新型コロナウイルスの感染爆発から1年半が経過したが、政策の失敗と混乱の中で、新手の陰謀論が登場している。
オカルト雑誌『ムー』に登場した陰謀論は、かねてよりインターネット上で流布されていたデマを活字にしたものだ。曰く、「日本でワクチン開発ができなかったのは、80年代以来の反ワクチン運動の高まりによって、厚労省のワクチン政策が後退したためだ」というものだ。
反ワクチン運動が、厚労省の政策決定に影響を与えていたとは、初耳だ。厚労省が人々の声に耳を傾け、柔軟な態度で政策に反映させていたとは。厚労省はそういう省庁だったのか。まったくありえない話である。
これは、政策の失敗を糊塗するための責任転嫁型の陰謀論である。話の出元はだいたい想像がつく。こんな与太話で喜ぶのは、厚労省の医系技官のみである。
これは歴史的に有名な話だが、第一次大戦後のドイツでは、軍人たちを中心にユダヤ人陰謀論が蔓延した。曰く、ドイツ帝国が戦争に敗れたのは、外国勢力と通じたユダヤ人たちが「背中から刺した」からだ、という説である。ドイツ帝国は内部に裏切り者を抱えていたから敗けたのだ、というのだ。この愚にもつかない与太話が、のちのナチス政権を招来し。ユダヤ人大量虐殺に帰結するのである。非常に危険な陰謀論である。
現在、厚労省の一部の与太者は、自らの政策の失敗を反ワクチン派に責任転嫁しようとしている。あんなごく少数の、たいして弁もたたない女性たちが、日本の進路を危うくするほどのスーパーパワーを発揮したというのだ。ありえない話だ。
この陰謀論が標的にしているのは、一部の「頭のいかれた」女性たちだけではない。この陰謀論によって断罪されようとしているのは、ワクチンや医薬品にたいして慎重に吟味しようとする、人々の一般的な警戒心である。人々が普通に抱いている警戒心は、政策の足を引っ張るものとして断罪されようとしている。この陰謀論が、少数の反ワクチン派を屠ったあとは、次のあらたな敵が捏造されることになるだろう。
反ワクチン派の人々は、お世辞にも科学的ではないし、素行の良いものでもない。しかし、彼女たちを標的にした陰謀論は、いまこの段階で食い止めておかなくてはならない。