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2011年2月26日土曜日

2011年2月22日火曜日

OTOさんと対談

「eke-king」の企画で、OTOさんというミュージシャンと対談をした。OTOさんは昔「じゃがたら」というバンドでギターをやっていた人。「じゃがたら」は若いころ好きでよく聴いていたので、「うひょー」って感じで収録場所に行った。

 OTOさんと話したのは、管内閣が進めようとしているTPP(環太平洋パートナーシップ協定)について。彼はTPPについて2時間ぶっとおしで話し続けた。とにかく怒っている。いろんな人に広めてほしいので太字で書くが、

 OTOは、TPPに怒っている。
「日本がTPPに加わったら、もう終わりだ」と。


 詳しい内容は後日「ele-king」に掲載される対談を読んでもらうとして、結論としては、OTOはTPP反対のために動くということだ。私も協力を約束した。
 TPPに問題を感じているアーティスト・音楽関係者は、ele-kingまたは矢部まで連絡をください。

おまけ(じゃがたら)

2010年11月11日木曜日

「日本経済」とは誰の経済なのか

TPP協議の是非をめぐって、マスメディアの論調の大勢は、推進に傾いているようだ。他人の財布に平気で手を突っ込む泥棒エコノミストたちが、みんなで盗めば怖くない式の自由化推進論を展開している。不快だ。
これからここで検討したいと思うのは、ネオリベ(泥棒)がどのようにナショナリズムに依拠しているかという問題である。まず例文を読んでもらおう。11月8日付、「ロイターコラムニスト田巻一彦」という署名での記事だ。

TPP対応で菅首相の指導性に疑問符

ここから一部を抜粋しよう。

「政府は来年10月をメドに国内農業の保護や改革を目指した行動計画をまとめる方針だが、そこまでTPP参加の決断を先送りしては、TPP交渉に入れぬまま”置き去り”にされるリスクが高まる。そうなれば日本経済にとっては大打撃で「長期低落」から「没落」の危険に直面してしまう。菅首相はトップの責任で来年春までに参加の決断をするべきだ。」

さて、「置き去り」、「日本経済」、「大打撃」、「没落」という言葉が踊る。こうした見立てがまるで自明であるかのようにして危機アジりをしているわけだが、どれも根拠が薄弱で、主観の域を出ない。ほとんど「言ってるだけ」のスローガンじみた「分析」なのだが、なかでももっとも曖昧で判然としないのが、「日本経済」とは何かということである。
「日本経済」とは、何なのか。それは「日本人」が関わる経済なのか、それとも「日本企業」が関わる経済なのか、あるいは「日本市場を舞台にした経済」なのか。その「日本経済」に輪郭はあるのか、あるとしたらどこからどこまでが「日本経済」だと考えるのか。いま危機感をもって声をあげている農家と地方経済は、彼らの言う「日本経済」に入っているのか、いないのか。いったい「日本経済」とは誰の金の話なのか、まずはそこをはっきりさせないことには、議論にならないはずだ。現在の自由化推進論は、エコノミストがただ自分たちの利権のために「日本経済」を勝手に僭称していると言われてもしょうがない状態である。
「日本経済」という論法は、ありがちだがとても危険で有害な論法である。これはたとえば霊感商法が高額な墓石を売りつけるときに、家族の話を持ち出すようなものだ。「家族によくないことが起きるかもしれない」と、霊感商法は言うのだ。真面目な人間は、自分のことだけでなく、自分の家族が平穏無事であってほしいと願っている。当然だ。「家族なんかどうなったっていい」というヤクザ者は、そうそういない。だから、家族の話を持ち出してそれとなく脅されれば、異常に高額な墓石を買ってしまう人もいるわけだ。
「日本経済」という脅し文句は、真面目な人ほどよく効いてしまう。書いている本人が日本経済のことなど少しも考えていなかったとしても、だ。よく思い出してほしいのだが、自由化・規制緩和を推進したネオリベエコノミスト竹中平蔵は、アメリカに籍を置いて日本の所得税住民税をバックレていた人間である。この手の泥棒エコノミスト連中が、日本経済の将来を真面目に考えたり、少しでも責任を負おうとしているとは、とうていありえない話である。そして、日本の経済に責任を負おうという意識がないからこそ彼らは、威勢のよい危機アジりと「改革」スローガンを、慎重さのかけらもなく号令できるのである。
あるいはこれは欺瞞(他人だけでなく自分を含めて欺くこと)なのかもしれない。エコノミストは「日本経済」という空疎な言葉を信じていないというだけでなく、同時に、「日本経済」という切り出し方以外に言葉を持たず、それなしには経済を見据えることができないという、彼ら自身の認識の限界を示しているのかもしれない。だとすればそれは経済学の問題である以前に、世界認識の問題、ナショナリズムの問題であると言えるだろう。

はっきりさせておくが、「日本経済」などというものは存在しない。仮にあったとして、それは一つではない。奴らの言う「日本経済」と、我々が生きて意識している「日本経済」は、まったく別物である。
そもそも「日本経済」などといういい加減で不明確な言葉を使うから、事態が見えなくなってしまうのだ。これはまるで自民党残党の市民右翼たちが、「我々日本人が」と勝手に「日本人」を代表したあげく、その言葉の定義の不明確さによって自縄自縛に陥り、何一つ有効な議論を提起できないでいるような、あのヘタクソぶりを想起させるものだ。この市民右翼たちには、「日本人」などといういい加減な言葉を使うな、と言っておく。また同様に、泥棒エコノミストたちに対しては、「日本経済」なんていい加減な言葉を振り回して悦に入ってんじゃないぞ、と言っておこう。
「日本経済」「日本人」。はあ。こんな脅し文句にすぎない気分だけの言葉に、いつまでも取り合っているわけにはいかない。「ナショナリズムは意識を眠らせる」という教科書どおりの話、イロハのイだ。繰り返し言うが、奴らの言う「日本経済」と、我々が生きて意識している「日本経済」は、まったく別物である。銀行・財界の経済があり、我々の生活の経済があり、奴らに譲るものなどなにひとつない。それだけの話だ。 

2010年11月8日月曜日

TPP報道

いまテレビを見ていたら、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に関連した報道が。オーストラリア産コシヒカリと日本産コシヒカリを主婦に食べ比べてもらう、という様子を流していた。日本産とオーストラリア産を食べ比べて、味の違いがわかったのは、8人中4人。半数は違いがわからなかった。TPPによって米の関税が撤廃されれば、大規模機械農業で生産されるオーストラリア産米が、価格の安さで市場を圧倒するだろう。日本の米農家は壊滅。新自由主義が大好きな「ショック療法」というやつだ。
TPPに関してこういう具体的な報道はもっとやってほしいところだが、注文をつけるとすれば、消費者の安全の問題も特集してほしい。かつて、工業用のクズ米が学校給食に供給されてしまった「偽装米」事件というのがあったが、この事件は国内の業者を捜査することで流通ルートが解明し、一応の決着がついた。しかし国境を越えたところでは、捜査がどこまでできるかはわからない。たとえば異常プリオン体を含む「BSE牛肉」が、産地であるアメリカのどこでどのように流通して日本にやってきたのか最終的には解明できなかったし、中国産の「毒入り餃子」は日中の捜査機関がすったもんだした記憶がある。TPP後にも当然あらわれるだろう食品偽装事件について、日本の国家権力はどこまで管理できる自信をもっているのか。それともある程度安い食品はしょうがないということで、野放しにしてしまうのか。食品偽装事件は、最悪の場合、子供が死ぬ。日本はそういう経験をしてこなかったわけではないし、現在も世界中にある。トヨタや日産が自動車を輸出するために、我々はそういう「ショック」を受け入れなければならないのか。TPPは絶対だめだ。

追記
誤解のないように書くが、ここで私が言いたいのは、「国産は安全で外国産は危険」ということではない。日本の食料自給率は低く、現在すでに多くの食品が外国産である。注意するべきは、食品の安全管理というものはごく特殊な環境でのみ管理できるものにすぎない、ということだ。TPPによる自由化=規制撤廃は、これまで一国内でようやく達成された安全基準をも、ぐずぐずに破壊してしまうだろう。飯が食えなくなってしまえば、日本の農民がどんな犯罪に手を染めるかは予測できない。TPP後は、国内国外を問わず海賊版偽装食品が生産され、安く流通することになるだろう。まず低所得世帯の子供から、死者が出るのだ。

2010年11月2日火曜日

TPP 誰のための協定か

 TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加をめぐって、議論がまきおこっている。TPPは、アメリカ・ぺルー・チリ・シンガポール・オーストラリア・ベトナム・マレーシア・ニュージーランド・ブルネイが参加している多国間の自由貿易協定だ。2国間のFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)よりも自由化の度合いが強いものであるらしい。日本経団連・日本商工会議所・経済同友会は都内で集会を開き、TPP早期参加を訴えた。これに対して全国農業協同組合中央会は、TPP反対を表明し、大規模な全国集会を呼びかけている。
推進派の経産省は、TPP参加によって実質GDPが2.4兆〜3.5兆円押し上げられるという試算を出している。これに対して慎重派の農水省は、実質GDPがマイナス7.9兆円、さらに340万人が就業機会を失う、としている。
民主党内では意見が割れ、「みんなの党」「たちあがれ日本」が推進を表明、「日本共産党」「社民党」「国民新党」が反対を表明している。

まず注意しておくべきは、「実質GDP」というような旧い国民経済の指標は、事態を予測するのに充分ではないということだ。すでに多くの識者が指摘しているように、現代の新自由主義政策下の経済は、貧困と格差を増大させる経済である。GDPが増大したからといって、その金が我々のような貧乏人にまわってくることなどないと考えてよい。投資と貿易の自由化によって活発化するのは、銀行・金融資本の投機であって、我々の経済ではないのだ。
米国ではすでに15年以上前から自由貿易協定が推進され実施されているが、自由化(投機の自由化)によってもたらされたものは、世界規模の恐慌と、投資銀行の尻拭いのための税金投入だった。経産省がユートピアじみた試算を発表したところで、結果はもう見えていると言ってよい。

こうした前提にたってさらに注目したいのは、「みんなの党」「たちあがれ日本」そして自民・民主の新自由主義議員どもが、なんの躊躇もなく推進を表明していることである。尖閣諸島問題などで「日本の国益」を声高に叫んでいた右翼が、日本の農民の将来については、あっさりと放棄してしまうさまは、まったく愚劣というほかない。これまで「売国奴」と罵られてきた左派政党が明確に反対を表明しているのとは対照的だ。
右翼ナショナリスト・右翼ファシストがどれだけ「国民国民」と騒いでも、しょせんは金融資本の飼い犬にすぎないという、まるで歴史の教科書どおりの展開だ。こいつらの権益のために譲ってやるものなどなにひとつない。民主党は管直人を下ろすべきだ。