いま、マスクづくりを手伝っている。
放射能市民測定所で知り合ったAさんは、縫製職人で、普段は衣服のリサイズやフィッティングといった仕事を一人ほそぼそとやっている。だが今次の感染問題に際して、急遽、マスクの生産を始めた。
彼女がつくるのは、香港の化学博士が設計・公開した「HKマスク」。二枚の布の間にキッチンペーパーを挿入し、医療現場で使用される「N95マスク」に近い性能をもつ。公開されている型紙を使って試作品を作ったところ、注文が殺到。私も作業を手伝うことになった。
といっても、私は縫製作業をやるのは初めてのド素人である。鉄や木は扱ったことがあるが、繊維のような柔らかいものは、まったく勝手がわからない。これから見習い修行だ。今日は、さらしのアイロンがけを教えてもらった。
新型コロナウイルスの市中感染が始まったことで、行政機関と医療機関は徐々に機能不全に陥っていくだろう。
放射線防護の仲間たちにとっては、二度目の闘いである。
みな、比較的落ち着いている。というのも、新型ウイルスは放射性物質に比べてはるかに対処しやすい相手だからだ。
放射性物質はどうやっても無毒化できないが、今次の新型ウイルスは石鹸や塩素やアルコールで破壊することができる。洗えばなくなるのだからラクなものだ。放射性物質は政府が存在を否定するが、新型ウイルスは誰もが存在を認めている。不毛な論争やはぐらかしにあうこともない。放射能汚染は少なくとも300年は対処しなければならない課題だが、ウイルス感染は遅くとも3年後には終息する。
放射能汚染の脅威に比べれば、新型ウイルスは対処しやすい脅威である。粛々と感染予防に取り組めばよい。
Aさんがつくる「HKマスク」は、店頭に並べて販売するものではない。個人的なつながりで注文を受け、配布していく。これは資本主義の商品経済とは違った、もう一つの経済活動だ。「地下経済」、「贈与経済」、あるいはマルクス主義フェミニズムが言う「サブシステンス生産」に属するものである。
いま店頭では、使い捨てマスクが売り切れてしまい、入手できなくなっている。政府は全世帯にマスクを配給すると言っているが、そのマスクは性能が不安視されるものだ。商品経済のマスクがなくなり、政府配給のマスクが性能不足であったとき、最後に頼りになるのは、自家製の「サブシステンス生産」のマスクだ。
AさんのつくるHKマスクは、これまで放射能汚染問題に取り組み「放射脳」と蔑まれた人々によって、頒布されていく。放射能安全論者の手には渡さない。放射能安全論者には、この機会に少しおとなしくなってもらったほうがよい。