年代イタリアの「アウトノミア運動」以降に登場した「ユーロラディカリズム」の理論家です。
 ユーロラディカルの特徴は、社会民主主義やマルクス=レーニン主義といった既存の左翼潮流との思想的断絶にあります。彼らは社会民主主義者のように代議制(議会制民主主義)に依拠しません。マルクス主義者はだいたいそうです。そして彼らがマルクス主義者でありながら、レーニン主義者(共産党)と違っているのは、党を自明視しないということです。党や党に従属する組合というものを信用しないのです。それは彼らが経験した「5月革命」や「アウトノミア運動」というものが、党にも組合にも組織されない人々によって惹き起こされたという事実からきています。
 フランス「5月革命」は、社会党や共産党が指導するストライキではなく、大衆による(自然発生的に見える)ゼネラルストライキでした。イタリアの「アウトノミア運動」は、どんな政党も組織しなかった青年や女性による大運動でした。アウトノミア運動がオペライスモ(大衆主義)の運動と呼ばれるのは、それが党の指導を受けない雑多な人々によって担われていたからです。
 賃金労働者を労働組合に組織し、労働組合を中核として共産党を建設する、そうしたマルクス=レーニン主義の方法は、68年以降にほころびをみせはじめました。ヨーロッパのラディカルなマルクス主義者は、従来のレーニン主義の方法を再検討します。彼らは、それまで周辺的で従属的な存在とみなされていた人々、女性、青年、外国人労働者に、社会変革の原動力を見出すようになるのです。
 こうした思想潮流は、日本ではフリーター(非正規労働者)の労働運動にあらわれています。かつてフリーターは、党からも組合からもほとんど相手にされない存在でした。女性パート労働者や青年フリーターは、労働運動の周辺にある例外的な存在とみなされていました。しかし2000年代に、東京の青年労働者が独立した労働組合を結成します。彼らは既存の労働組合によって組織されたのではありません。彼らは独力で組合をつくり、既存の組合組織とは違った視点で、労働運動の再定義をはかります。つまり、女性や青年や外国人労働者は例外的な存在ではなく、むしろ、非正規労働者こそが労働運動の中核に位置づけられるべきである、と。そうして彼らは労働運動全体の支配的な考え方に変更を迫ったのです。



 さて。かたくるしい前フリはこれくらいにして、本題に入る。
 アウトノミアの理論家たちの特徴は、ユーモラスであることだ。ガタリにしてもネグリにしても、本書の著者ラッツァラートにしても、どこかユーモラスでおかしみがある。彼らは絶望的な状況のなかでも希望を捨てない。うまくいかないことばかりだが、あきらめない。七転八起。タフである。そして、けっして楽しい話題ではないきびしい現実を直視しながら、なぜか読み進めるうちに笑みがもれてくる。不思議だ。

 たとえば次のような一節。

「主観性の生産を「経済」から分離することができないのと同様に、主観性の生産は「政治」からも分離することはできない。政治的主体化をどのように構想するべきか? いかなる政治的主体化も存在に影響を及ぼす主観性の変化と転換を伴う。(…)
 主観性の変化は、まず第一に言説のレヴェルで現れるわけではない。つまり、言説、知識、情報、文化の次元において優先的に現れるのではない。なぜなら主観性の変化は、主観性の核心に位置する非-言説性、非-知、非-文化変容の場に影響を及ぼすからである。主観性の変化の基盤には、自己、他者、世界の存在論的な理解と肯定があり、この存在論的・情動的な非言説性の結晶化を起点にして、新たな言語、新たな言説、新たな知識、新たな政治の増殖が可能になるのである。」

 なんてことを言い出すのか(笑)。かりにも言葉で身を立てている人間であるならば、もう少し慎重にもってまわった書き方をするべきところを、たった数行で書いてしまっている。「主観性の核心に位置する非-言説性」て。ざっくばらんにもほどがある。楽しい。
 誤解がないように説明するが、私がここで「楽しい」と書くのは、一般的な意味で、「みなさんきっと楽しめるから読んでくださいね」という意味で「楽しい」のではない。またその反対に、「これは現代思想の素養のある人間にしかわからない高度なユーモアですよ」というのでもない。ここにあるおかしみは、一般的ではないが卓越したものでもない、そうした尺度をはずれた特異的、かつ、普遍的なおかしみだ。

 もう一度読んでみよう。

「主観性の変化は、まず第一に言説のレヴェルで現れるのではない。つまり、言説、知識、情報、文化の次元において優先的に現れるのではない。」

 なにが心に響くかと言って、私はいま日本の放射能汚染の渦中にあって、言説、知識、情報、文化に、うんざりしているのだ。
 まったくひどい状態だ。もちろん私だってあきらめてはいない。私は言葉を使って考えて、言葉を使って表現し、言葉で働きかける。仲間を求めてもいる。しかし現在流通している言説の表面をみれば、まあ惨憺たる状態だ。日本の言論人なんてのはアホと嘘つきと腰抜けばっかりだと思う。もう、絶望している。
 そんななかで、私はこう自問自答するのである。放射線防護に取り組んでいる人々、避難移住者、そして我々の子供たちは、今後どのようにして「政治的主体化」を構想することができるだろうか。それは可能だろうか。我々は言葉を失ったまま、沈黙して生きるしかないのか。
 いや、そうではないのだ、と、ラッツァラート(とガタリ)は言っている。
たしかに私は言葉を失い、文化を失い、なにもかも剥奪されてしまった。しかしそんな絶望的な状態におかれるなかで、「新しい言語」の起点となる「存在論的・情動的な非言説性の結晶化」を経験しているのだ、と。

 うん。
 たしかにいま私は、主観性の変化を経験している。そうだ。そうそう。すごいはげしい変化だよ、これは。

「新たな言語、新たな知識、新たな政治の増殖」。
 うん。
 なるほどね。


2015年8月8日土曜日

構造化された無関心


 そろそろ関東の被曝者に重篤な症状があらわれる時期である。
原発爆発後にうっかり汚染地域に入ってしまった者は、いましっかりと身体検査をしておくべきだ。初期被曝をうけているならば、血液検査は必須だ。
 自分の周りでは病気になっている人はいない、というかもしれない。ならば、一度おおきな病院に行って、待合室を見学してみればいい。現代社会は病いを病院に隔離している社会だから、ぼんやりと街を眺めているだけでは異変に気がつかない。そもそも病気の話というものは、ベラベラと気安く他人に話すものではない。脳機能障害、婦人病、泌尿器や生殖器にかかわる病気は、よほど親密な関係でなければ話さない。だから我々は身近に起きている異変に気づかず、ずいぶん後になってからマスメディアの報道を通じて事実を知らされることになる。そのときには手遅れである。
 誤解がないように急いで付け加えるが、私は「健康状態に関心をもちましょう」とだけ言っているのではない。無関心ではいけませんと言うだけなら、医者だってそれぐらいのことは言う。私が言いたいのは、現代社会は無関心を構造化している社会であって、その構造をしっかり見ておくべきだということである。
 ここでは二つの例をあげておく。


 
1、特異性(差異)の否認
 放射能汚染公害によってわれわれが学んだ重要な概念に、「ホットスポット(特異点)」というものがある。汚染はむらなく均質にあるのではなく、低濃度の地点と高濃度の地点が複雑にからみあうパッチワークを形成している。このパッチワークのなかで、ホットスポットは無視することができない。ホットスポットは「例外的なもの」として切り捨ててよいものではなく、むしろ不意にあらわれるホットスポットをこそ把握しなくてはならない。もしも汚染物質の動態の法則性をつかみ予測することが可能になるなら、それはホットスポットを予測できるものでなければならない。これは、今次の放射能汚染によってわれわれが学んだとても重要な視点である。
 しかし同時にわれわれが知った残念な事実は、日本の一般的な「科学者」というものが、特異点という概念をまえに思考を停止してしまうということである。日本の素朴な「科学者」たちは、特異点の存在を「例外」として排除してしまう。まるで工業製品の検品担当者が不良品をはじいていくようなやりかたで、特異点をはじいて、それ以上考えることをやめてしまうのである。これは驚くべき愚鈍さだが、ある意味しかたがないことではある。日本の「科学者」たちは小さな産業的な成果しか期待されず、最低限の哲学教育も受けていないのだから。彼は上司から渡されたモノサシで測れるものだけを測り、測れない特異なものを見落とすのである。
 これと同様の誤謬が医学の分野でもある。人体への被曝の影響をめぐる論争のなかで人々をうんざりさせた言葉に、「エビデンス」という言葉がある。予防原則に対抗するかたちで「エビデンス」という言葉が使用されるとき、それは科学ではなく、科学の風を装ったイデオロギーの宣言である。
 人々が予防原則を主張するとき、それが意識的にあるいは無意識に念頭においているのは、人体の特異性である。人間の体は一様ではなく、さまざまな差異をもってあることを、われわれは前提にしている。標準的・一般的な人体などというものは存在しない。人間はなんらかの持病をもっていたり、複雑な病歴があったり、体の弱さにもさまざまな体質の違いがある。あたりまえのことだ。そうした複雑多様な差異をもった人体を問題にしているときに、「エビデンス」を要求するということは、「エビデンス」を得ることのできないような特異な症例を切り捨てるという宣言にほかならない。
 例えば長崎出身の被爆三世の女性が東京で内部被曝を被ったとき、その被曝の影響はどうなるのか。そうした特異なケースについては考えなくてよいというのなら、われわれは何も考えなくてよいことになる。そこで議論されている対象が何なのかを見失うことになる。われわれは、身体検査をクリアした成人男性の原発労働者の被曝影響について議論しているのではない。われわれは、震災後に飲料水をもとめて並んでいるときになんの予告もなく放射性物質を浴びせられた老若男女の話をしているのだ。数千万種類のそれぞれに特異な人体を、どのように放射線から防護していくかという議論をしているのである。「一般公衆」とは、特異性を排除して切り縮めた「一般」ではなく、現実に存在する特異なもののひろがりなのである。
 土地の汚染調査についても人体への被曝影響についても、共通しているのは、注視されるべき特異性が、特異であるという理由で自動的に無視される、という構造である。「科学者」たちの古い慣習(イデオロギー)が、差異を否認し、現実を見えなくする。
これは無関心の構造のひとつである。

2、公害隠しの「復興」政策
 今次の放射能汚染は、明白な公害事件である。公害原因企業が東京電力であることははっきりしている。汚染物質は主要な物質が特定されている。被害の全容はまだ不確定だが、少なくとも福島県民の健康被害は確認されている。関東東北地域は、過去に起きたどの公害事件をも凌駕する巨大な公害事件の舞台になったのである。
 政府は当然、公害の隠ぺいをはかる。
政府はまず今次の放射能汚染を公害事件として位置付けることを拒絶した。かわりに、「原子力災害」という謎めいた概念で対応したのである。いったい「原子力災害」とはなにか。これは災害なのか。われわれが受けているこの継続的な恐怖と被害は、災害なのだろうか。われわれは今後、「原子力災害」という概念の疑わしさについて、あらゆる角度から批判しなければならないだろう。
 「原子力災害」というごまかしは、つぎに「復興」政策を要請する。ここでは東日本大震災の被災地への対応と、放射能汚染の被害地域への対応が、意図的に混ぜ合わされている。しかし「復興」キャンペーンによる印象操作を中和するためにあえて言うが、「復興」政策の第一の目的は、震災・津波被災地の復旧ではない。「復興」政策は、東日本大震災ではなく、「原子力災害」に対応して出されてきた政策である。当時の野田政権が何を言ったかを想い出してみればよい。野田首相(当時)は、「福島の再生なくして日本の再生なし」と言ったのだ。政府の主眼にあったのは放射能汚染被害への対応である。政府は、放射能汚染問題にたいして災害復旧の論理で対応し、その公害問題としての性格を後景化させるために「復興」政策を号令したのである。その証拠に、「復興」政策がもっとも力を注いだキャンペーンは、「食べて応援」キャンペーンである。放射能に汚染された食品を食べろというのである。政府が第一の目的としてきたのは公害問題を隠ぺいすることであって、震災・津波被災地の復旧という課題は、公害隠しを正当化するための名目に使われたわけだ。
 こうした国策の下で、人々がなにを忘れることになったのか、ひとつ例をあげておく。
 2011年の暮れ。三陸のある津波被災地の様子がテレビに映し出される。この町では、海沿いに町を再建するか、海から離れた高台に集団移転をして町を再建するか、議論が重ねられている。アナウンサーは、被災者の苦難に寄り添うかのような態度を示しつつ、いつもの決まり文句でこの話題をしめくくる。「一日も早い復旧が待ちのぞまれますね」と。
そうではないのだ。一日も早い復旧を待ちのぞんでいるのは、いったい誰なのか。アナウンサーは他人だからそう考えるのかもしれない。だが、被災者はどうなのか。よく考えてみてほしい。2万人もの人間が津波にのまれ亡くなっているのだ。身内を失った者は数多く、遺体がかえってきていない人もたくさんいる。それほどの大災害を目の当たりにした人間が、「一日も早い復旧を」などと考えるだろうか。私なら恐ろしくてとても復旧どころではない。たとえばある漁師の息子が、将来は親といっしょに船に乗ろうと考えていたとして、しかしあの大津波はそんな将来像を粉々にするだけの破壊力をもっている。彼が、もう二度と海の見える町には住みたくないと考えたとしても不思議ではない。
 「復興」政策は、被災地の復旧を自明視しているし、復旧という結論を先に設定して議論を始めてしまう。「復興」キャンペーンによって全国民の関心が、被災地の復旧に注がれる。しかし被災者たちにとって、復旧という方針は必ずしも自明ではない。何人かは町を去り、何人かは町に残る。そして残った者たちが町を再建しようという結論にいたるのだとしても、そのまえに、それぞれの服喪と、葛藤と、思い惑う時間がある。
 私は感傷的な話をしたいのではない。物事の順序の話をしているのである。「復興」政策は、被災者たちが必要とするものよりも前に、まず政府の必要を満たすために実行されたということである。「一日も早い復旧」を望んでいたのは政府であって、それは、津波被災者と汚染被害者がそれぞれに立ち向かっていた課題とは乖離していたのである。
実際に「復興」政策によって復旧されたのは、津波被災地ではないし放射能汚染地域でもない。それは東京の都市機能災害を復旧させたにすぎない。東京の都市機能が「平常通り」に回復されることで、災害も公害事件も風化させられていく。人々が直面している本当の課題を無視して、公害隠しの「復興」政策がすすめられていったのである。




2015年5月28日木曜日

魔女狩りについての考察



 魔女狩りについて考えるとき、まず我々の目を引くのは冤罪の多さである。
魔女裁判にかけられて虐殺された多くの人々が、実際には魔女ではなかったし、異端者でもなかった。善良で模範的な村人や敬虔なキリスト教信徒が、魔女狩りの犠牲になっている。その数は多い。我々はこの事実に驚き、つぎにその闇の深さを想像し、魔女狩りについて考えることをためらってしまう。そしてつい魔女狩りについて考えることをやめて、魔女について想いをめぐらしてしまう。その方が楽しいし、心を豊かにするものだからだ。
 魔女の豊かさに比べて、魔女狩りはみじめだ。魔女狩りについて考察することは、人間の卑しい歴史に向き合うことだ。


 魔女狩りを考えることは、告発の力学を考えることだ。その告発は真実ではない。嘘によって他人を陥れる誣告である。なぜ人々は、隣人を死に追いやるような誣告を行っていったのか。教会が魔女狩りを開始したとき、どのような人々が誣告を企てたのか。

 まず、魔女について考えてみよう。
現代の魔女研究の成果によって定説となりつつあるのは、「魔女」は農村の医療家であったという説である。私もこの説を支持する。
近代医学が登場する以前、農村の医療を担っていたのは、薬草の知識に通じた「魔女」であった。病院のない村で、村人たちの健康相談に応じる女性がいた。彼女は婦人病の相談に応える薬剤師であり、分娩を手伝う産婆であり、生まれた子の健康状態をみる小児科医であった。
 こうした医療行為自体、教会にとっては異端であった。なぜなら当時のキリスト教会は、人々の病の原因を「信仰の不足」と考えていたからである。教会が病人たちに要求したのは、より強く信仰することだった。農村の医療家たちの実践は、キリスト教の教義から逸脱していたのである。
 とはいえ、教会の神父が直接に「魔女」を摘発したとは考えにくい。「魔女」は農村の生活を支える重要な人物だったからである。あるいは、教会の神父がただひとりで「魔女」を断罪することは困難だっただろう。そこには村人たちの協力が必要であったはずだ。
 では、村のなかの誰が、どのような動機をもって、魔女狩りに協力したのか。
敬虔なキリスト教徒が、信仰の熱狂に突き動かされて、魔女狩りを推進したのだろうか。そうした例もあったかもしれない。しかしそうした図式だけでは、魔女狩りの規模を説明するのはむずかしい。おそらく問題の中心はそこにはない。魔女狩りを推し進めたもっとも大きな原動力は、村のなかでもあまり熱心ではない不信心な信徒たちである。
 教会は村人に告解をすすめる。しかし村人には、教会の神父には言えないような秘密がある。「魔女」はそうした秘密を知る人物だった。彼女は医療家として村人の健康相談にのっているから、各人のデリケートな秘密を知ることになる。どの男が性的不能であるとか、肛門愛好者であるとか、動物との性交にふけっているという秘密を知ることになる。村人の生活の実態が教会の教えとどれほど乖離しているかを、「魔女」は知っている。
もっとも広範に一般的に秘匿されていたのは、堕胎の秘密である。当時の教会は堕胎を重大な罪とみなしていた。しかし貧しい農村の現実は、堕胎を必要としていたのだ。
 教会の異端審問が拡大していったとき、ほんとうに恐怖で震えたのは、そうした秘密を抱える人々であっただろう。彼らは自分や自分の家族が摘発されるかもしれないという恐怖に駆られ、嘘の証言をしたのだ。魔女狩りを拡大させたのは、キリスト教への熱狂的な信仰ではない。教会の教えどおりには生きられない者たちが、信仰の見せかけをとりつくろうために、秘密を知る女を殺し、口を封じたのだ。

 こうして告発者の視点から問題を眺めてみると、魔女狩りのなかでなぜ敬虔なキリスト教徒が告発されていったのかが、すんなり理解できる。告発者を恐怖に陥れたのは魔女でも悪魔でもない。彼らにとって真に脅威であったのは、キリスト教であり、身近にいる熱心な信徒だったのだ。


 スラヴォイ・ジジェクが、スターリン主義について指摘するのは、もっとも熱心なスターリン主義者たちがスターリン体制の下で粛清されていったという事実である。スターリン体制は、トロツキー主義者を粛清するだけでなく、スターリン主義者も粛清していった。おそらくここで告発を推進したのは、人々の共産主義への熱狂ではない。共産主義を信じているふりをする必要に駆られた人々がいたのだ。

 資本主義社会の企業のなかで問題になるのは、「生産性」や「効率」や「能力」という指標の濫用である。職場のなかでもっとも無能な者が、無能ではないふりをするために、率先して「生産性」を号令するということはありうる。日本の企業社会はこれまで40年にわたって「生産性向上」を号令してきたが、言うほどに成果が上がっているかどうかは疑わしい。権力と嘘の力学を考慮するならば、もっとも有能な者が「無能」の烙印をおされて職場から排除されることは、充分にありうるのだ。

 異端審問についても、スターリン主義についても、生産性向上についても、それらの号令が額面どおりに貫徹されることはおそらくない。社会はもっと複雑で、立体的だ。権力は人間を服従させるが、それだけではない。権力は人間を腐敗させ、不義に満ちたやり方で抵抗を生む。



 現在の放射能汚染という事態にからめて言えば、私たちのような放射線防護派にたいして「放射脳」と罵倒する者がいたとして、私はそういう者たちを呪いつつ、ささやかな期待をしている。彼らは正々堂々としたやりかたではないが、陰湿で不義に満ちたやりかたではあるが、かならず「復興」政策に打撃を与えることになる。権力の嘘を民衆みずからが担うとき、服従はただ服従だけでは終わらない。嘘の矛先は乱反射して、権力に突き刺さり、社会を膠着状態に陥れるだろう。楽しみだ。


2014年6月18日水曜日

主体について

 ある男は、飼い犬がしつこく吠えている地面を掘り、宝を手に入れる。これを見た別の男は、この犬を借りて同じことをして、ゴミを掘りあてる。
 ある男は、地下の洞窟にころげ落ち、ネズミの村を発見する。男は猫の鳴き真似をしてネズミたちを追い散らし、そこにあった宝を持ち帰る。この話を聞いた別の男は、洞窟に行って同じことをするのだが、途中で正体がばれてしまい、ネズミたちの襲撃にあう。
 二人の男は、同じことをして、まったく違った結果をひきあてる。この寓話は、何を言おうとしているのか。

 まず、寓話に挿入された道徳的解釈を取り除いておこう。良いじいさんと悪いじいさん、正直じいさんと強欲じいさん、という解釈である。これは正しくない。ある男は宝を手に入れて、ある男は痛い目にあう。このことと、それぞれの男が道徳的にみて善人であるか悪人であるかとは、関係がない。なぜなら一人目の男が良い結果を引き当てたのは、善人だったからではなく、たんなる偶然だからである。
 善人が良い結果をひき、悪人が悪い結果をひくという解釈は、この寓話のもつ深みを捉えそこねている。道徳的解釈は、まず良い結果と悪い結果という結末の部分を捉えて、そこから時間をさかのぼって、それぞれの男が、善人だった、悪人だった、と言っているにすぎない。これは、原因と結果とを差し替えるインチキである。
 ここで見なければならないのは、二人の男が同じ行為をして、まったく違った結果を得たということだ。二人の運命を分けたものはなんなのか。そこを考えなければならない。良いじいさんと悪いじいさんという答えらしきものを用意しても、それは事態が起きたあとから理由をこじつけているにすぎない。まずはこの道徳的解釈を退けておこう。

 あらためて考えてみる。二人の運命をわけたのはなんなのか。
 まず頭に浮かぶのは「柳の下にどじょうは二匹いない」という格言である。二匹目のどじょうを狙っても、良い結果は得られない、と。こういう解釈は正解に近そうだ。しかし少しだけ違う。寓話では、二人目の男は何も得られないのではなく、悲惨な目にあってしまっている。彼はただ空振りに終わったのではなく、まるで制裁を加えられるかのように痛い目にあっている。なぜ二人目の男は痛い目にあわなくてはならないのか。
 良い結果を得た男から話を聴き、自分も真似をしてみる。あいつにできるなら俺にもできるのではないかと考える。そういうことはよくあることだ。ある成功した人のケースを参照して、そこから成功のための一般的な方法を取り出そうとする。たとえば事業に成功した実業家の講演を聞いて、金儲けの秘訣を知ろうとする。成功した人物の体験談を聴いて、真似をしてみる。そういう類の出版物は巷に溢れていて、お金を儲ける方法とか、子供を賢く育てる方法とか、人材活用術とか、異性の気を引く方法とか、とてもありふれたものとしてある。私たちはそうした講演会や出版物を横目で見ながら、「やくにたつかもしれない」と考えたり、「どうせやくにたたないだろう」と考えたりしている。
 しかし二人の男の寓話は、私たちが考えるよりもさらに踏み込んだ主張をしている。あるケースから一般的な方法を取り出そうとする試みは、やくにたったりたたなかったりするのではなく、痛い目にあうのだ。そういうことをやってはいけない、と戒めているのである。これは強烈な主張だ。
 アーティストやアスリートは、このことを経験的に知っている。あるとき抜群の筆致で絵を描いた。観客を総立ちにさせる最高の演奏をした。あるいは、ゲームで最高のパフォーマンスを見せた。彼はもういちど抜群のパフォーマンスを再現したいと考える。うまくいったときのことを思い出し、反芻し、どうすればそれを再現できるのかを考える。うまくやるための方法を探ろうとする。そうすると、うまくいかないのだ。うまくいかないだけでなく、かえって悪い結果をひいてしまう。簡単にできたはずのことまでぎこちなくなって、ドツボにはまる。スランプというやつだ。これもまたありふれたことなのだ。
 もっと日常的な例で知られているのは、恋愛である。恋愛にマニュアルは通用しない。男性が高価な贈り物をすれば女性の歓心をかうことができる、とは限らない。贈り物をされて気持ちが高まる場合もあれば、かえって冷めてしまう場合もある。こうすればうまくいくはずだと頭で考えてやることは、たいてい裏目にでる。方法にこだわればこだわるほど、気持ちの自然な流れが乱され、よこしまな印象がうまれてしまう。彼の目論見はただ空振りに終わるだけでなく、悪い結果をひいてしまうのである。

 二人の男が同じ行為をして、まったく違った結果になってしまう。二人の男を分けているのは、行為の一回性(サンギュラリテ)に忠実であったかどうかである。二人目の男に悪いところがあったとすれば、それは、行為の一回性を軽視してしまったことだ。
 一人目の男は、ある冒険を二度は起きないものとして経験した。彼はどのような結果になるかわからない特異で一回的な冒険に身を投じたのである。それに対して二人目の男は、頭で考えた方法で運命を操作できると信じてしまった。彼は良い結果を得ることだけを期待して、のるかそるかの冒険に身を投じる真剣さを失っていた。彼は実践にたいして斜に構えていた。つまり、運命を舐めてかかったのだ。
 ある人間が、富を得たいとか、痛い目にあうのは避けたいとか、考える。それはとてもありふれたことだ。彼は課題に当たる前に、その構造と機制を把握しようと努める。しかし、人間は事物を空間的に把握することには長けているが、時間を把握することまではできない。決定の瞬間、タイミング、流れの形成、チャンスを、あらかじめ把握できる者はいない。決定はつねに賽の目を振るような賭けを含んでいて、その決定がまずかったとしても、時間を巻き戻すことはできないのである。実践はつねに一回的で、だから、特異なのだ。



 何を言いたいのか。
私は主体の話をしているのだ。

 放射能汚染は取り返しのつかない特異な現実をうみだした。人間を生かしてきた安全な環境は剥ぎ取られ、私たちはつねに死を意識し、生の一回性を意識するようになった。そうした意識はとても不自由なものとして映るかもしれないが、そうではない。
 本当に不自由であるのは、運命に呑み込まれることを恐れて、その手前で立ち止まってしまうことだ。運命と格闘する主体を、自分自身の特異性を、封じ込めてしまうことだ。
強いられた状況の中で、身を投じるべき瞬間は、それぞれにある。良い結果になるか悪い結果になるかは、誰も保証しない。運命を克服するマニュアルは、ない。それが、自由だ。